祈れば異世界に転生できるんだ!
賑やかな正月の神社。笑い声や楽しそうな会話が絶えぬ境内は、参拝客で身動きが取れないくらいに混雑していた。
気温、マイナス2度の曇り日。太陽の恩恵に与れないそんな日でも正月、三が日はこの場所ならば人が集まる。
ようやくの思いで、朝霧夕登は賽銭箱の前までたどり着くことが出来た。
彼はジーパンにダウンジャケットを着ており、表情に覇気がなく痩せこけていた。
なぜなら、夕登はリストラに遭い、一年近く職を見つけることが出来ておらず、極貧生活を送っていたからだ。
夕登は随分と薄い折り畳み財布からなけなしの五円玉を取り出す。
それを放り投げ、鈴をガランガランと鳴らし、作法に従って二拝二拍手一拝。
願ったことは、
「異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。」
「………………」
彼は神様に「仕事を下さい」ではなく、異世界に転生を願った。
夕登の神頼みは今日が初めてではないが、異世界への転生を願うのは初めてである。
それは半年前から何度も仕事をくれと願ったが効果は一切ないからだった。
毎日通うものだから神社の神主とは知り合いになったくらいだ。
そして、大晦日の昨日に神主と話して分かったことだが、この神社は商業の神を祀っておらず、祀っているのは縁結びの神らしい。
今まで夕登は意味のないことをしていたらしく、もういっそのこと新しい世界にでも連れて行ってくれないだろうかと思って切なる思いで願いを唱えていた。
と言っても、そんなバカみたいな願いを通す神などいる訳もないので、神頼みも今日で終いの予定だ。
今後もうここに来る予定はないのでおみくじを買ってみようかと思ったが、人が多すぎて買う気にもなれない。
夕登は境内を出て神社を後にすると、神社へ向かう人の波と帰路に就く人の波に流されながら十五分かけて人気のないところにやっと出ることが出来た。
家までは歩いて二十分。
夕登は人ごみに酔ったのかなんだか気分が悪く、五分も歩いたが本格的に頭がクラクラしていた。
眩暈もするし、全身の力も入らない。
体はふらつき、やがて膝を地面にぶつけるように倒れこみ、意識が薄れていく。
(駄目だ、救急車を呼ばないと)
緊急だと思って彼はスマホを探すが、見つからない。
そういえば、金が無いので最近スマホを解約していたんだ、と夕登は思い出す。
人気のないところに来たのが裏目に出た。
せめておみくじを買いに並んでいたら、倒れても誰かがすぐに救急車を呼んでくれただろう。
(ああ、意識が消えていく。神様、大変充実した人生でした。貴方から頂いたこの命をお返しします。もし、最後に願いが叶うなら、どうか異世界に転生させてください)
『異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させて下さい。異世界に転生させてくd……………………。』
目が覚めると四方八方、果てが見えない真っ暗な空間だった。
どうやら死んだらしい。そうだと確定できる情報はないがなんとなく夕登は死んだと分かった。
それにしても、驚いたことに人は死ぬと意識があるらしい。
この情報を現世の人間に伝えてみたいが、それは出来ない。なんともいえないもどかしさだ。
(しかし、死んだなら転生できるのだろうか?)
