アリシアの過去6-捜索と発見
派手な飾りつけの街中は戦火に包まれていた。
屋台は壊され、時計の針は止まっていて、噴水は赤く染まったそれを吹き出す。
王国の兵士達が倒れ伏し、ガルバスの住民もその隣に転がっていて、思わず目を背けたくなるような現実だ。
そんな中をアリシアは己が出しうる限りのスピードで走り去る。
そして、彼女が通った後、戦っていた者達は皆、意識を削がれ地面に倒れた。
彼女が睡眠の魔法を使っているからで、少しでも死傷者を減らすための最善策。
それが、どれだけの効果をもたらすのかは分からない。
後から来た兵士や住民達が、眠った同胞をどうするかは彼ら次第で、殺すか生かすかはその手に委ねられている。
殺せば彼女の努力は無に帰す。だが、生かす道を選んでくれたのならばそれはまさに行幸というものだ。
アリシアは多くの者が生きるように強く願った。
「はぁはぁはぁ! これでどうにかなってくれ!」
自分の魔力が急激に失われていくせいで、苦しくなるがそれでも魔法を辞めることは無い。
彼女はエルとアンリを先ほどからずっと探しているが全く見当たらない。
事件が起きた時刻は二人と落ち合う二十分前。
市民広場にいてもおかしくなかったが、そこにはおらず、その周辺にも姿はない。
もちろん、探す途中に見逃すなどありえない。アリシアは集中力を最大限まで引き上げているのだ。そのようなヘマはするはずがなかった。
「一体どこにおるのじ!? くそッ!」
とすれば、残る可能性は現在進行形で逃げているか、アリシアがまだ訪れていない場所で死んでいるかの二択ということだ。
だが、最初から死んでいることなど頭に入れていない。彼女らが見つかるまでアリシアは探すつもりである。
「これは役所の方へ逃げたと見るべきかの」
宿から市民広場に向かっていたとすれば、その道を引き返しただろうし、また宿を出る前に事件が起きていた場合はさらに遠くへ逃げているだろう。
そして、市民広場と宿の直線上にはガルバスの役所がある。
役所ならば避難場所になっていてもおかしくはないから、そこへ逃げているかもしれないと、とりあえずアリシアは役所に向かうことにした。
そうして、たった一分も立たず、アリシアは役所付近へとたどり着く。
祭の前日に地図を穴が開くほど見ていなければこうはいかなかっただろう。
自分が祭り好きでこれほど良かったと思ったはなかった。
「エルーッ! アンリーッッ! どこじゃ! どこにおる!」
アリシアが叫んだまさにその時、
「おねーちゃん!? たすけてっ!」
役所前の大通りでエルが兵士の持つ槍に貫かれそうになっており、彼女の背後には横たわっているアンリがいた。
よく見るとエルがアンリを庇うようにして手を広げ、兵士を睨んでいる。
兵士も子供を殺すことに躊躇っているのか、動きは鈍い。
「この大馬鹿者がッ! いくら何でも子供を殺す奴があるかぁぁぁぁ!」
「ごふっぉっ!」
アリシアは駆ける速度そのまま、兵士の腹に蹴りの一撃を入れ、兵士は吹き飛んでいく。
その瞬間、彼女は兵士の殺さずに済んだという安堵した表情を目にして、胸が苦しくなった。
「エル! 無事!?」
「大丈夫!」
どうやらエルは無事のようである。服が汚れている事と少し膝を擦り剝いているぐらいだ。
アンリを守ることに必死だったのか、エルは泣いてさえいない。
間を置かずアリシアは回復の魔法をエルに使用し、彼女を抱きしめた。
「よく生きておったッ! 本当に無事でよかったのじゃ! 怖かったじゃろう? もう安心するがよい」
「うん! うん! うん、うわあぁぁぁぁぁん! おねぇぢゃんっ! 怖かったよぉ!」
涙すら浮かべていなかったエルはアリシアに何度か頷くと、緊張が切れたのか泣きだした。
それをアリシアはエルの頭をさすってあげる。
「もう大丈夫じゃ。そうじゃアンリは!?」
「お母さんはわたしを守ってくれたの。でも、殆ど怪我もしてないよ。魔力が切れたみたい」
エルはすぐに泣き止んだ。
どれだけ、心が精神力があるのだろうかとアリシアが感心したほどである。
「そうか、本当に良かった。よし、エル、アンリを安全な場所まで連れて行くぞ。役所は避難場所になっておるのか?」
「普段はそうだけど、今はわからない。兵隊さん達が普段、ガルバス中央管理局の近くにいるからもしかしたら、ダメかも」
「なるほどの。それは困った。まぁ、兵士が居たら居たで構わん。ワシが追い出す。さて、行こうかの。よっと、むぅ。この身体ではアンリを持ち上げるのは難しいか」
もちろん、魔力で身体を強化しているので持ち上げられないことは無いが、彼女より身長のあるアンリは抱えにくい。
だが、吸血鬼である彼女は体の大きさを変えられる。
変えられるのだが、いかんせんここ一か月は吸血しておらず、アリシアには体躯を変化させる力はない。
そんな時、エルの首筋が目に留まる。
「エル、少しだけ血を貰っていいかの?」
「もちろん! おねぇちゃんになら血を分けてあげる!」
血を吸われることに大体の人は抵抗があるのだが、エルはアリシアに信頼を寄せているし、彼女に断る理由もなければ、アンリのためである。
ぜひ吸って欲しいとさえ思っていた。
「すまんの。少しだけ痛いが、我慢してくれ」
「いいよ。じゃ、どうぞ」
エルは躊躇いなく、頭を傾け首筋を彼女に差し出し、アリシアは吸血のために尖った、吸血鬼特有の歯でかぷりと噛みついた。
「かぷっ、んくんく」
「んぁっ。あぁ」
アリシアの口の中でエルの首に歯が立てられ、小さな穴が四つ開く。そこから少しだけ血が出くると、それを彼女は吸った。
じゅるっ、と音を立て数秒、吸血。
アリシアの頬には赤みが差し、恍惚の表情で吸血の快楽を身体に感じ始めた。
一方、エルは痛そうに一瞬、力んだがすぐに痛みは消え不思議な感覚にとらわれた。
そして、いつか彼女が吸血の快感を恋しく思うのはまた別の話である。
「っぷはぁ」
吸血が終わったアリシアはエルの首筋から離れ、彼女の首に回復魔法を優しくかけた。
「ふぁあ」
「すまぬ、痛かっただろう?」
「うん。でも、なんかへんな感じ」
「そうか。よし、それじゃ。これで姿を変えられる」
アリシアがそう言って、目を閉じた。
すると、体がみるみる大きくなって、大体、175センチくらいだろうか。アンリの身長を軽く超えた。
綺麗な彼女の金髪はより長く伸び、顔つきも少女から女性に。
薄かった胸は豊満なモノに成長して、彼女が着ている服をきつく感じさせる。
「おねーちゃん! すごい! それにとっても綺麗だよ!」
「じゃろう? この身体ならアンリを余裕で持ち上げられるな。よっと!」
アリシアは容易にアンリの体を持ち上げ、肩に担ぐ。
「それじゃ、伏魔殿に行くかの。エル、走れるかの?」
「全然大丈夫!」
「よし!」
そうして、アリシアとエルはガルバス中央管理局へと向かうのだった。
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