アリシアの過去2ー出会い
夕暮れの宿場街。
ちらほらと人がいるだけで、殆どの宿の入り口には満室と書かれた木の板がぶら下がってる。
翌日の祭りの影響でどの宿屋も観光客で賑わい、大盛況。
辺りにある飲み屋では陽気な歌声や怒声が飛び交い、此方もいつもの十割増しで客が訪れていた。
そんな中、一人の見た目麗しい吸血鬼、アリシアが元気なく歩いている。
「やってしもうた。あれほど野宿にならんようにと急いだんじゃがな。すっかり堪能してしまったわ。もう、どこも泊まれる宿がないのう。これは今夜も野宿決定かもしれんなぁ」
アリシアは宿場街に行く途中で竜族の踊りや天使族の歌を楽しみ、獣人達とは力比べをして遊んだ。
すっかり、ガルバスの魅力に取り込まれ、時間がこの世から無くなったような感覚だった。
それが、この結末だ。
後悔はしているが同時に満足もしていて、アリシアはそれも旅の醍醐味だと思っている。
だから案外、こうして宿を探しながら歩き回るのも楽しかったりもするのだ。
「あ、おねーちゃん!」
「ん? なんじゃ? あ、確かお主は……」
後ろから可愛らしい間延びした声と共に軽く服を引っ張られ、アリシアは振り返る。
するとそこには、昼間の街中でぶつかった獣人の女の子がいた。
「うん、お昼の時にぶつかちゃったおねーちゃんだよね?」
「そうじゃ。もうあれからは人にはぶつかっておらんかの?」
「もちろん!」
「で、何か用かの?」
「おねーちゃんはもしかして宿を探しているの?」
「そうじゃ。しかしどうにも、もう宿がなくての。困っておったところじゃ」
「それなら、家においでよ! 本当は部屋はいっぱいだったけど観光客の人がいっぱいで、お母さんが特別に部屋を一つだけ空けるっていうから、お客さんを探していたの。どう?」
「そうか、それは助かる! ならば、案内してもらえんかの?」
「はーい! お客様、お一人ごあんなーい! さぁ、こっちだよ!」
女の子は笑顔いっぱいにアリシアの手を取って引っ張って行く。
そんな愛らしい姿を見た彼女も釣られて楽しく笑う。
やがて、着いた先は一軒家より少し大きめの趣のある宿だった。
木組みで出来た宿で、年季の入った建物ではないがそれなりに味がある。軒先も綺麗に掃除が行き届いており、宿の店主の真面目さが伺える。
一目見ただけで信頼のできる場所だと分かるぐらいだ。
アリシアはすでに五十年は旅に出ていることから、宿に関しては目利きが出来るのだ。
これまで、ぼったくられたり危うく客引きに売春宿に連れ込まれかけたこともる。
それも旅ならではと言えばそうなのだが、やっぱり安全で安心できる方が良いに決まっている。
その面、この宿は問題はなさそうだった。
女の子は早く早く! と彼女を急かし宿の扉を開ける。
「あら、いらっしゃい、こんばんは!」
宿の中に入ると、女の子と同じ狐耳の女性がほんわかとした声と笑顔で出迎えてくれた。
女の子は可愛らしい笑みを浮かべるが、此方の女性は綺麗、その一言に尽きる。
金茶髪のロングヘアがとても似合っていて、同じ女性であるアリシアも見惚れてしまうほどだ。
それに、豊かな胸、エプロンを掛けていても分かる、引き締まった腰に程よい肉付きのお尻や脚が魅力的である。
「ただいま~。お母さん、お客さんを連れてきたよ!」
「エル、お帰りなさい。お客様を案内してくれてありがとう! そちらの方がお客様ね。どうぞ、此方に。宿泊の手続きをいたしましょう!」
客がいても娘を褒める事を忘れず、しかし、客にも不快な思いをさせない丁寧な接客だ。
見ていて正直、和む。
「今日は世話になる。何とか宿が見つかって良かったのじゃ! 最悪、野宿かどこかの馬小屋に泊まるものと思っていたからのう。正直、こんないい所が見つかるとはな思っておらなかった! それに店主が綺麗とあればワシも眼福じゃ!」
