客間にて
魔王シェリルの乱心から三時間。日は沈みかけている。
真っ青だった空は夕日が支配する、オレンジ色の黄昏どき。
路地から移動して、アリシアの住む邸宅に夕登とシェリルは招かれていた。
彼女の自宅は豪奢なもので庭にはプールや噴水、整えられた樹木が生えている。
邸宅の中は白を基調にシャンデリア、大きな壺に絵画。歩くのも躊躇われるくらい綺麗な絨毯が敷かれていて、美しい吸血鬼少女アリシアにぴったりだ。
今は客間に通されていて、目の前には高級そうな琥珀色の紅茶が四人分、大理石のテーブルの上に並んでいる。
「のう、魔王、落ち着いたかの?」
「うん。おかげさまで。取り乱してごめんね」
「仕方ないよ。あれは先代魔王が悪いと思うから」
「そうだ。シェリルの父親がどうしようもない中二病なのが悪い」
「そう、だね。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は…………。」
三人に慰められ、シェリルは頷き、自分へ自己暗示をかけ始める。
これはシェリルを落ち着かせるために夕登がとった方法だ。
手が付けられないシェリルに暗示を使って現実を忘れさせたのである。
今では、自分で自己暗示をかけるようになった彼女を見て、逞しくなったなというのが三人の共通認識だ。
これから、シェリルの父親関係で彼女が錯乱した場合はこの方法を選択する予定である。
「では、一息ついたところでワシらの事を話そうかの。お主らがこの国へ来た理由も聞いておかねばならんしな」
「そうだな。なら、改めて自己紹介をしようか。俺はユウト・アサギリ。詳細は後で必ず語ることになるから省くぞ」
「私はシェリル・フェンシェンハート。中二病先代魔王の後を継いだ新しいクロス・インペリアルの魔王だよ」
夕登から始めた二度目の自己紹介。
無難に終えた夕登と違って、シェリルは自虐を交えた自己紹介をする。
「ワシはアリシア・ハルプ・リンベルナじゃ。こう見えて300年は生きておる。見た目は吸血鬼の特徴で、まぁ知っておるか。要するにお主らから見ればただの腐れババァじゃ。実際はまだまだこれでも若いんじゃがな? きゃっぴっ!」
シェリルのテンションとは真逆のアリシア。
ふざけて、ピースサインをしながらそれを目元にやった。
続けて、エル。
「私はエル。エル・クラヴィアハンズ。見た目通り狐族出身よ。アリシアの相棒としてとある活動をしているの。これは後で話すね」
エルだけは自己紹介が初めてだ。
形はユウトとほとんど同じだったところから察するに、彼女の情報はこれからの話に深く関わってくるのだろう。
「さてと、何から話そうか?」
「単純にここにおる目的でいいじゃろ。後は適当に質問でもすればよいと思うがの」
「そうしようか。なら、騒動を起こした私から話すね。私はクロス・インペリアルの魔王として、ここにけじめを付けに来た。詳しく言うと、ガルバスの役所の襲撃と占拠、そして、ガルバスに駐留する王国軍の殲滅が目的だね。でも、ガルバスを滅ぼす気はないよ。私はただファンテ王国の国王と終戦締結と賠償金の獲得が最優先事項だから」
「なるほど。そういうことじゃったか。ワシはてっきりガルバスを消し炭にするつもりかと思っておったがの。ふふふっ」
「うふふ、最初はそのつもりだったけどね。今は、隣にいるユウトが被害を最小限に押さえられる案を出してくれたから、安心して。自国の軍も出さないしここは基本的に安全だよ」
シェリルがガルバスの役所を襲撃すると言っても、全く動じないアリシアとエル。
二人にとってこの街は何なのだろう。
夕登とシェリルには疑問だったが、今のところ敵対する様子はないのでこのまま話を続ける。
「そうじゃ、気になっておったんじゃが、そこにいる少年はなんぞ? 見るからにひ弱そうでとても魔王の参謀とは思えんくてな」
「俺は別にシェリルの参謀ではないさ。ただの国を出てきた人間だ」
「なんじゃと!? 参謀でもないのに魔王に意見を付けるなど、おぬしはどんな神経をしとんのじゃ? 全く、ワシですら魔王の魔力量を見て肝を冷やしたのじゃぞ?」
