異世界での食事
「とりあえず、その辺で腹ごなしをしようよ」
「そうだな。けど、俺は金を持っていないぞ?」
「私は一国の王だよ? お金はたんまりあるからさ。なんでも奢ってあげる」
「すまない」
作戦を練り上げた二人はガルバスの役所を襲撃するために、潜入していた。
石造りの市場を夕登とシェリルはローブをきて、フードをから顔を出して、歩いている。
周りは、九割五分が人間。残りは異種族だ。
ファンテ王国、首都ガルバスは人間が多く住む都市。王国が基本的に人間以外を受け入れないからだが、例外を認められた異種族は普通に生活できている。
ゆえに数少ない、異種族たちも人間に交じって談笑していたりする。
「どうせすぐに賠償金が手に入るから気にしなくていいよ」
「ははっ! あまり、なんでも成功したような気になってると、良くないぞ」
「確かに、目前の獲物は食糧にあらず、って言うからね」
「そのとおりだ」
夕登の警告にシェリルは慣用句を持ち出して、頷いた。
異世界ではどうやら、捕らぬ狸の皮算用と言う意味らしい。
夕登は言葉のニュアンスを汲み取り、肯定しておく。
「どうする、店に入る? それとも露店で何か調達する?」
「そうだな、露店で軽く済ませて街中を見て回ろう。役所の下見や王国軍の居場所を正確に突き止めておきたいからな」
「りょーかい! それじゃ、そこのシシニクケバブとハム野菜クレープを買っていこうか?」
「俺は食べられたらなんでもいいよ」
「OK! あ、おにーさん、そのシシニクケバブとハム野菜クレープを二つ頂戴な!」
「毎度ありっ! 少し待っててくれよ!」
周りの露店に比べて一回り大きな露店にシェリルは近寄って、そこの店主に注文をした。
そうして、一分ほどで夕登の所に戻って来る。
シェリルの右手には良い焼き目の付いたケバブの棒と二本と、左手の親指、人差し指と中指で器用に挟んで、新鮮な野菜と鮮やかなピンク色のハムが巻かれたクレープを二つ持っていた。
「なかなか美味そうだな!」
実は夕登、異世界ではちゃんと食べられそうな物があるのか心配していた。
しかし、全くの杞憂だったようで、クレープとケバブの二つとも日本にいた頃、見かけたモノより大変、食欲をそそられる色味、匂い、見た目をしている。
「はい、どうぞ。遠慮せずに食べてね!」
「ありがとう! 頂くよ」
差し出される二つを受け取った夕登は、ケバブから口にした。
「美味いッ! これ、めちゃくちゃうまいぞ!」
かぶりついた瞬間に溢れ出す肉汁。それは啜らないと垂れるほど。
肉は外側がパリッとしていて、中身は柔らかく口の中でほんの少し噛んだだけでほぐれてしまう。
本当に肉なのか疑いたくなるような触感だ。
だが、まぎれもなく肉でありケバブとして成立している。
一口飲み込むと、空になった口内は唾液で満たされ始めた。また、ケバブを求めているのだ。
「でしょ! この溶けるような内側の肉と食べ応えのある外側。本当に最高のマッチングだよね! あ、肉の次はこっちのはクレープを食べてみて?」
「では、野菜クレープを頂こう! あむっ…………な、なんだこれ! 肉を食べた後の口の中にある油を全部絡め取っ手すっきりさせてくれる! それでいて、ハムがまた肉の美味さを教えてくれるようだ! だからこのケバブとクレープは同じ店で売っているのか!」
「その通り。最高の組み合わせだから、この地方ではケバブとクレープはセットで売られているんだよね」
正直、夕登は異世界の食事というものを舐めていた。
なぜならこの異世界は縁結びの神の言う通り、化学が発展していないからだ。
料理は、材料一つ一つの成分や性質の組み合わせで旨さが決まる。そして、その成分や性質を解明するのは化学だからである。
だが、そんなものが無くても美味いものは美味いんだと思い知った。
「いやぁ、俺がいた国にはこんなおいしいケバブやクレープは無かったよ」
「そう? だったら私も奢った甲斐があるよ」
夕登のサムズアップにシェリルも同じサインで応えた。
美味しいものを食べた二人は大満足だった。
「さて、お腹も満たしたことだし、下見に行こうか」
「うん。っておおっと!」
再び歩き出した夕登とシェリル。
二、三歩進んだところで、狐の耳と尻尾を持つ少女にシェリルがぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい! 急いでて」
「大丈夫だよ。次は気を付けて」
「はい。すみません! それでは」
明らかに走って来た少女の方が悪いので、シェリルは軽く注意すると向こうも素直に頭を下げたので起こることもなく軽いやり取りで済ませた。
こういう様子を見るに、シェリルはこの街を破壊したくはなかったことが本当に分かる。
本来、自国の同胞を殺した敵国の民など恨みの対象でしかないが、シェリルはそうではなかった。悪いのは国民ではなく、国の首脳部であると彼女は理解していた。
「おい、良いのか?」
「うん。良いの良いの! この辺は割と混雑してるし、ぶつかるのも仕方ないから」
「いや、そういうことではなくてな。アイツ、お前の財布をパクって行ったぞ?」
「ええっ? ほんと?」
「ああ、俺の角度からはそう見えた。確認してみたらどうだ?」
「そ、そんな! …………あ、本当になくなってるっ! やられた! クソーーーーーーーっ!」
夕登から指摘され自分の懐を確認した彼女は、大切にしていた財布がなくなっていて思わず市街のど真ん中で叫んだ。
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