魔王、怒る
アリシアがきちんと服を着せられ、椅子に縛りつけられたところで、夕登は話を本題に戻す。
「それでだ、エル。王国を壊すとはいったいどういうことなんだ?」
「この国に人間が多くて獣人が極端に少ないのは知っているよね?」
「昼間に見た時、見かけた獣人は殆どんどいなかったからな。それがどうしたのか?」
夕登は異世界に来て、初めての街である。
この世界における一都市の人間と獣人族の平均的な割合など知る由もない。
どちらかと言えば、街中には人間だけの世界に住んでいた彼からはどうにも想像しがたく、とりあえず、エルがそういうからそうなんだろうと肯定して会話を進める。
「この国は獣人をほとんど受け入れてないの。それだけは別に珍しいことじゃないけど、ファンテ王国は優生思想の偏った国なの。だから、人間以外は受け入れない。獣人も魔族も、天使も悪魔も、そして吸血鬼もね」
「そういうことか。では、エルやアリシアは何故ここで暮らすことが出来るんだ?」
「それは私達が優性種であると認められたから。この国は人間以外でも、優秀であると証明できればここで暮らすことが出来るの。でも、それ以外は排除の対象で、虐げられてる。だから、この都市からはみんな出て行った、いや、追い出されたの」
「優性思想か。またこれは面倒くさい」
「誰が優秀なのかは、種族の括りでは分からんというに嘆かわしいことじゃ。それに、認められれば暮らせるとは言うが、人間以外はみんな兵士なのじゃよ」
「じゃあ、エルもアリシアも兵士なの?」
「そうだよ。王国軍所属の異種族部隊だね」
「異種族部隊とは言うが、有事における最初に出動させられる露払いみたいなものじゃ。肉の壁と言った方が正しいかの。異種族は特に回復能力や攻撃をくらおうがそうそう死にはせん。都合のいいものじゃろ?」
アリシアが自虐的で吐き捨てるように言った。
それだけ、ファンテ王国では異種族というのは冷遇されているということが、ひしひしと伝わって来る。
「酷いっ! 許せないよ! こんな国やっぱり滅ぼすべきだね!」
彼女らの話を聞いていた時から、シェリルの拳は震え続けていたことは知っている。
だが、夕登の隣で遂に爆発したというわけだ。
アリシアやエルと対峙した時のようにとまではいかないが、彼女の周りでは黒い魔力が渦巻き、夕登は全身に威圧感を覚える。
彼女が優しい人物で、命を大切にし、人のために怒ることが出来る素晴らしい王だと夕登はすでに分かり切っている。
勿論、命を天秤にかけることはある。だが、この世界ではそれが普通で守るものを二つも選ぶことが出来なのが現状。
多少の事は心を痛めてもでも、遂行しなければいけない。
それでも、シェリルは出来るの事はしたいというのが本音である。
「落ち着け。言いたいことは分かる。だが、この国が優性思想を選ぶというのは多少なりとも理由があるはずだ」
「でも!」
「なんでも、多様であればいいわけじゃないはずだ。それはシェリルの国もそうだろう?」
夕登のいた世界でも優世思想は存在していた。
彼の生きていた時代はそういうものがはじき出され始めたとはいえ、まだまだ無くなっておらず、世界の課題だったのだ。
かく言う、夕登が暮らしていた日本も移民はや難民を殆ど受け入れることは無く、外国人が国籍を取得するのも容易いモノでない。それは、害となるものを極力国内へ侵入させないための策である。そして、それは島国という地理的な条件と相まって強力な効果を発揮していた。
優性思想とまではいかないが、そういう風に国を守るというは当たり前なのだ。
あの世界では、移民や難民を受け入れたことにより大問題が生じた国もある。
それを見れば、日本という国が作り上げたシステムは非常に有能であると言えるはずだ。ただ、いくつかの弊害もあったわけだが。
「そうだとしても、間違っている! 私は私の国の百年前のような国は見たくない!」
「シェリルの国の事は分からないが、優性思想というのは受け入れがたい。俺も、迫害や差別が大嫌いだ! こう見えて怒っているんだ。だが、冷静さを失ったら、今度は俺達が人の命や尊厳を奪うことになる」
「そうだね。私だけの心が痛いんじゃないんだ。ごめん、みんなことを見失っていた。ちょっと、熱を冷ましてくるよ」
禍々しい力を収めたシェリルはおもむろに歩き出し、部屋のドアを開けて、退出する。
「おぬし、本当にただの人間か? 冷静な判断力と魔王を諫めるとは本当だったのだな! ワシはお主を気にいった! 本気で欲しい人材じゃ」
椅子に縛り付けられている彼女は、動かせない手足をバタバタとさせ興奮気味に顔だけ前のめりになった。
「何度も言うけど、本当にただの人間だよ」
(異世界から来た人間だけどな)
「でもやっぱり、ユウトは凄いわ。これなら、王国も倒せるかも」
「なぁ、シェリルがいないけど、もう少し詳しい話を聞かせてくれないか? 本当にこの国が酷い仕打ちを異種族に向けているなら、俺も度し難い。微力だとしても協力しよう」
「ありがとう! じゃあ、アリシアから話を聞くのが一番だと思うから。ね、アリシア?」
「そうじゃな、ワシから話そうか。その前に縄をほどいてはくれんか? ワシの中に眠っているドM精神が出てきそうでの。すでにもう、興奮状態じゃ。ふははっ!」
「分かったから、変なことしないで!」
アリシアから何やら良くない得体のしれない、魔力ではない何かが溢れ出していたので、エルは大急ぎで彼女の縄を解いた。
「おお! 随分と開放的じゃ! この縄から解き放たれる快感は中々いいモノじゃな!」
「もういいから、早く話してね」
「すまんすまん! ジョークじゃよ。遊んでいてもしょうがない…………。そうじゃな、あれは十年前の事じゃった。ワシがまだこの都市の首長と出会った時の事じゃ………………」
一連のよくわからないやり取りのあと、一呼吸を置いてアリシアは今に至る過去を語りだした。
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