閑話 すべてを『知らない』少年
サラ・レグルスが再びケイトに会いに行ってから数日が経った。
その間、双子の兄であるアルト・レグルスは嬉々として冒険者として魔物の討伐に出かけ、同時にケイトに「お前は貧弱すぎる!」と剣を教えたりしている。
ケイトはそれを若干迷惑そうに、しかし楽しそうに受けていた。その剣を振り回し技術を身に付けることに高揚をしている姿を見ると、ケイトも『男の子』なんだとサラは安心していた。
そう、安心してしまったのだ。
彼もまた人間なのだと。
感情ある人なのだと。
というのも。
サラはケイトと初めて会った時から強烈な違和感を覚えていた。
存在が希薄すぎるのだ。
人というのはなんだかんだと、その人を象徴する『核』を持っている。お人よしだったり短気だったり、選民意識が高かったり博愛主義だったりとしたものだ。
核を言い換えるなら『個性』と言ってもいい。
その人となりを示す『何か』が、かの少年には欠けているように感じられてならないのだ。
さらに驚愕すべくは、ケイトがあまりに常識を知らな過ぎるということだ。
<ヴィロニキア大陸>に住まう者の常識である<五帝>、そして<七愚人>を知らないだけでない。
この国が<トリニティア王国>だということはおろか、自らが住んでいる『街』がレグルス公爵領の北に位置する<サリム>という名前であることも、サリムは国境沿いに位置する街であることも知らなかった。
それは『忌子』としての生の軌跡故か。
迫害され、差別さえ、理不尽を経験したからこその処世術なのか。
サラの目には、あらゆることを知らないことで、情を残さないようにするために映る。
――なんて寂しい人。
現在のケイトの在り方をサラは悲しく思う。
サラの目の前では、アルトとケイトが剣を交わし合っている。アルトにとっては児戯にとって久しい組み手ではあるだろうが、二人とも楽しそうである。
それを見ながらサラは静かに決意する。
レグルス公爵家の家訓。
『恩も仇も、受けた借りは倍にして返すべし』
ケイトがどう思っているかはわからない。
しかし、サラにとってケイトの存在は夢にまで見た『英雄』なのだ。
絶体絶命の瞬間を救ってくれた英雄。
外を自由に歩き回る力をくれた英雄。
本じゃない世界を教えてくれた英雄。
サラはケイトに出会うまで、その『英雄』がどんな人間かわくわくしていた。どんな素敵な人で、どんな素晴らしい人なのだろうかと思った。
けれど実際に出会った少年は、『知らない』ことで自らを護る孤独な少年だったのだ。
失望をしたとは言わない。
ただとても悲しかった。
だから、サラは静かに決意する。
彼に『世界』を教えようと。
拒絶されて居場所を見失った彼の『居場所』になろうと。
孤独な彼に生の祝福を与えようと。
『生まれてきてくれてありがとう』と伝えよう。
そしてサラは一歩踏み出す。
向かうは儚い笑みを浮かべた彼の元。
今度は私が彼を救う番だ。
しかし彼女はまだ知らない。
この決意がやがて<ヴィロニキア大陸>全土を燃え上がらせることを――。
閑話でもちらっと書きましたが、実は周りからこのような印象を持たれているが少年が本作の主人公だったり。
そろそろタグの「架空戦記」「群雄割拠」が顔を出してきますよ!
それに伴い、一人称で書くのは終了です。
敢えて一人称で書いてましたが、流石に戦記モノを一人称で書くのは無理なので…(苦笑
次話はちょっとお時間頂くかもしれませんが、そうならないようになんとか毎日更新を続けたいと思います!