06.騒がしい歓迎
夕暮れ時。僕は買い物を終えて教会へ帰っていた。
買ったのは主に肉類だ。せっかく金貨を十枚ももらったのだからと結構奮発してしまった。
これで日頃のシスターへの感謝を込めた焼肉パーティだ。他の教会の他のチビ達も喜ぶだろう。
今日は気分が良い。素晴らしい出会いもあったし、久々に肉をたらふく食べられそうだし。
鼻歌交じりに教会へと足を進めていく。
「おい、そこの忌子」
ふと野太い声と共に四人の男が僕の前に立ちはだかった。
見るからに無法者という体で、腰には剣を下げていたり手に槍や杖を持っている。
見たことのない顔だ。格好からして、おそらく冒険者だろう。僕へ友好的な視線どころか、明らかに下に見ている瞳は、それだけで彼らが余所の街から最近この街に来た冒険者だと分かる。
僕は静かにため息を吐く。いいことがあれば悪いこともあるとは言うけど、流石に早くないですか? 神様。
「てめえ、忌子のくせしてなんで貴族なんかと一緒にいたんだ?」
「忌子のくせにこんなに肉を買えるなんて、どれだけ貴族様に『施し』を受けたんだよ」
「おかしいよなぁ。まっとうに仕事してる俺らが、死にもの狂いで金を稼いでるのに、忌子ってだけで『憐れまれる』なんてさ」
男たちはニタニタと笑いながら口々に言う。
言わんとしていることは明白だ。
簡単に言うと、「忌子のくせに生意気だ」ってこと。そして「俺らに金を寄越せ」だ。
参ったなぁ。まさかこんな連中に、レグルス公爵家に呼ばれているところを知られていたなんて。いや、シスターがあれだけ慌ててたし、あの豪華な馬車にレグルス公爵家のエンブレムである『獅子と剣』が掲げられていたし、当然か。そこに乗り込んだことをこいつらに知られてしまったようだ。
たぶん、誰かがその事を言って、噂話として広まってしまったのだろう。前にも言ったけど、この世界、情報統制なんて言葉はない。言葉というか、概念そのものがない。だから誰もかれもがすぐに情報を誰かに伝えてしまうのだ。
「はあ……」
「おい、てめえなんだその態度は!」
思わずため息を吐くと、目ざとく見つけた男が怒鳴る。
良くも悪くも、前世の分を合わせてこういう手合いには慣れてしまった。
こうなった時、僕の取る手段はひとつしかない。
「ちょ、待てやゴラァ」
即ち、逃走。全速力で回れ右して走る。
その過程で買い物袋は捨ててしまった。ああ、勿体ない。
後ろから四人分の怒声が聞こえてくる。前世とは違い、今生はそうやすやすと追いつかれたりはしない。逃げ足だけは自信があるんだよ、色々あったせいで。
僕は走る。後ろから怒声と四人分の足音。僕は追いつかれないように左右に曲がりながら駆ける抜ける。
しょうがない。こうなってしまっては、僕が頼れるのはあそこしかない。
僕は目的地に向かって、全力で走った。
角を曲がると、看板が見えた。
『山羊と酒の柊亭』
まあ、ざっくり言うと酒屋だ。
僕は扉を乱暴に開けて中に転がり込む。
「よう、どうした血相変えて」
息を整えていると、大柄の男が酒を飲みながら僕の方を見た。
「こ、こんばんは、モルスさん」
「なんだなんだ。ケイト。またか?」
「ええ、まあ……」
「ガハハ、お前も大変だな」
モルスさんは再びお酒を飲み、大声で笑った。
良かった。捨てる神あれば拾う神あり。モルスさんがいて助かった。
「待てって言ってんだろう、クソガキが!」
酒屋のドアが再び乱暴に開かれ、先ほどの四人組がやってきた。
「手間かけさせやがって、大人しくしろや!」
顔を真っ赤にさせながら、男たちが僕の襟首に手を伸ばす。
「おっと、そいつは頂けねえなぁ」
しかし、その手をモルスさんが掴んで抑えてくれる。
「ああん、てめえ何しやがる!」
掴まれた男がモルスさんの腕を振りほどき、怒鳴る。他の三人が一斉にモルスさんを囲む。しかし、モルスさんは平気な顔して笑っていた。
「俺らに喧嘩売ってんのか」
「やっぱりお前ら余所もんか」
「だったらなんだって言うんだ、ええ? この街にはこの街の流儀があるってか? 上等じゃねえか」
男がモルスさんの胸ぐらを掴んで凄む。しかし、モルスさんは涼しい顔で続ける。
「流儀って言うか、義理っていうか……。お前さんたち、そこのケイトを追いかけてたみたいだな」
「それがどうした!?」
男が僕を顎でしゃくる。
「こいつは『忌子』だろう。人間以下のゴミをどうしようが俺らの勝手だろうが」
「世間さまの『忌子』に対する価値観は嫌ってほど知ってるけどよ。ケイトがこの街でなんて呼ばれているのか、流石に知らねえことはないだろ?」
「『幸運を運ぶ忌子』ってか?」
僕の通称を言うと、四人は下卑た笑みを浮かべた。
「バカじゃねえのか。お前、まさかそんな『迷信』を本気で信じているじゃねえだろうな? こいつは『魔力』なんて欠片も持ってねえ、人間以下の虫けらを助けるだなんて、人が良いんだなぁおい」
四人が笑う。
そしてモルスさんは――にやりと笑った。
あ、ヤバい。
僕は本能的な恐怖を、四方から感じる。
「懐かしいなぁ。おれも昔はお前らみたいなクズだったよ」
「ああ?」
いきなり罵倒されて、男たちが一斉にモルスさんに対して凄む。
「良いことを教えてやる、後輩」
笑っていたモルスさんが、胸ぐらを掴まれている腕を掴む。
「ぎゃあ!」
男がその握力から逃れるように腕を振るも、モルスさんの手は離れない。
「忌子とかどうとかで、俺らの恩人に牙を剥くなら容赦しねえぞ」
モルスさんのドスの効いた声と共に、酒屋で飲んでいた客たちが立ち上がった。
僕を襲おうとした四人が突然のことで狼狽える。
そりゃそうだよね。何せ店中の他の冒険者全員が示し合せたように立ち上がったんだもの。そりゃあ異様な光景だよね。
「今回は見逃してやる。けどよ、次またケイトにちょっかいかける気なら、俺たちはお前らを決して容赦はしない」
男たちは脱兎のごとく逃げ出した。
僕はほっと息を吐く。
「ガハハ、災難だったな、ケイト」
するとモルスさんが僕の肩に手を回し、朗らかに笑ってきた。
「助かりましたよ、モルスさん」
それから店内を見渡して、こっちに笑顔で手を振る冒険者のみんなを見る。
「みなさんも、本当にありがとうございます」
礼を述べると、冒険者のみんなは口々に「イイってことよ!」「いつでも来い!」と言ってくれた。
温かい空間。受け入れられている実感。それは本当に感謝しなくちゃいけない。
「みなさん、お礼と言ってはなんですが」
僕は財布の中から、レグルス公爵家からもらった金貨を取り出す。
「今日の酒代は奢りますよ!」
歓声が上がった。
その晩、僕もモルスさんたちにしこたま飲まされてしまい、シスターに叱られてしまうのだった。