「うふふ! 小さのにお上手なのね!」
「ワシはこう見えて300歳超えの吸血鬼じゃぞ? 人を褒める言葉はいくらでも持ち合わせとるし、簡単には褒めはせんよ」
「あら、ごめんなさい。吸血鬼の方だったのね。やっぱり何年、宿屋の店主をしていても吸血鬼の見分けは付かないわね。本当にその美貌が羨ましいわ」
「何を言っとるんじゃ、お主も随分と綺麗ではないか!」
「そうかしら? そうだと嬉しいわ。さて、そろそろ宿泊の手続きをいたしましょうか」
「そうじゃの、で、一晩でいくらじゃ?」
「晩ごはんと朝ごはんがついて、一泊12000ゴールドになります」
「随分安いな! 即決じゃ!」
「ありがとうございます」
「財布、財布っと♪」
宿の一泊の相場はその土地その土地で変わるが、アリシアの経験上、このくらいのいい宿だと一泊二食付きで大体8000ゴールドくらいだ。
だが、これは通常時の値段である。
この街は今、祭り時。
祭やイベントがある時期や、祝日などは宿泊客が多くなるため、基本的に宿屋は値段が跳ね上がるのだ。
所謂、需要と供給というもので、需要があれば供給量はおのずと増える。
しかし、宿というものは急に部屋数を増やすことは出来ず、儲け時に上限が決まってしまうし、宿泊客が少ない時期はこれまた急に土地や部屋を削って経費を削減することは出来ない。
こうして、取られる策は値段を上げる事なのだ。
普段であれば値段を上げると客は寄り付かなくなるが、イベントごとや祭りの時期では少々高くても客はその土地に滞在したいから泊まってくれる。なので、値段を上げて、宿屋は儲けるという仕組みだ。
そして、それはイベントや祭り時のみ、なのでお祭り価格として、客は受け入れる。
これが、宿泊業における需要と供給というわけだ。
その基準に合わせると、こういう時期は16000ゴールドくらいが平均的な値段で、ここはそれに比べると二割五分も安い。
だから、アリシアは安いと思ったのだ。
すぐに、財布から12000ゴールドを取り出して、一緒に通行許可書も見せる。
「はい、許可書も問題ありませんね。確かに12000ゴールド頂きます」
彼女は手早くお金を数え、通行許可書を確認する。
これは、関所と同じでちゃんと身分が保証されているかどうか確認するためだ。
不審者を宿に泊まらせるわけには行かないし、もし入国者が何か問題を街で起こした場合に憲兵隊などが足取りを辿るために、宿泊施設では必ず宿泊客の手形を確認し、記録しなければいけないからである。
「あ、それとなんじゃが、もしよければこのまま連泊も可能かの?」
「はい、可能ですよ」
「それじゃ、とりあえず祭が終わった翌日までよろしくお願いしたいのじゃが?」
「では、十日ですね。今日の分は頂きましたから、残り九日分です」
「いくらになるかの?」
「一泊だけなら、12000ゴールドですが、連泊ですので割引で108000ゴールドのところ10万ゴールドに値引きさせて頂きます」
「うむ! 商売が上手いのう! これも即決じゃ! 早速払わせてもらおう!」
アリシアは財布から10万ゴールド取り出して、追加で5000ゴールドを手に取る。
「ちょうどですね。ありがとうございます!」
「それと、これはチップじゃから、取っておくとよい! お主も、ほらこれをやろう。宿まで案内をしてくれた礼じゃ」
アリシアは店主に5000ゴールドを、エルには透明に輝く宝石を渡した。
「あ、どうもありがとうございます! エルもしっかりお礼を言うのよ?」
「おねーちゃん! ありがとう!」
アリシアへ親子が一緒に頭を下げる。そうすると、ふさふさの狐耳がこちらへ向くので、アリシアはそれを触りたくなる衝動を抑えるのに必死になった。
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