魔王、スリに遭う。そして、追跡。
夕登はシェリルが財布を盗まれたことに気付いているものだと思っていた。
なにせ、一般人である自分ですら気付いたことなのだ。
超格上である魔王が気付かないはずがないと勝手に思い込んでいたが、全くそうではなかった。
「で、どうするんだ?」
「追いかける! それで絶対取り返す!」
「わかった。なら早い方が良いだろう。アイツが走って行った方角はあっちだ」
「了解! さぁ行こう!」
「ちょっ! おい!」
シェリルは夕登の手を握り、そのまま全速力で走りだす。
勿論、夕登が知っている人のスピードではない。
これが異世界の住人の力であり、魔王の本気なのだ。
当然、夕登は地に足が浮き、体を地面と平行にしながらシェリルに連れて行かれた。
「な、なんて速さだ! 少し、落ち着いてくれ! 気持ち悪くて吐きそうだ」
「もう少し我慢して。あの獣人はこの辺にいるから」
「分かるのか?」
「うん。短時間であれば接触した人の魔力を探知できるから」
「魔王ってすごいな」
「そりゃあ、一応、国のトップですから。おっと見つけた!」
「ほぶぅっ!」
路地の一角に差しかかったところで、急に立ち止まったシェリルの背中へ夕登はぶつかった。
彼は魔法も特殊能力も使えない人間だ。慣性の法則には従わざるを得ない。
「見てよ、あそこ。なんか誰かと話してる」
「そうみたいだな」
シェリルの指さす方向には確かに、さっき彼女にぶつかってきた狐耳の少女が居た。
何やら、鎧を着た騎士みたいな男と談笑している。
「私から盗んだお金で男と逢引きっていい度胸ね! ぶっ殺したくなってきたよ」
「と、とりあえず落ち着け。いま、路地の奥に入って行くぞ」
「追いかけよう。正体を隠す魔法を今かけるから」
シェリルは夕登に向けて両手を向け、『シルエット・ハイド』と小さく呟く。
すると、魔法陣が浮かび上がり夕登の体に張り付き、消え、それをシェリルは自身にも行う。
「よくは分からんが、今はどういう状態なんだ?」
「私達はお互いに視認出来るようにしてあるけど、他人からは全く気付かれないようになっているんだよ。だから、もし、人とすれ違ったら向こうは気付いてないから気を付けてね。ぶつかるから」
「なるほど、理解した」
「じゃあ、あのアバズレ女をシバきに行こう!」
「ア、アバズレって……」
ポキポキと指を鳴らすシェリル。
その殺気は半端のないものだ。
果たして、それを正体を隠匿する魔法でも隠せるのか、夕登は心配になる。
しかし、彼女が路地のさらに奥へと進んでいくので、置いて行かれないように付いていくことにした。
「多分、こっちの方かな」
「全くどこまで行くんだ」
「どうせ誰もいない場所でキャンキャン喘いで、盛るために遠くまで行くつもりだね。きっと」
「それなら、理解できるが。ここもすでに人なんかこなさそうだが?」
「多分、お気に入りのパコパコスポットがあるんだよ」
(なんだよ、パコパコスポットって! いや、意味は分かるけどさ)
「なんだか俺は、気付かれて巻かれているような気がするんだけどな」
「そんなはずはないよ。それに、探知した魔力の源が動きを止めたし」
「そうなのか?」
「うん。それに、なんとなくだけど、この辺りの建物の構造を考えると、この先は開けた場所になると思うから。きっと、そこにいる」
そう言ってシェリルはどんどん歩いていく。
相手の居場所を特定した彼女は、やっと財布を取り返すことが出来ると歩く速さがほんのり上がっていた。
そして、彼女の言う通り、二人はひらけた場所に到着した。
そこには、逢瀬の時を過ごす狐耳の少女と鎧を着た騎士風の男が、シェリルの言ったように案の定、乱れていた————————わけではなく。
屈強そうな騎士が三人とこちらもかなり強そうな犬耳の獣人の男が五人いて計八人。
そして、他にも何人か獣人の少女がおり、戦闘態勢だった。
「「え?」」
それが視界に飛び込んできた夕登とシェリル。
情けなく、あっけにとられた顔を晒しながら、同じような挙動をした。
「貴様ら! ここへ何の用だっ!」
「後を付けていたようだが、とっくに気付いているぞ!」
一番、前にいた二人の騎士が夕登らに向かって、剣の切っ先を向けて威嚇する。
「だ、だから俺は言っただろ? バレてるかもしれないって!」
「お、おかしいよ。こんなの! まぁ、忠告を聞かなかった私が悪かった。でも、明らかにあのアバズレと騎士の男は私よりもレベルが引くいし、ここにいるのもみんな格下。普通は私の魔法に気付けるはずがない。多分どこかに、親玉がいるよ」
突然の事態に困惑しつつも、シェリルは取り乱すことなく冷静に分析をして見せる。
「親玉がいるのか。なら姿を現してほしいものだ」
「そうだね。出てきてもらおう。おーい! 隠れてるひとぉー。居るんだよね? 早く出てきて! でないと、ここにいるやつら、みんな殺しちゃうから」
怒鳴り声ではないものの、シェリルは大きな声で物騒な単語を連ねて、姿をくらましている人物へ向けて、勧告をした。
すると、
「うるさいのぉう。分かったから。大声を出すでない。昨日まで飲んでいたこの体に響くのじゃ!」
そんな呑気な声と共に騎士達の後ろでスッと急に金髪の少女が現れた。
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