遭遇した魔王は普通の少女?
「うん、魔王だよ。正確にはクロス・インペリアル、第五代目の魔王。先代、つまり私のお父さんが勇者に倒されちゃって一週間前、緊急的に即位したからまだ未熟な魔王なんだけどね」
そう言いながらローブのフードをめくり顔を表したシェリル。
彼女は端正な顔つきで苦く笑った。
黒のストレートヘアに金と赤の瞳。
シェリルは魔王と名乗るが夕登の目からどう見ても、少女にしか見えなかった。
しかもなぜか普通に異世界の言葉が夕登には聞き取れる。
だから、少し警戒心を解いてしまったがすぐに魔王と言う単語を脳内で復唱し、危険人物であると言い聞かせた。
「そ、そうなんですね。でもどうして、俺なんかを助けて下さったのですか?」
魔王と言うからには残虐で無慈悲で狡猾な人物である、と夕登は勝手に思い込んでいる。
勿論、日本にいた頃の知識しかないからだ。
しかし、今のところ普通に良い人でしかない。
ただ、一週間前にシェリルの父親、先代魔王が勇者の手によって倒されたというのは不穏な話ではあるが。
「困ってる人を助けるのは当然でしょ? 急いでる時ならともかく、今はただ散歩中だったし、と言うより、モンスターに襲われてる人が居たら急いでても助けるよ。死んじゃったら後味悪いから」
「た、確かにそうですね。どうもありがとうございます」
(ふ、普通に良い奴じゃないか! もてあそばれて殺されるかと思ってた)
「うーんさっきから気になってるけど、なんで敬語? 人間はみんな大体、普通に話しかけてくるし、なんだか気持ちが悪いから普通にしゃべって。それに名前を聞かせてよ?」
「だって、魔王だし。魔族の国の一番えらい人だろ? 普通は目上の人間には畏まって話すのが普通じゃないか。まぁ、通常通りでいいならそうさせてもらうけど。それと、名前は朝霧夕登だよ」
「アサギリユウト? 変な名前だね。私たちが話す言語はファリア語で同じなのに聞いたことがない発音の仕方と名前。おかしいな。どっか遠い国から来たの? いや、それはないか。初級モンスターに殺されそうになってた人が単独でここまで来られるわけないし。うーん」
「えっと、それはね…………」
(あ、しまった。ここは異世界だ。適当に名前をでっち上げておくんだった)
夕登は迂闊だったことにものすごく後悔した。
異世界の住人と言語が通じているのならば、元の世界の言語を使った単語を伏せておくべきである。
シェリルが怪しむのも無理はない。
「それは?」
「いや、まぁ、実はここから大分離れた東の方の国の出身でね。それと、自分で言うのもなんだけどこう見えて俺は結構いい所の子息なんだよね。だからいろんな言語くらいは身に付けたけど、少し世間を知らないから、興味があってこっそり船に乗ってここまで来たんだ。そこからはご覧の通り君に助けられたわけだ」
「へーそうなんだ」
「そうなんだよ」
(やってしまったあぁ! 普通に都合のいい嘘を付いちゃったぞ。こんな見え透いた嘘なんてバレるに決まっている!)
夕登はまた迂闊であったことを後悔した。
「なるほどね。分かるよ。分かる! 私には君の気持が良く分かるっ!」
「へ、何が?」
「だって、外の世界を知りたくてここまで来たんでしょ? 私も小さい時は魔王城にいるだけだったから外の世界には興味深々だったよ。うんうん!」
頷きながら自分の肩をバシバシ叩くシェリルを見て、夕登は思った。
こいつはバカであると。
「いやーそうなんだよ。分かる? 分かっちゃう? 俺の気持ち!」
「勿論だとも! 元箱入り娘の私は君の一番の理解者だよ。先輩として何でも聞いてね! 色んな事を教えちゃうから!」
「助かるよ。なにせ異国からここまできたからね」
「異国かぁ。東ってことは私も詳しくはないけど、もしかして名前の感じが似てる国としては、極東のヒノモトって国から来た?」
「そうそう! そうだよ。俺はそこの国の出身なんだ!」
「やっぱり! だからだね。名前が私たちと違うのは」
「そうなるね。というわけで、俺の名前を今話している言語体系に合わせるなら、ユウト・アサギリだね」
こうして、ユウト・アサギリという人物が誕生した。
「オッケー、オッケー! よろしく。それで、何か聞きたいこととかあるかな?」
「早速だけど、街に戻りたいんだ。護衛を頼んでいいかな?」
「それは無理だよ」
「え、どうして?」
「だって、あの街は私が滅ぼすし」
「いま、なんて?」
耳を疑った。
今までの人生で夕登は自分の耳が悪いと思ったことはない。
だが、今ばかりは自身の聴覚の性能を疑った。
「だから、あそこの街は私が滅ぼすんだって。それにしても良かったねー。もし、この丘に来てなかったら巻き込まれて死んでたよ! あはははっ!」
夕登の耳は正常に稼働していたようだ。
シェリルが街を滅ぼすと言った事を確かに聞いた。
そして、笑いながら街を滅ぼすといった彼女をみて、夕登は思った。
ああ、やはりこいつはやばいと。馬鹿であっても確かに魔王なのだと。
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