03.貴族様の依頼
「私の知り合いにある難病を患った男がいる。そいつには何の借りもないのだが、そいつの兄には借りがあってな。だが、難病を癒すための薬がなかなか手に入らない材料から作られているらしく、市場にもあまり出回らない。お前にはこの『材料』を見つけてもらいたい」
貴族様は静かに『困ったこと』を僕に伝えた。
この感じ、本当に懐かしい。疑惑八十パーセントの試し十パーセント、そして残り十パーセントの『縋り』だ。
この貴族様の言っている事はほとんどが『嘘』だろう。でも、この中にほんのわずかな『真実』が隠れている。
前世の僕も良く使っていたけれど、全部を嘘で塗り固めてしまうと嘘だとわかってしまう。その中にほんの少しの『真実』を混ぜることにより、話し手の言葉にも実感が生まれてくる。だから相手も嘘だと分かりづらい。
僕が前世で変な時期に転校した時にもよくこの手を使ったっけ。だからそういう意味でも懐かしい。
まあ、貴族様がそういうように誘導したのは僕だけどね。
「わかりました。ちょっとお待ちください」
頷いて、僕は目を閉じている。
僕のスキル『コネクト』は意識しないと使えない類のスキルじゃなくて、常時発動型――パッシブスキルだ。
だから貴族様がどれだけ真実を言ってくれたのか、また僕の知り合いにその問題を解決してくれる人がいるのかどうか、それによってどうなるのかは決まる。
ふと、知り合いの狩人の顔が浮かんだ。
「……どうだ?」
貴族様が平素と変わらない声を出す。
僕は目を開け、にこりと笑う。
「僕の知り合いをご紹介します」
◇
「こんにちは、ダンさん」
「おう、ケイトか。なんのよう……だぁっ!」
今から狩りに行こうとしていた狩人のダンさんは、僕の背後の貴族様を見て驚愕の声を出す。
まあ、無理もありなん。平民からしたら貴族ってだけで『こわい』もんね。それが『恐怖』なのか『畏怖』なのかは色々あると思うけど。
四十代くらいの強面のダンさんが顔を青白くする。
「き、貴族様……。もしや、ケイトを捕えに来たんですかい?」
若干震えながらもダンさんは、僕と貴族様を見比べる。
「貴族様、あっしみたいな平民が言うのもなんだが、ケイトは良い忌子なんだよ。だから、頼むからケイトをひっ捕らえていくのは……」
「大丈夫だよ、安心して」
思わずくすりと笑ってしまう。
震えを押し殺して僕を助けようとしてくれたダンさん。本当に優しくて、勇気のある人だよ。
これでも昔は『忌子なんてさっさと街から出ていけ!』と先頭切って僕を追い出そうとしてきたんだから笑えちゃうよね。
嬉しさを噛みしめながら僕はダンさんに言う。
「今回はこの貴族様の依頼を受けてるんだ」
「貴族様が……依頼、ですかい?」
信じられないような目をしてダンさんは僕と貴族様を交互に見やる。
「そんなにおかしいか?」
「そそそそそんな、滅相もないでさ!」
そんなダンさんを見て、貴族様が威圧する。それを受けてダンさんはおかしくなるくらい汗を掻きながら首を左右に振る。
これじゃあ埒があかないね。
「ダンさん、申し訳ないんだけど、頼まれてくれない?」
「頼まれてくれない……って。ケイト、まさかあっしなのか?」
「うん」
不安そうなダンさんに、僕は力強く頷く。。
スキル『コネクト』が導き出した答え。それがこの貴族様とダンさんを会わせることだ。
「あ、あっしが、貴族様のなんの役に立つんだ……?」
ダンさんは過去に僕に依頼したことがあるからこそ、その意味を正確に理解する。
そんなダンさんの様子を見て、安心させるように僕は笑いかける。
「まあ、いつものようになんとかなるさ。とりあえず、これから狩りに行くんでしょ?」
「ああ、まあ、そうだが……」
「じゃあ僕らも連れてってよ」
「そ、それは本気なのかケイト!?」
僕の提案に素っ頓狂な声を上げるダンさん。僕はくすくすと笑いながら頷く。
「今日が前言ってた『借りを返す時』だよ」
その一言に、ダンさんは言葉を詰まらせながら、かろうじて頷いた。