朝の事件
快晴も快晴。
城塞都市ガルバスの上空には太陽がが徐々に昇りつつあり、それを遮るものは一つたりとて存在しない。
空のどこを見渡しても雲は見えなかった。
「今日はここ一番でお天道様の機嫌がいいわね! これなら、もう一回くらい洗濯物を干せるかしら?」
本日は朝から天気が良く、アリシア邸の庭の一角では、アンリが服やらタオルやらを空中に張り巡らされたヒモヘ掛けていた。
彼女は白いエプロンを着ていおり、朝ごはんの仕込みを娘のエルに任せ、こうして、同居人達の衣服を洗濯している。
これは、彼女が火事が好きでアリシアの家に住まわせてもらっているため、率先して行っているのだ。
この家での家事担当は基本的にアンリで、そのサポートは娘であるエルが担っていた。
「いい風ねぇ。洗濯物もお天気と相まって早く乾きそう。さ、これで全部ね。そろそろ、仕込みも終わってるかしら。戻らないと。あら?」
アンリは早々と仕事を終わらせ、心地よい風に吹かれながら家の中にもどろうとすると、敷地の外の様子がおかしいことに気づいた。
この場所から敷地の外まで距離があるものの、彼女は獣人であり狐族であるため、大変、聴覚が優れており容易に周辺の音を拾えるのだ。
アンリのふさふさとした耳が立ち、可愛らしくピコピコと動いている。
「聞きなれない声が二つ、見知った声が二つ。これはブライル君とセシリアちゃんのものね」
彼女はある一定の距離ならば、音の種類や正体、発生場所などを特定出来る。
流石に内容を鮮明に聞き取ることはできなかったが、アンリが聞き取れたのは四つの声が半分に分かれて、言い合いをしているということ。
揉め事が起きていると察知したので邸宅の門へ走って駆けつける。
「あなた達、何してるの?」
到着した先には案の定、知り合いが二人と初対面の人物が二人いた。
内訳は少年と少女一人ずつで王国軍兵士の軍服を着た二人の男。
少年の名前はブライル・ヤンデン。人間族の一五歳。
少女の方はセシリー・リヴェントと言う。
ブライルと同じ年齢の少女だ。
種族はサキュバスであり、アリシアやエルと同じ王国軍の異種族部隊の一員。
彼ら二人はレジスタンスのメンバーだ。
「あなたは確か、ここの主の同居人だな」
二人の兵士の内、大柄な男の方がアンリを睨むように言い放つ。
「ええ、そうですが。何か?」
「アンリさん、こいつらが勝手にここへ入り込もうとしているんです」
「あら、それは見過ごせないわね」
ブライルが兵士達が行おうとした事を教え、アンリは兵士達を責めるようにちらりと見る。
「勝手に入ろうとしたのは認めるが、我々は正当なる理由で立ち入るだけだ。今から、国家安全法に法り、この屋敷の立ち入り検査を行わせてもらう。分かったら、速やかに門を開け」
兵士の言い分は一応、筋が通っているが、理由を話してもらわなければこちらとしても納得は出来ない。
「なぜ、ここへ立ち入るのですか?」
「だから、国家安全法に基づいてと言っているだろう?」
「そういうことではなく、どうして国家安全法が適用されたのかと聞いているのです」
「我々がわざわざ話す必要はない。そんな時間稼ぎをしていないで、早くこの門を開けなさい」
兵士は理由を述べようとしない。
なぜなら、獣人を格下に見ているからである。
本来、この法律は国家の安全を脅かす対象に強制捜査や逮捕、殺害すらも行える強力なもであるが、それゆえに何かしらの行動を行う場合は必ず、緊急時を除いて対象に理由の如何を説明せねばならない。
だが、彼らは人間以外の異種族を下等生物として捉えているから、彼女らに義務を果たさなくてもいいと考えているのだ。
「理由を話していただけないのなら、ここをお通しできません。もし、実力行使に出られるのでしたら、それ相応の対応をさせていただきますが? ここの主の実力はご存知でしょう? 八歳にして、異種族ながらも国から居住を許されたほどの力の持ち主ですよ」
アンリは脅しをかけた。
ファンテ王国では異種族の出入国に加え、居住も厳しく制限されており、国に貢献できる能力を持った者のみ、居住が許されているのだ。
アリシアは十年前の事件の後、ここで国を正常に戻すべくその準備を整え、仲間を集めるために移住していた。
彼女は事件当時、カイデルに顔を覚えられているが、彼女はその時は大人の姿だったため、移住者として身分登録を行う際、姿を変身させ八歳と偽った。
その後、彼女は実力を存分に誇示し、ガルバスで一定の地位を得ているおかげで、アリシアの名前を出すだけで王国軍兵士すら、黙らせることも多少は可能だ。
一方、アンリがガルバスに居住出来ているのは、アリシアとエルの保護者だからだ。
彼女は前ガルバスの首長の夫であることは周知の事実だが、娘であるエルを王国軍の異種族部隊へ徴兵させることを国への恭順としてみなされ、居住が許されている。
「ぐっ、分かった話す。我々王国軍憲兵隊は、お前達が不審者をこの屋敷内に招き入れたとする旨を聞き、稟議の結果、上層部から強制捜査の命令が下った。それでここへ来た。さぁ、これでいいだろう?」
兵士は仕方ない、と理由を語る。
彼らもアリシアの怒りを買いたくは無いのだ。
「ダメですね。そんなことが理由ではお通しできません。私達はお客様をお迎えしただけの事です。それを一々、不審者だなんだと言われて屋敷に踏み入られては困ります。もっとしっかりとした理由と情報の出所を精査してから、出直してきてください。今度は証拠を持ってきてくださいね」
「そうです! アンリさん達はこの国に対して何もしません。もちろん私達もです! あなた達は前もそのような事をおしゃって、結局何も無かったではありませんか? もう少し、よく頭をお使いにならればよろしいと思います!」
「その通りだ! お前達はいつも権力を笠に着やがって、そんなに弱い者いじめが好きか? このろくでなし野郎!」
アンリは夕登やシェリルがいることがバレないように、兵士を追い返そうとさも当然のように主張し、セシリアとブライルは夕登達がいることは知りはしないので、純粋にレジスタンスの仲間としてアンリに協力して、兵士を非難する。
ブライルはともかく、セシリアはサキュバスでありこの国では劣等種扱いだが、王国軍兵士の資格を持っているため、強く兵士に当たっても罪問われることは無い。
彼女は思う存分言ってやった。
「貴様ら! 立場というものを知らないのか? 我々は法律に基づいているのだ。それを邪魔すればどうなるのか分かっているのだろうな、この、下等種族共が! 今ここで、仲間を呼んでぶっ殺してやってもいいんだぞ?」
大柄な兵士は語気を強め、アンリ達を罵倒する。
その時、
「いやー、ぶっ殺すとは穏やかじゃないねー。僕の敷地で野蛮な行為はお断りだよ。用があるのなら、僕に直接、言えばいいんじゃない? ねぇ、兵士さん? それとも、一戦、交えちゃう? 当然、血液が飛び散ったら困るから、跡形も残さないけどね♪」
アリシアは彼女が普段使わないような口調で、アンリの背後から登場した。
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