仏教によれば人は死ぬとまた生まれ変わるという、輪廻転生の中にいる。
ならばと思い、
「異世界に転生させて下さい! 神様!」
「だぁーーーうるさいッ! 静かにして! あなたはそればっかりね! 昨日まで仕事をくれとか言ってたくせに、元日の今日は何度も異世界に転生って! どんだけ転生したいのよ」
「か、神様?」
この暗闇にいるのは夕登だけ。見渡しても、見下げても、見上げても何も見当たらない。
どこからか声が聞こえてくるだけである。
「そうよ。私は神様。縁結びの神よ。だから仕事をくれと願っても叶えてやれることはないの。でも、いくら意味がないからって、異世界転生を願うのは筋が違うでしょ。それも何度も何度も。うるさいったらありゃしない。それになんだ。何が大変充実した人生だ。若くして死んでこんなことになって。なに? 私に対する皮肉?」
神様の姿は見えないが言葉に怒りが滲んでいるのが手に取るように理解できる。
なんだか喋り方もあまり仰々しくないので、夕登は人間味を感じた。
「そういうつもりではないんですが。とにかく異世界に転生させて下さい」
「分かった分かった。なら、望み通り異世界に行かせてあげるわ」
「ほ、本当ですか!」
「ええ、本当よ」
「やった!」
まさか願って叶うとは。
神など今まで信じたことはなかったが、これを機に夕登も立派な信者になりそうだ。
「じゃ、転移について説明するわね」
「転移ですか?」
「そうよ。本来、意図的に転生するには相当の人生を生きていないといけないの。私たち神はあなたたち人間の人生を死んだ時に取り込んで存在しているのよ」
「意味が分からないです」
「そりゃそうでしょ。ま、言い方を変えれば、人間の生きた人生を取り込むことはあなたたちで言う食事と同じなの」
「なるほど」
「それ相応の人生の時間を貰わないと力を使うメリットがないわ。詳しい説明はしても分からないだろうから、省略するけど」
「俺の思ってた神様と違いますね。もっとこうなんか、人の信仰心が神様を形作るもんだと思ってました」
「それもあるけどね。ま、とりあえず説明を続けるわ。あなたはたった二四年しか生きてないから転生するには全然足りないの。だから、赤ちゃんには戻れず少しだけ若返るだけ」
「とすると、どうなるんですか?」
「つまり転移することになるわ。一応厳密にいえば転生にはなるんだけどね。なにせ今からあなたが転移する世界の人間はあなたのいた世界の人間と違うの。あなたにはその人間になってもらうから、あなた自身の肉体は生まれ変わる。だから転生とも言えるの。バグが発生するとでも思っておいて」
一体、転生か転移かどっちなんだとツッコミを入れたくなった夕登だが、どうせ意味の分からない説明をされるだけだろうから黙っておいた。
「なるほど。分かるような分からないような」
「別に全部を理解しなくていいわ。肉体が新しくなるということだけの事だから」
「肉体が新しくなって変わることはあるんですか?」
「いい質問ね。大きく違うことがいくつかあるわ。まず一つ目は、寿命があなたの世界の人間より格段に伸びるわ。向こうの人間はあなたたちより五倍は長生きするの。簡単に言えば五年で一つ年を取るわ」
「なるほど。他にはありますか?」
「他には魔法というものが使えるの。それに関してはあちらに行ってから勉強して頂戴。後は性格が少し変わったりすることもあるわ。転生の副作用みたいなものよ。変わったことと言えば、大体はそれくらいね」
「俺たちの世界の人間よりスペックが高いんですね」
「その代わり、あなたたちの世界は技術の発展がものすごく早いの。だから向こうをあなたたちの歴史に照らし合わせるのなら、大体中世くらいの文明レベルね。もちろん、差異はあるけど」
どこかで帳尻が合わさるということだ。
実にうまくできている。
「良く分かりました」
「うん、じゃ、そろそろ時間ね。またどこかで会いましょう。バイバイ!」
「さようなら」
神が別れの言葉を口にすると、夕登の体がうっすらと輝き出して光の粒が辺りに舞い始める。何とも神秘的で、本当に転生するという実感が湧いてきた。
「あ、言い忘れてた。私からプレゼントなんだけど、いくつかのアイテムをあげるわ。ちゃんとした転生じゃないから、チートなスキルとか武器とかは付与できないの。だから役に立つものくらいはね。すぐに死んで戻ってこられても困るし。とにかく、中身は向こうでのお楽しみよ。それと、たまにそっちの世界にも遊びに行ってるから、どこかで会うかもね。それじゃあ、今度こそバイバイ!」
「はい、では。お世話になりました」
そうして、体は徐々に消え初め、やがて完璧に消失した。
「今度は栄養失調なんかで死なないで、ちゃんと生きてね」
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