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コネクト ~ド底辺からの成り上がり~  作者: 灯月公夜
第二章 レグルス公爵家の双子
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08.美しい彼女

「少し街を案内して頂けませんか?」


 サラ様は笑顔で告げる。


「エスコートをお願いいたします、ケイト様」

「……はい」




 というわけで、僕らは街を歩いている。腕は組んでないし手も繋いでないよ。

『顔を見せても大丈夫なんですか?』という僕の疑問は、サラ様の『七年も寝たきりだった長女の顔なんて、誰も知りませんよ』という一言で終わってしまっていた。


「わあ、ケイトくん、とても綺麗ですよ」


 あなたの方が綺麗ですよ、とは流石に言えない。

 サラ様は、露店で見かけた首飾りをキラキラした目で見ている。


「すみません、その首飾りはおいくらですか?」


 サラ様に見惚れている露天商のおっちゃんに僕は代金を尋ねる。

 現実に戻ったおっちゃんは、僕に代金を告げる。さっとそれを払うと、僕はサラ様に手渡した。


「どうぞ」

「いいんですか?」

「はい、先ほどのお礼です。ささやかですけどね」


 僕からの贈り物を受け取ってくださったサラ様は、ふわりと笑みを浮かべた。

 高貴な身分の彼女にとっては、こんなもの、ささやかすぎるものだろう。けれど、街娘の彼女にとってはそれなりの贈り物になるはずだ。忌子の僕にとっては、そこそこいい値段の贈り物だしね。

 サラ様はそれを早速首から下げると、鼻歌交じりにまた街を歩き始めた。


「そんなに楽しいですか?」

「楽しいですよ。何せ七年ぶりの外出ですからね」


 にこりと笑みを浮かべた。妖精の笑みだ。


「どれもこれも新鮮でわくわくします」

「それは……良かったです」


 僕は色々な意味を込めて、その言葉を告げる。

 僕の力が、彼女の力になれた。前世の自分では絶対にできなかった事だ。僕の行いの結果が、こうして笑顔でいてくれているのは、本当に嬉しい。


「それにしても、なんで帰るだなんて嘘ついたんですか?」

「びっくりさせようかと思いまして」


 ぺろりと舌を出す。


「びっくりしました?」

「そりゃあ、まあ……」


 帰ったと思った高貴な人が自分の寝床に現れれば、そりゃあねえ?


「それよりもケイトさん」


 サラ様が僕の顔を覗き込むように見上げてくる。

 その上目遣いにドキリとする。


「ちゃんとエスコートしてください。淑女をエスコートし、いざという時に護るのは紳士の務めですよ?」

「……がんばります」


 僕は眩しい彼女から視線を外す。




 頑張って街を案内して、噴水の近くのベンチで僕らは休憩をする。

 僕の隣で、クレープみたいなお菓子を食べながらサラ様が「美味しいですね」と笑顔を弾けさせていた。


「それはそうとララさん。今まで忘れてましたが、お兄さんはどうしたのですか?」


 色々衝撃的過ぎて、かの若獅子のことを忘れていた。けど、昨日の今日で出会った男に、それも忌子に妹が接している状況に、若獅子が黙認しているのが分からない。

 僕の問いに、サラ様は「あぁ」と合槌を打つ。


「兄様なら、おそらく冒険者ギルドですよ。あの人は冒険とか大好きですからね」

「なるほど、確かにそんな感じでしたね」

「私たちは<英雄の一族>ですから。血が騒ぐんでしょう」


 淑やかにサラ様は笑う。

 <英雄の一族>。それは<獅子のレグルス公爵家>の別名だ。

『戦い』において部類の強さを誇るレグルス公爵家。何度も外国からの侵略戦争を押し返し、幾つもの武功を立ててきた。何人もの英雄が生まれた家だからこそ、かの家は<英雄の一族>と言われている。