「モンスターに襲われていたところを彼女に助けられたのが出会いで、その時、この城壁都市を滅ぼすって言うから、行く当てが無くなったら俺が困るし、代替案を出したんだ」
「ユウトは図太い神経なのね。あの場でも全く動じた様子はなかったし、これは面白い人間発見よ!」
淡々と受け答えを行う夕登に対して、アリシアは目を丸くし、エルは面白がった。
夕登がシェリルに恐怖を覚えていないわけではなく、初めて会った時に彼女はむやみやたらに人を殺したり傷つけたりする人物ではないと判断したから、通常通り会話しているのだ。
もし、シェリルが悪逆非道な魔王であれば、どうにかして逃げ出していたことだろう。
街が破壊されるなんておかまいなしで、その場で確実に殺されるよりはリスクがあっても、違う街や村にでも旅に出ていた。
「面白がられても困るぞ。俺は別に強者でもなければ賢者でもない。本当に非力な人間だ。あるとすれば、状況の判断が出来るくらいだ」
「そんなに謙遜するでない。その場で己がどうするのか決められるの奴は中々におらん。非力だろうが何だろうが、生き残る者は総じて皆、世の中では褒められるべきじゃ」
「そうだよ。私の財布が盗まれたときに気付いたのも、君だったし」
「え? そうなんだ! それは凄いよ! だって、私は魔法を使って盗んだのにそれを見破るってどんな動体視力なの!? ねぇ、魔王の参謀じゃないなら、ウチに欲しいな! 絶対、役に立てるから!」
ウェルカム! と両手を広げるエル。
夕登は自分の事をあまり評価しないが、魔法や種族の特性による能力が存在するこの異世界に力も能力も与えられず、やって来たのに未だに健在で、圧倒的強者である魔王や吸血鬼と対等にテーブルに座っている。
それはとんでもない偉業であると評してもいいくらいだ。
異世界の下りは存じずともエルは非力な人間がこうして、自分の目の前でシェリルやアリシアに褒められている様をその瞳でまじまじとみて、とても魅力的に映った。
だから、彼女は自身の仲間にしたいと思ったのである。
「別にシェリルとの用事が終わったら行く当てもないから、場合によっては世話になるかもしれん。わざわざ誘ってくれるんだ、話を聞かせてくれ」
「えー! 私はこのまま魔王城にお持ち帰りして、参謀にしようと思ったのに! 行く当て、ないって言ったよね? なら、クロス・インペリアルにおいでよ!」
「おお! なんじゃ、少年。両手に花じゃのう! 良かったではないか!」
「いや、まぁ、素直に嬉しいんだが、どっちの組織にも詳しく知らないんだ。とりあえず、エルの方から話を聞かせてくれよ」
美少女二人に求められて嬉しくないわけないが、どっちつかずも相手に失礼である。
とりあえず、話し合いをしてから見極める必要がありそうだった。
「うん、良いよ! 私とアリシア、そして仲間たちでこの国を壊す予定なの。勿論、正義のためにね!」
「ほう、これまた。シェリルと似たような目的だな」
「じゃ、私が先に壊すからエル達は解散していいよ。ユウトは貰っていくね」
「ちょ、待って! 国を壊すのは別に破壊活動をするためじゃないの! 魔王のやることとは全然違うから! 渡さないよ!」
「そういう問題じゃないだろ!」
「ええのう、若いってのは! なんじゃ、ワシには興味がないのかおぬしは? なに、この幼い姿では無理もない。仕方あるまい、ワシは脱ぐとするか。吸血鬼じゃからな。姿は形はいくらでも変えられるんじゃ。今晩はムフフなお楽しみじゃぞ!」
シェリルとエルで夕登の取り合いが始まり、蚊帳の外だったアリシアは服を脱ごうとした。
どうせ本気ではないと三人はしばらく彼女に視線を送ったが、本当にスカートの中に手を伸ばしパンツを降ろしたところで、
「「おい、早くこいつを止めろ! マジで脱ぐぞ!」」
と、シェリルとエルから全力でストップが掛かる。
「ははは…………」
夕登はそんな三人を見守りながら、苦笑いをするのであった。
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