アリシアの過去ー入国
「ここが、城壁都市ガルバスか。美味いケバブとクレープが食えるそうじゃな。それに、多種多様な種族が暮らし、色々な文化を体験できると聞いたのう。本当に楽しみじゃ」
高さ五〇メートルはあるだろうか。石造りの立派な城壁の前で、少女、いや少女の容姿をした齢三〇〇ほどの吸血鬼が笑顔で門へと歩いて行く。
吸血鬼は背中に大きなリュックを背負い、白い綺麗なワンピースのような服を着ていた。
それは何とも可愛らしい姿で、辺りを歩く人も微笑ましげに彼女を見ている。
「そこの君、止まってくれ」
「なんじゃ? ワシに何か用かのう?」
吸血鬼の少女は門のすぐ目の前で衛兵に呼び止められた。
「街に入る前に検問だ。なに、問題が無ければすぐに入国できるさ」
「そうか、確かに検問は必要じゃな。街に行く楽しみで忘れておったわ!」
城壁の関所となっているのが門であり、幾人かの兵士らしき人物が見張りと検問の仕事をこなしている。
「それはそれは、嬉しいことだな! いい所だから楽しんでいってくれ。だがとりあえず、検問させてくれ。名前とまずはここへ何をしに来たのか聞かせてくれるか?」
「ワシはアリシア。旅をしていてな、ここへ来たのは観光が目的じゃ」
「君はまだ子供に見えるけど、一人で旅をしているのかい?」
アリシアは嘘偽りなく答えたが、衛兵に怪しまれてしまう。
こういう時に大体、検問所で嘘など言っていないだろう、と怒鳴り散らす者がいたりするわけだが、彼女はそんなことで機嫌を悪くすることなく、ああ、いつもの事だと思って応答をした。
「ワシは吸血鬼じゃ。これでも三〇〇歳じゃぞ? 何ならおぬしの血を吸って見せようかの?」
「そ、それはし、失礼しました! 吸血鬼は皆、とても若く見えるものでして!」
アリシアの返答で衛兵はすぐに態度を変え、謝罪した。
そんな衛兵を見て、アリシアはいつもの光景にふふっと笑みをこぼす。
吸血鬼は種族柄、若く見える。
年を取らないというよりは、他種族より長く生きることが影響している。
そして、たっぷりと吸血した吸血鬼は姿を変えられる。
勿論、吸わなくとも食事させしていれば生きてはいけるが、アリシアは旅の途中ということもあり、長らく吸血していなかった。
町と街の間、国と国の間を行く際に中々、吸血出来ないので、いつもどこかの都市や国に付いた時に姿を変えられず、検問で子供に見られてしまうのだ。
「そんなに、改まらんでよい。お主は疑うのも仕事の内じゃろうて、職務なら仕方あるまい」
「お心使い感謝します」
「だから、畏まらんでよいと言っておろうに」
「目上の方には敬意を払わなければなりませんので、そういうわけには! 軍ではそういう決まりです。それが、上司ではなくてもです」
「そうか、なら仕方ないの。仕事を続けるがよい」
アリシアは急に敬語で話されても違和感があり、そうしなくてもいいと思ったが、彼の所属する組織でそうなっているならば、衛兵を困らせることもないだろうと、自重した。
「はい、そうさせていただきますね。次にですが、通行手形を持っておられますか?」
「持っておるぞ。ほらこれじゃろ?」
アリシアは通行手形を服のリュックから取り出して、衛兵にしっかりと見せた。
通行手形は文字通り、国などの関所を通行するための手形で様々な都市で発行してもらえる。
行った都市や街、国の先々で発行所に行き、そこで次の行き先で使える手形の発行手続きを行うのだ。
通行手形には、所有者の名前、所有者の職業、発行元、発行者名、その手形が使用できる国や街の名前などが書かれている。
また、行き先を決めていない場合はいくつかの場所を指定できる。
その分、割高になるが。
「よし、問題ありませんね! どうぞ! 通ってください!」
「そうか、それは良かった!」
衛兵が手形が偽物ではないか確かめた。
確かめる方法は簡単で、アリシアの持つ手形の印と衛兵の持つ印が合わされば良い。
だから、印は円ではなく半円。
元は丸い判子だが印字面を真っ二つに割り、片方ずつをそれぞれの都市で使用しているのだ。
「では、観光を楽しんできてください! 明日は大きな祭があるので!」
「そうか、それは楽しみじゃのう! 世話になった」
アリシアは衛兵に通行の許可を貰って見送られ、いざガルバスへ、とスキップで門をくぐった。
「おお! ここがガルバスか!」
門から一歩、踏み出しただけだというのに賑わいを見せるガルバスの街。
まず目に飛び込んできたのは、真正面にある大きな噴水広場。
そこではマーケットがあったりや吟遊詩人が人を集めている。
犬耳、猫耳、狐耳、狼耳など、獣人達のモフモフした耳が行き交い、エルフやドワーフ、滅多に人前には出てこないとされる竜族までもがたくさんいた。
他にも白い羽が生えた者は天使族だろうし、黒い羽を持つのは悪魔族だろう。
本当に様々な種族がいる。
当然、人間の姿も見受けられた。
残念だが、今のところ吸血鬼は見当たらない。
吸血鬼は人間と殆ど姿が変わらないからだ。逆を言えば、人間だと思っていた者が皆、吸血鬼やもしれない。
「こんなに沢山の種族がおる場所は初めてじゃ! 同族には会えるかのう?」
アリシアは輝きに満ちた目でキョロキョロしながら、歩みを進める。
まず街についてすることは宿を探すことだが、色々なものに目を奪われ、足が止まり宿を探すことを忘れていた。
「うおっ!」
「あ、ごめんなさい!」
街の中を歩いていると、突然、膝への衝撃。
見下ろすと、可愛らしい女の子がいた。
走り回って、アリシアにぶつかってしまったのだ。
「気にするでない。じゃが、次は気を付けるのじゃぞ?」
「うん!」
「じゃあの」
「バイバイ!」
女の子はぺこりとお辞儀して、それから手を振って去っていく。
「ふふふっ! 元気な奴じゃったのう。これもここが良い街ということか。そういえば、明日は祭りがあると衛兵が言っておったか」
アリシアは楽しみに胸を膨らませ、ますます機嫌が良くなる。
確かに、周囲を見渡せば何やら設営を行っている者たちが目に留まった。
テントを建てている場所や、屋台の準備を行っているところもある。
他にも、住宅と思われる建物にたくさんの飾りが取り付けられ、人の多さと熱気が相乗し、すでにお祭り気分だ。
「明日と言えば、今日はまだ泊まるところ確保しておらなんだ。明日は祭りじゃからのう、泊まれる宿がまだあるか心配じゃ。そろそろ、体を綺麗にしてベッドで眠りたいものじゃな。これは急いで探さんと野宿になるやもしれん」
ふと、宿の事を思い出したアリシアは地図を頼りに宿場街へと急ぐのだった。
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