 だから『血が騒ぐ』という言葉に、妙に納得してしまった。


「ララさんは血が騒がないのですか?」

「んー、私は<英雄の一族>ですけど、どちらかというと母の血の方が濃いようなので」

「お母様の、ですか?」

「ええ、<薔薇>の血です」


 <薔薇の血>、ということは、<薔薇のロサ公爵家>のことを言っているのだろうか。

 彼女に<薔薇の血>が流れていると聞くと頷いてしまう。何故ならロサ公爵家は、美男美女の一族として有名だからだ。

 中でも、一族の女性は特別だ。


『ロサ公爵家の娘が嫁いだ家は繁栄する』


 よく聞く話で、事実ほぼすべての家が栄華を誇っているという話だ。神が信じられているこの世界において、決して無視が出来ないジンクスである。

 しかも、何故かあまり<薔薇の一族>に女児は生まれないとなればなおさらである。

 だからこそ、かの家の紋章エンブレムは『薔薇とかんざし』なのだ。

 その血がとなりのサラ様に流れているというのは、なるほど、大いに納得してしまう。


「ララさんはお綺麗ですからね」

「ふふ、ありがとうございます」


 気負うことなく、サラ様は笑みを浮かべた。その笑みも可憐だった。

 しかし、ここまで住む世界が違う人だと、逆に気負わないものだ。僕程度でもするりと言葉が出てしまう。


「それより、ここまでのお金を全部出して頂いているのですが、本当によろしかったのですか?」


 サラ様が少し申し訳なさそうな顔で尋ねてくる。

 そんな様子のサラ様に、僕は笑い飛ばす。


「淑女にお金を出させるのは、紳士としてはずかしいので」


 無論、前世の聞きかじりの知識である。


「ですが……」

「まあ、甲斐性なしの見栄なんで、勘弁してください」


 恥ずかしいけど、本当だしね。そもそもこのお金はサラ様たちから頂いたもので。

 こういう使い方が、たぶん一番いいのだろう。


「そうですか」


 僕の苦しい言い訳に、彼女は今日一番の笑みを見せてくれた。

 その笑顔にやられた僕は、誤魔化すようにそっぽを向く。


「それに、先ほどの礼の意味もあります」

「先ほどの礼、ですか?」


 こてんとサラ様は首を傾げる。


「ほら、先ほどの。僕の二日酔いを取ってくださったじゃないですか」

「ああ、あれですか」


 とサラ様は納得が言ったように頷く。


「あれはわたしの魔力を、ケイトさんの身体に流し込んで循環させたんです。体調を整え、気を正常にさせる効力があります。わたしは魔術を使えませんが、魔力の制御とか循環とかは自信があるんです」


 そう言って、にこりと笑う。陰のない笑みの裏に、僕はサラ様の陰を見た気がした。

 魔術が使えないけど、魔力の制御・循環が得意。しかも、他人の身体に魔力を通すほど高次のレベルで。

 きっとこれは彼女の寝たきりの半生によって培われた、悲しくも気高い力なのだろう。


 生きることをを諦めない、という意志の表れだ。


 僕には彼女が眩しい。前世の僕は、最期の最期で生きることを諦めた。死に逃避した。

 けれど彼女は、意志じゃどうにもならないところまで抗った。

 七年だ。諦めるには当然の長さと言える。

 逆に言えば、彼女は七年も絶望的な難病に抗ったのだ。この七年だって、彼女が抗ったからこその長さだということを僕は知っている。

 昨日、シスターに怒られたあと僕はサラ様が患っていた難病をシスターに尋ねた。

 その結果、その難病の患者は早くて一年、持って三年だということを知った。

 常に四十度近い高熱にうなされ、だるさから自ら起き上がることもできず、脱水症状と下痢に悩まされ続ける。頭は朦朧として、思考すらままならなくなるそうだ。

 そんな状態に抗うために、抗いながら、彼女は魔力の制御と循環を体得したのだ。

 僕にはサラ様が眩しい。

 この可憐で儚げな少女は、きっと誰よりも強く気高い。


「ララさんは、すごいですね」

「ふふふ、ありがとうございます」


 この人が、今僕の横にいる。

 街中をスキップしながら歩き回り、ちょっとした露店の首飾りに喜び、クレープを頬張って笑顔を浮かべている。

 隣にこの人がいる現実に、その手伝いが出来た事実に、僕は天に感謝した。

 そして思う。

 彼女もまた、<英雄の一族>なのだと。


 僕とは違う人間なのだと。




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