昼食
綺麗なまでに日差しがストレートに差し込む、広々とした庭の中央やや屋敷寄り。
切りそろえられたイネ科の多年草、要するに芝生。
そこに大きな白色の布を敷いて、夕登、シェリル、アンリ、アリシア、ルルーナの順番で円になって座っている。
円の中心には昼食として用意されたサンドイッチとカットされた果物が皿の上に並んでいて、五人で和やかに会話したりしながら食べていた。
「魔王、そっちの野菜の奴を取ってくれんか?」
「はいはーい」
「すまんの」
アリシアは卵入りのサンドイッチを食べきると、彼女からは手の届きにくい場所にあった野菜入りサンドイッチをシェリルに取ってもらい、美味しそうに頬張った。
姿は幼女そのものなので、幼い女の子がごはんを食べているように見えて、なんとも微笑ましい。
「シェリー、ハム入りの取って」
「はいどうぞ」
ルルーナもシェリルを愛称で呼びながら、サンドイッチを取ってもらう。
彼女もまた、アリシアと同じように大きな一口で、サンドイッチの半分以上を咀嚼する。
ルルーナはあまり顔に感情が出ないタイプだが、もぐもぐと口を動かしている今は僅かに表情が緩んでいた。
「魔王、ワシにも取ってくれ」
「ほい」
「私も、もう一個」
「はーい」
「すまんが、焼いたやつも欲しいのじゃ」
「はいよ、って! 二人とも食べるスピード速すぎでしょ! 私、食べる暇ないんだけど⁉ ていうか、最後の方は二人の方が近い場所にあったよね? 自分で取って食べてくれないかな⁉」
シェリルは矢継ぎ早に彼女らの要求に応え、サンドイッチを取ってあげていたが、アリシアやルルーナ達と同じく昼食を摂っていたはずなのに自分が作業をこなすだけの機械のようになっていて、声を上げた。
「だって、美味しくて手が止まらない」
「だからって、私をいいように使い過ぎでしょ! これでも魔王だよ⁉」
「これでも、一流ギルドのギルマス」
「これでも、300年も生きている吸血鬼じゃ」
「そうだけど、そうじゃないよね? いい大人なんだからサンドイッチくらい自分で取ってほしいよ。届かないところにあるのは取ってあげるけどね。二人とも、アンリとユウトを見てよ! 自分の事は自分でやってるよ?」
シェリルは、お互いに食べ物を取ってあげながら、談笑して昼食タイムを過ごす夕登とアンリを指さした。
だが、その瞬間、
「シェリル、ハム入り取ってくれ!」
「シェリルちゃん、私もお願いするわ」
と、夕登とアンリはふざけた。
「おい、待て。おかしいでしょ! 二人とも普通に食べてたじゃん」
「冗談だ」
「冗談よ」
二人はははっ、と示し合わせたように笑いながらそれぞれ、果物をつまみ上げ口内へ放り込んだ。
シェリルはもう! と頬を膨らませ目の前にあった野菜を挟んだサンドイッチを掴んで齧り、満足そうに口を動かすのでとても美味しかったようである。
彼女は次々に数種類のサンドイッチを食し、果物にも手を付けた。
「なぁ、シェリル。ずっと気になっていたが国は放っておいていいのか? 一応、初めは魔王自ら手を下すつもりだったんだろ? その魔王が数日帰ってこなかったら、騒ぎになるんじゃないのか?」
夕登は質問するには今更過ぎる内容ではあるが、是非も気になる話だ。
一国の主が出かけて帰ってこなかったら、大事件のはず。
しかも、クロス・インペリアルは戦闘状態には無いが、両国のどちらかが動けば即開戦となる状況ではある。
主を敵国に害されたのではないかと、勘繰ればクロス・インペリアルのは開戦に踏み切る可能性は大いにあるはずだ。
彼女が呑気に敵国内で昼食を摂っている時点で、何かしらそうならないような対策はされていると思うので、軽い気持ちで聞いてはいた。
「あー、ウチは基本的に敵が攻めてこない限り、戦争はしない主義だから。それに、出かけると伝えてるのは家族とかだけだし、国民は知らないはず。というより、急な代替わりでまだ殆どの実権はお父さんが持ってて、引継ぎが出来てないんだよ。だから、私が数日帰ってこなくても問題はないんだ」
「ならなんの問題もないな」
「そういうこと。ていうより、私は勇者がなんでこの国で自由に活動できてるんだろうかと不思議だよ」
また、聞くには今更過ぎる質問が輪の中で飛んだ。
今度はアリシアに向けてのものだった。
シャティーはかつての偉業や功績での知名度から、その動向は常に世界中が見守っている。
どこかの国を訪れようものなら、当該国が国を挙げて歓迎をするほどである。
そして、滞在期間は国の優秀な護衛が四六時中付き、食事、寝床そのすべてを最高クオリティで国が彼女をもてなす。
以前、シャティーが訪れた国の一つでは、訪問国の国王より、食事が豪華で護衛の数も多かったなどといった例もあるくらいに、彼女は超VIPなのだ。
それなのに、シャティーはアリシアの屋敷で過ごしている。
これが大きな謎だ。
シャティーは勇者としての功績から、世界で唯一無二の彼女専用の通行手形を与えられており、大陸ほぼすべての国で自由に通行可能だ。
なんなら、救済という大義名分があれば強制的に関所すら突破しても咎められることは無い。
通常に、入国したなら今頃、王都へ招かれ王宮で贅沢に生活しているはずだった。
「うむ、それなのだがな。あやつはこの国へ一般市民として入国しているのじゃ。手形を偽造しておる。じゃから、あやつがこの国へ入国した時は騒ぎにはなったのじゃ、世界の英雄、勇者に似た少女が入国したと。じゃが、勇者ならば、専用の手形を使うだろうと、すぐに騒動は収まり、今に至るわけじゃな」
「それって、わざとだよね?」
「もちろんじゃ。レジスタンスの協力者として、秘密裏にガルバスに滞在するためである」
「ふーん。ならいっか。そこが気になっててね。仲の悪い、ルルーナとも一緒に住んでるし、何か裏があるのかと思ったよ」
シェリルはシャティーと再会した時、なぜここにいるのか尋ねたが、彼女に流されてしまったので何かしら、思惑があってだと気にしていた。
彼女は正義のためなら、手を尽くす人間だ。
最近まで、先代魔王の件以外の用事で、とある事情によりクロス・インペリアルに居たのでシェリルに 一切知らせることなく、ここに潜伏していた理由を探っていたのだ。
どうやら、普通にレジスタンスの協力者として秘密活動を行うためらしい。
彼女が秘密裏に動くときは必ず、大きな事件が起きるのだ。
アリシアの話を聞く限り、革命以外に大きな事件でも起きるのではないかと心配だったが杞憂で良かったとシェリルは安堵した。
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