09.倍返しだ!
僕らは今、冒険者ギルドへ向かっている。
それはサラ様の「そろそろ兄様が心配なので」という一言からだ。確かにちょっと話したくらいだと、アルト様は若干猪突猛進の気があるような気がしたけど。
その道すがら、僕は隣のサラ様に尋ねる。
「それで、そろそろ本当のところを教えて頂けませんか?」
「というと、どういうことでしょうか?」
横を歩きながら、街中の男の視線を一身に集めているサラ様が首を傾げる。……美少女って、大変だなぁ。
「僕のところに来た理由ですよ」
「びっくりさせたかったから、とお伝えしましたが」
「だけじゃないですよね?」
当然ながら、公爵令嬢の彼女がここにいる現状は客観的に見て異常だ。有体に言うと、おかしい。だから、ここにはなにかしらの必然――思惑が隠れているはずだ。
僕の推測なんだけど、おそらく彼女は僕のユニークスキルを探ろうとしている。それがあのレグルス公爵家当主からの命なのか、彼女の独断なのかはわからないけど。
僕の問いかけに、サラ様は淑やかに微笑んだ。
「疑り深いのですね」
「これでも『忌子』として十五年生きてますので」
その前は十八年、人を避けて生きてますので。
「僕の経験上、『忌子』と知って――『幸福を運ぶ忌子』と知って僕に近づく人間は二種類いるんですよ」
正面を向いたまま告げる。隣の彼女の顔は見れなかった。
「即ち――『好奇心』か『利用する気』か、です」
好奇心ならまだいい。適当にはぐらかしてたらいいのだから。
でも『利用する気』で来られた場合は非常に厄介だ。この十五年で五回は誘拐されそうになったのは伊達ではない。
忌子というこの世界で圧倒的なマイナスの僕に近づくということは、それを上回るプラスを見出したからに他ならないのだ。
「……その気持ちがないとは言い切りませんけどね」
隣のサラ様がおもむろに口を開いた。
「ですが」
とサラ様は三歩先に進むと、両手を後ろで組みながらくるりと僕に向き直った。
儚くも優しい笑みを浮かべている。
「そんな悲しいこと言わないでください。わたしはただ、命の恩人に礼をしたいだけなのです」
彼女は僕の目をしっかりと見つめる。
「あなたは七年も寝たきりだったわたしを救ってくれた大恩なお方なのですよ」
僕はその瞳から、目線を逸らした。
「……失礼いたしました」
言いながら、僕は自分を少し恥じた。
無言で足を止めた僕を見て、サラ様は「ふふっ」と笑う。
そしてまたくるりと僕に背を向けると、ギルドに向かって歩き始めた。
「それに、ケイトさんに関わるのは我が家の家訓のせいでもあります」
「家訓、ですか?」
僕も再び歩きはじめる。
四大公爵家の一角、<英雄の一族>レグルス公爵家の家訓って、なんだかすごそう。
「我が家の家訓は言ったってシンプルですよ。即ち、『当家の人間が外部から受けた借りは倍にして返す。恩も仇も』」
振り返って透き通るような笑みを浮かべた彼女の言葉に、僕は苦笑してしまう。
「……らしい、家訓ですね」
「わたしもそう思います」
恩も仇も倍返しとは、怖い。
あれ、ということは僕はレグルス公爵家に倍の恩返しをされるってこと? なにそれこわい。
「はてさて、ところでケイトさん」
「な、なんですか……?」
急に芝居がかった口調になったサラ様に、僕は本能的な恐怖を感じる。
「例えば、ですが。難病を抱え死の淵にいたところを、稀少な素材を提供してくださり救ってくださった方に対して、助けられた人物はどうやって受けた『借り』を倍にして返せばいいと思います?」
「……お、お金とか?」
「しかし、どうやらお金は受け取ってもらえないみたいなんですよ。いえ、命の対価に金貨百枚程度というのもおこがましいのですけどね?」
僕は思わず沈黙する。
そんな僕に構わずサラ様は徐々に身振り手振りを加え始める。
「ああ、どうしたら『救命』という『借り』を『倍返し』できるのでしょうか? 彼女は悩みに悩み、馬車に揺られながら考え続けました」
「…………」
「そして彼女は思ったのです。救ってくれたのは、同年代の男の子だという話です。彼女は閃きました! 『命を救って頂いた借りは、残りの命をかけてお返しすればいいのでは?』と! 彼女は女、相手は男、となると答えは一つしかないのでは!」
「……………………」
「ところでケイトさんは、どう思います?」
熱演を終えたサラ様が、元の調子に戻って僕を見た。
一瞬想像した未来を打ち消すために、僕は全力でサラ様から目線を逸らす。
「サラ様も御冗談とか言われるんですね」
「ふふっ、いかがでした?」
「えーと、笑えるような、まるで笑えないような?」
公爵令嬢と生涯一緒とか、世界が違いすぎて僕には重すぎるよ。というか、そもそも現実問題無理だけどね。
「ケイトさんは意外とつれないのですね」
ころころ笑うサラ様は可憐で、悪戯が成功した童女のようで、やっぱり背中から悪魔の尻尾が見えるようです。……この人、本当は悪戯娘なんじゃなかろうか。
そんなこんなで楽しい会話をしていると、冒険者ギルドについてしまう。
「着きましたよ。ひとまず中に、参りましょうか。あ、中ではわたしの事は秘密でお願いします」
「はい、わかりました」
そして僕らは二人で冒険者ギルドの扉をくぐった。