異世界に来て早速、死にかける。
「………………ん? ここは?」
縁結びの神により異世界へと転生&転移した朝霧夕登。
目覚めた世界は一面緑が広がる丘。見渡す先はたまに岩や木があったりするくらいだ。
東方向には遠目にはうっすら巨大な石の城壁が見える。
他はただ、だだっ広い草原が延々とあるだけだ。
「ああ、そうか。縁結びの神様のおかげで異世界に来たんだっけ」
意識がはっきりとし始めた夕登は、神とのやり取りを思い出す。
やけくそにやみくもに異世界転生を願い続け、今ここにたどり着いたのだ。
「転生? 転移だっけな? どっちでもいいけど異世界に来られたが、一体どうするか決めてなかったな」
さてどうしたものかと思索に耽っていると、黒い物体が視界の隅で蠢いた。
「ガウゥッ!」
「うわぁ!」
寸でのところで避けることができた夕登はすかさず相手の正体を見切ろうと、黒い物体が飛んで行った方向を見つめる。
そこには鋭い牙を持った犬、というよりは黒い毛並みの大きな狼がいた。
黒い獰猛な目。細くも強靭な脚。どれをとっても夕登がいた世界の狼とそう大差はないが、明らかに様子が違うというかオーラが違った。
「グァウゥッ!」
黒狼が吠えると何やら物凄い速さで、見えない何かが夕登の体に襲い掛かる。
成す術もない夕登は衝撃に耐えられず後ろにコケてしまう。
「これが漫画で見た咆哮とかいう攻撃か?」
そこへ間髪入れずに黒い狼は噛みつきに来る。
前の世界なら普通に噛みつかれていた所だが、ここは異世界だ、という危険意識のおかげでどうにか横に転がって躱すことができた。
転がった後、夕登は離れた距離を保つことに集中した。その甲斐あってか、相手も警戒しているようで十メートルほど離れて様子見といったとこだ。
対峙する時間の間を縫って敵について冷静に分析し、(と言っても漫画やアニメの知識だが)どうにか逃げる算段を企てようとする。
必死に周囲を探る。あるのは草、草、草、花、草、木、石、草、石、草、草。そして、放置された一枚の木の板が発見できた。先ほどまでは見えなかったものだが、移動したことで見つけるきっかけになった。
それを見た夕登はあることを閃く。
(これだ!)
木の板に向かって夕登は一目散に走っていく。急に動き出した彼を見て虚つかれた黒狼はその場でたじろいだ。
だが、すぐに夕登へ向かって駆け出す。
「よし! いける!」
あと一メートル弱にまで迫られたが、木の板を掴んで夕登は身を投げる。それからは早かった。木の板の上に立った彼は少ししゃがんで木の板の前の方をめくり、丘を滑り降りていく。
夕登のやりたかったことはこれだ。
木の板をそりにすれば丘の斜面を滑って逃げられる。しかも、丘は割と角度があり、追いかけてくる黒狼をすぐに引き離した。
(何とか助かったぞ!)
異世界に転生が出来たものの、果たしてどこまで自分に能力があるのかわからない。
まったく何もできないのか、神が言っていたように魔法が使えるのかもどうか知りはしないのだ。異世界に転生できたからといって、浮かれて安易に戦えると思ってはすぐに命が失われるだろう。
とにかく今は逃げることが最優先だった。
「ワオォ~ンッ!」
夕登の背後から雄たけびが聞こえてくる。
何か攻撃をしてくるのではないかと恐怖を感じたが、そんなことは気にしていられない状況だ。
とにかく、丘の斜面を滑り降りた。
「え?」
滑り切ると夕登は思わず声を上げた。
そこには先ほどの黒狼がいた。いや、同じ個体ではなく同じ種族であると表現した方が正しいだろう。 しかも、十体を超えている。
先ほど振り切った黒狼が吠えていたのは仲間を呼ぶためであったことを今、夕登は理解した。
丘を背に取り囲まれた状況だ。
これは絶体絶命。確実に先のように逃げ切る自信が夕登にはない。
「「「「「「ガァァウッ!」」」」」」
「やばッ!」
一斉に飛び掛かって来た。
勿論、夕登には何もできない。
異世界に来て、たった数分。これで二度目の人生があっけなく終わるのかと、諦めた瞬間、
「散れ! ダークウルフ共ッ!」
どこからかそんな声が響き、ダークウルフ達は吹き飛んでいった。
「もう大丈夫だよ!」
そして、黒い禍々しいローブを来た声の主と思われる人物が夕登に近寄って来る。
「…………あ、あの、どうもありがとうございます! ええっと、あなたは?」
夕登は突然の展開に戸惑いつつも、礼を述べるが、相手がどんな人物か気になった。
もしかすると、助けた見返りに謝礼を要求されるかもしれないし、最悪身ぐるみをはがされたっておかしくはない。
ここは異世界だ。前にいた日本とは違う世界である。
警戒心は怠らないようにした。
「私はシェリル。シェリル・フェンシェンハート。東にある魔族の国、クロス・インぺリアルの魔王だよ!」
「へー。魔王。魔王かぁ。って魔王なのかぁっ!」
ヤバいものに遭遇してしまった。
そう、夕登は直感で感じたのであった。
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