第26話 サンダードラゴンの調査 6 宴
今、山の向こうへとゆるゆると陽が沈んでいく。
そして僕らは、仔を抱えてサンダードラゴンと対峙していた。パリパリと電気を纏う彼女は、夜に映える。恐ろしいが、美しい。抱いている仔ドラゴンは、電気を纏っていない。眠っているからというのと、まだ体内で電気を発生させる気管が発達していないからだ。
「ドウヤラ、本当ニ時間ニハ間ニ合ワセタヨウダナ?」
「それはもちろん」
「シカシ、娘ハ寝テイルヨウダナ? マア、起キテイテモソノ子ハ暴レルダロウカラ、寝カセルノハ賢明ナ判断ダ。サア、娘ヲ起コシテクレ。私ノ背ニ乗セテ、巣ニ帰ルトシヨウ」
僕は、浅い呼吸を続ける仔ドラゴンを、降ろす。
「『弱体解除』」
僕の翳した掌から、魔法陣が間違いなく発動する。
しかし仔ドラゴンは、目覚めない。
「……? ドウシタト言ウノダ?」
「……この仔には、魔法がかかっていません。この仔に掛けられているのは、麻酔という魔法とは別の種類のもの…。なので、いつ目覚めるか僕にもわからないのです」
「シカシ、目覚メルノハ確カナノダロウ?」
その問いに、ユウナが答える。
「正直なところ、分かりませんの…」
「ナニ…?」
「この仔が、このまま…起きない可能性があります」
サンダードラゴンの内側から、モーターのような音が響く。纏う電気量が多くなっている。
僕らの体力が、少しずつ削がれていくが、今離れるわけにはいかないので、ぐっとこらえる。
「目覚メナイトハドウイウコトダ…? 本当ハ死ンデイルノカ…!? オ前達約束ヲ違エタカ!?」
「内臓などを含めたありとあらゆる外傷は『超回復』で治してあります。心臓は動いていますので、死んではいません」
「ナラバ、ナゼ目覚メナイ!!」
「麻酔は…人間が編み出した、魔法を使わない意識のなくなる麻痺のようなものです。『弱体解除』は、戦闘などで負った麻痺や毒には効きますが、麻酔には効かない…。魔法は術者が気を失うか死亡すれば解除されますが、麻酔はその薬の作用が止まれば目覚める。しかしそれは…適切に処理されればの話です」
バチチッ、と爆ぜる音が聞こえた。
「……ナラバ娘ハ…生キナガラ死ンデイルヨウナモノデハナイカ…」
「……」
「…オ前達ハ、約束を守ッタ。ワタシノ娘ハ生キテ戻ッテキテイル。シカシ…シカシ…ッ! 娘ヲコノヨウナ姿ニシタ人間ヲココヘ連レテコイ!! ワタシガ、ソイツラヲ同ジ目ニ合セテヤル!!」
このサンダードラゴンの怒りを収めるには、この仔に起きてもらうしかない。
強大な敵と戦い、その強大な敵の怒りを収める…そうでなければ、物語は進まないと言うのなら。
これが僕の役目だと言うなら、やるしかないんだ。
僕は大きく息を吸い込んで、吐く。意識して、掌へと魔力を集中させる。
『超回復』を使ってからそういえば魔力回復の薬を飲んでいない、もう魔力はほとんどない。けれど……。
「『弱体解除』!!」
僕の掌に浮かんだ魔法陣を吸い込んだサンダードラゴンの仔の体が光る。
これが効かなければ、もうきっと…サンダードラゴンの怒りは人を滅ぼすまで収まらない。
「……クゥ…クゥエエ…」
「……! アア…!! アアアア……!!」
ゆっくりとした動きで首を持ち上げて、サンダードラゴンの仔は母親を見た。
翼を広げ、仔を抱えるサンダードラゴン。
良かった…。本当に…僕が……彼女たちを守ることができて。
「……オ前ニ免ジテ、人間ヲ滅ボスノハヤメテヤロウ」
「あなたの口から、その言葉が聞けて良かった…、僕もほっとしてるよ…」
「コレデ、ワタシハ帰ルトシヨウ…。アア、ソウダ。コレヲヤロウ」
サンダードラゴンは、仔を背中に乗せて、僕らに鱗を一つくれた。
「コノ鱗ガアレバ、他ノ場所デドラゴンニ襲ワレルコトハソウソウアルマイ」
「ありがとう…」
「ソレデハナ」
翼を広げて、彼女は帰って行った。
「……タカアキ様! すごいですわ!! 麻酔を魔法で解いてしまうなんて…!!」
「多分、他の誰かにやろうとしてもダメだよこれ…。今回限りだ…」
「ですが!」
「タカアキー、ノワールお腹すいたよ~」
「ああ、うん、さあ帰ろう。きっとすごい料理が並んでる」
「アキ、やる時はやるのね…」
「そりゃ…救世主だから…」
「私も、ちょっと見直したわ」
「そりゃありがとう」
リーンとイロハ、二人とも僕をどうやら認めてくれた? のかな。
魔力を使い果たして、へろへろになりながら、僕らは三度目の城へと到着した。
城に着くなり、僕らは食堂へと通される。
そこに並ぶのは、サラダやら肉やら魚やら果物やら、たくさんの美味しそうな色とりどりの品たち。
「さあ、タカアキ様は王に近いこちらの席へ。みなさまはそちらとこちらに分かれてお座りください。食事はたくさんご用意してあります。王と前王は、後から来るとのこと。先にお召し上がりください」
セバスは、それだけを言い残してさっとその場から立ち去った。
僕はぼんやりと、一人二役って割と大変だなと思いながら見ていた。疲れてるからか、あまりうまく頭が働かないのもあるかもしれない。
「……王様より、先に食べてしまっていいものなのかしら?」
と、イロハが気にする横で、ノワールはすでに出ているものをもぐもぐと片っ端から食べている。
リーンは、ブドウを手に取って美味しそうに食べていた。なるほど、妖精って果物を食べるものなのか。
(花の蜜吸うことあるけど、果物も食べるで、覚えとき)
花の蜜を吸うって、いかにも妖精っぽくてポイント高いな。
(最初っからウチは妖精やっちゅうの!)
「いいのですわ。さあ冷める前に召し上がってください」
「私も、お腹がぺこぺこだったの…、じゃあ遠慮なくいただくね」
そう、促されてやっとイロハも食事に手を付けた。
「は~、うまい…」
「はむっ! このパンもすごい美味しい」
「たくさんありますし、そんなに急いで食べなくて良いんですよ、ノワールさん」
「んぐんぐ」
幸せだな~、みんなが生きていてこうして食卓を囲んで美味しいものを食べて……。
今日は、朝から色々あった…、これが今日一日で起こったことなんて信じられない…。
ああ、まぶたが…重い。
王やアレクスが…来るまでは…起きとかなきゃ…




