02.転生した僕は『忌子』です。
「ケイトくん、お客さんがいらっしゃってますよ」
「はい、シスター。今から向かいます」
僕はシスターの呼びかけに応じ、冬に備えて薪を準備していた手を止める。
僕は今年で、数え年で十五になる。
あの橋から飛び降りて、僕は気づけば赤ん坊になっていた。初めはまったく意味が解らなかったけど、だんだん理解してきた。
僕は赤ん坊になった。つまり、今の僕はあの時願った来世にいる。僕は転生して、新たな生を受けたのだ。
そう理解した時は泣くほど嬉しかった。おぎゃあおぎゃあと泣いた。
僕は今生こそ、しっかりと人との関係を作って生きようと決意したのだ。
それから十五年。親に棄てられたり、世間から差別されたりしながら、それでも僕は僕の手の届く範囲の人たちとの関係を大事にして今日まで生きていた。
おかげで今は、教会である仕事をさせてもらっている。僕は幸せだった。
「ケイトくん、ちょっと」
僕がお客さんの前に行こうとした時、シスターに呼び止められる。僕を拾って育ててくれた、七十過ぎの優しい笑みが特徴的なシスターが真剣な顔をしていた。
「今日いらしたのは貴族様なんですけど、何か心当たりはありますか?」
「…………いえ、ないです」
平民の、それも教会に身を寄せる孤児に貴族が尋ねてくるなんてただ事じゃない。それはシスターが一番わかっているのか、深刻な表情を浮かべていた。
「気を付けてね」
「はい」
心配そうなシスターが、それが演技ではなく本当に僕のことを心配してくれる。それが分かるからこそ、僕は勇んで頷く。
そして、貴族様が待つ部屋へ入っていく。
貴族様は高級な服を纏った、まだ二十代中盤の若い男性だった。
「ふん、貴様が『幸運を運ぶ忌子』か」
「はい」
貴族様は僕のことを、街の人がつけた通称で呼ぶ。
「街の噂は私の耳にも入っている。なんでも、困っている時に『まるで魔法のように』それを解決してくれる人間を連れて来てくれるとな」
貴族様は『まるで魔法のように』の部分を強調して言う。
その探るような目を受け、それでも僕は言葉を返す。
「僕に魔法は使えませんよ。それどころか魔術すら使えません」
前の世界と大きく違う点。
この世界には魔力があるのだ。
人は魔力と呼ばれる力を持ち、それを術式として駆使することによって魔術を行使する。
七つを過ぎたら自然と顕現する魔力。
しかし。
「だって、僕には魔力がないですから」
僕には魔力の一切が存在しない。
忌子。
神の恩恵である魔力を授けられなかった、神に見放された忌まわしき子供。
それが僕。だから僕は両親に棄てられ、シスターに育ててもらったのだ。
けれど、僕には特別な力がある。前世の最期に強く願った僕だからこそ顕現した、力とも言えない力が。
「それでも、お力になれることがあればお力になります」
僕は貴族様の前をしっかりと見据えて言う。
僕に顕現した力。
スキル名『コネクト』。
これが僕の唯一の力だ。スキルというのは、前世のゲームのようなもので、ある種の特殊技能のことを言う。
これは生まれながらそのスキルを宿している場合もあれば、修練の結果開花する場合もある。
スキルの内容は千差万別だ。剣技だけでなく、歌唱や簿記に渡るまで、実に様々なスキルがある。『鑑定』なんかも有名な奴だ。
そのスキルが一般的に知られている場合はただ単純に「スキル」と呼称され、他に類を見ない、あるいは滅多にお目にかかれないスキルを「ユニークスキル」という。
そして僕のスキル『コネクト』はユニークスキルだ。
このスキルは、人と人とを結ぶだけ、ただそれだけの力しかない。
つまり、人と人とを繋ぐだけで、その後どうなるかまではさっぱり見当がつかないのだ。
まあ、今のところみんないい方向へ進んでいる。
ただ悲しいかな、このスキルの弱点として『僕』と『誰か』の間には成立しない。
要するに、僕は『誰か』と『誰か』を仲介する『触媒』でしかないのだ。
我ながらなんとも地味なユニークスキルだとは思うけど、でも前世があんなだったからこそ、人と人とを繋ぐこのスキルが僕は好きだった。
スキル『コネクト』を使って、ここ数年は街の人々の役に立ってきた。困っている人を、それに役立ちそうな人に繋げて、そこからお金をもらう。実績は上々で、おかげで僕は忌子でありながら『幸運を運ぶ忌子』として街に溶け込めるようになったのだ。
「はじめに尋ねておく」
貴族様はそう前置きして、僕を鋭く睨みつけた。
「貴様のそれはユニークスキルによるものか?」
「…………」
僕は沈黙を返す。
「仮にそうだとして、それを尋ねるのは貴族様であろうとマナー違反なのではないでしょうか?」
「…………そうだな。今の問いは忘れてくれ」
この世界、というか僕の今生の世界は中世ヨーロッパみたいな剣と魔法の世界であるわけなのだけど、当たり前のように情報統制なんて甘っちょろい。情報漏えいなんてざらにある。
だからこそ、本人の最大の強みであるスキル、特にユニークスキルにでもなれば親しい間にも教えることは滅多にしない。
そのスキルがあるからこそ益を得たり、逆に知られることにより大損することがあるからだ。
僕の返しに、貴族は軽くため息を吐いた。
「それで、貴族様は何に困っていらっしゃるのですか?」
そんな貴族様を視界に収めつつ、僕は話を元に戻す。
「当ててみろ」
「無理ですね」
貴族様は僕を試すようなことを言い始めたので、僕はきっぱりと言い切る。
この僕を推し量るような感じ、久しぶりだなー。忌子だから最初の頃とか、みんなの疑惑に満ちた感じを思い出す。
だって、この貴族様も同じ目をしているのだもの。
「まずは何に困っているのか教えてください」
だからこそ僕は昔と同じようにする。
「話せる範囲で構いません。疑うのは当然ですから。それに、必ず僕がその問題を解決できるとも限りません。ですが、ものは試しと言う言葉がありますし、ここはひとつ、本題とは違うことから聴かせて頂けませんか?」
そういうと、貴族様は静かに目を閉じた。
僕はそれを黙って待つ。
しばらくすると貴族様は大きく息を吐くと、目を開けておもむろに口を開いた。
「本題の前に、まずはお前を試させてもらおう」
僕は笑みを浮かべる。
「ええ、それで構いませんよ」