現れた吸血鬼
唐突に姿を出現させた謎の少女。
声が聞こえるのと同時に魔法陣が目視できたので、おおよそ夕登やシェリルと同じように姿を隠す魔法でも使っていたのであろう。
だが、魔王であるシェリルでも完全に探知できなかったことから、シルエット・ハイドよりかなりの高難易度を誇る高位の魔法のはずだ。
「おぬしらは一体、何が目的でエルの後を付けておったのじゃ? 事と次第によってはワシも容赦はせんぞ?」
つい、数秒前の少女の口調が嘘かのように威圧感のある目つきと声音で二人に問う。
少女はおよそ、十代半ばか年下に見えるがそれ相応の喋り方ではなく、どこかの年配者が使うような感じだった。
しかし風貌は、金色で艶のある長い髪に神秘的な紅の瞳を持ち、整った美しい顔に純白の肌。
華奢な手足は強くつかめば今にも折れそうなほどだ。全くの老いは見られない。
服は上半分は黒色がベースで、下は赤色のドレスのようなものを着ていた。
舞踏会や社交界に出られるほどの代物ではないが、それでも随分と立派だ。
「なんか、私たちが悪者みたいだね」
「シェリルが殺すとかいうからだ」
「だって、しょうがないでしょ? ああいうのが一番、出てきてくれそうだし」
「まぁ、いいか。とりあえず、向こうと話し合おう。俺達は悪くないし」
どうにも少し、機嫌の悪そうな金髪の少女を見て、二人はボソボソと会話する。
「何をぶつぶつ言っておる? 早う、ワシの質問に応えんか」
「分かったよ。まず、名乗っておくね。私はシェリル。事情があってフルネームは明かせないけど、旅をしている者だよ」
「俺はユウト・アサギリだ。シェリルと一緒に旅をしている。それでだが、君の名前も聞いておきたい」
シェリルは魔王と名乗るわけにはいかない。
彼女のフェンシェンハートと言う名は、クロス・インペリアルにおける魔王の系譜を持つ者の証だ。
新米の魔王とはいえ、その名はすでに他国へ知れ渡っているだろう。
旅をしていると言っておけば、何とかなると思って嘘を付いておく。
夕登はシェリルに便乗して、旅人だと偽るが名前を全て明かしたところで困ることは無いし、夕登まで名を隠すとなれば怪しさは増すだろうと、気を利かせてフルネームを答えた。
「そうじゃな、ワシも名乗っておこうか。ワシの名はアリシア・ハルプ・リンベルナじゃ。因みに種族は吸血鬼じゃよ。それで、おぬしらの目的はなんじゃ?」
端麗な金髪の少女は名乗った通りならば吸血鬼らしい。
吸血鬼と言う単語を聞いた途端、夕登の首筋がひんやりとした。
それは彼の中で吸血鬼とは、空想上の生き物に過ぎなかったが、異世界であるここは常識が通じないことを知っており、素直に信じた結果、吸血されるのでは? と考えたからだ。
「私達が追いかけていた狐耳の少女は私の財布をスったの! だから、追いかけていたわけだよ。あの子の仲間や友達なら返すように言ってね。私の大事な路銀だから!」
「ほう? それは本当か?」
はっきりと事実を告げると、アリシアは眉をひそめ、シェリルを訝しむようにしてから、彼女の眼をじっと見つめる。
「本当だって! ぶつかった後に、財布がなくなってるのに気付いたし、その直前に食べ物を買ってるから、失くしたはずない!」
怪しまれていることに感づいた彼女は、丁寧に説明をする。
アリシアが初めから否定しない様子を見るに、仲間内でかばい合っているとかそれはなさそうに二人の目には見えた。
「ならばでは、本人に話を聞こうかのう。おーい、エル! そういうことじゃから出てきてくれんか?」
「はーい。よっと!」
アリシアが囲まれた建物の上を見上げ、狐耳の少女を呼ぶ。
すると、レンガで出来た三階建てくらいの建物の窓から、シェリルとぶつかって財布を盗んだ狐耳の少女が飛び降りてきた。
この少女が、エルと言うのだろう。
見た目はシェリルと同じくらいで大体、十代後半と思われる。
アリシアほどではないが流麗なショートヘアより長めの金髪と黒い瞳。
綺麗と言うよりは可愛らしい相貌だ。
身長が割とあり、180センチメートルはある夕登よりは小さいが、アリシアよりは頭二つ、シェリルより一つ分大きい。
それに、胸には立派な双丘がででん! と主張していた。
「エル、そこにおる旅人の財布を盗んだというのは本当か?」
「本当だよ! ほら、これでしょ? 旅人さん?」
エルはアリシアの問いに動揺する素振りもなく、正直に答える。それどころか、紺色の巾着財布を取り出して、シェリルに見せた。
「そ、それだよ! それそれ! 何、悪びれることなくみせつけてるの⁉」
エルの行動に仰天した彼女は怒るのも忘れている。
開幕一番、怒ってやろうかと思っていたシェリルは呆気にとられた。
「確かに、エルが盗んだようじゃの。旅人よ、すまない。じゃが、財布は返してやれんがのぅ」
「え、なんで? ここは、あなたがその子に怒って私に返させるところだよね⁉ もう訳が分からない! ねぇ、もう君が対応してよぉ」
困惑した様子のシェリルは展開に疲れ気味だ。
思わず項垂れて数秒、地面を見つめたあと、彼女はくるりと首を回して顔だけ夕登に向ける。
「仕方ない。変わってやる。なぁ、アリシアさん、なんで返してくれないんだ? どう考えても俺達、いやシェリルは悪くないだろ? 返答によっては実力行使も否めないわけだが?」
シェリルからバトンを受けた夕登は真っ向から、ぶつかっていく。
実力行使と言うワードを持ち出してまでだ。
その言葉を放った瞬間、騎士や獣人達が一斉に一歩踏み出して、鋭い剣をいつでも攻撃に転じれるよう構え直す。
「それはね。貴方たちが悪い人だからかなぁ? ねぇ、シェリル・フェンシェンハートさん? それとも、クロス・インペリアルの新しい魔王と言った方が良いかな?」
アリシアの代わりに応えたエルはニヤリと笑い、シェリルの正体を口にする。
その刹那、シェリルと夕登には衝撃が走り、シェリルは一気に魔力を解放した。
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