4
何かおかしい事になってる気がする
店を閉めて奥のキッチンで夕飯のシチューを煮込みながら
明日の事を考えていた
ヒューゴとは早朝に店に来ると約束し別れたが
明らかにウキウキしてるように見える
自分を心配してるのは口実で
彼はピクニック気分なのかもしれない
全く役人さんはお気楽なものだ
役人になるのは貴族の嫡男以外の男子がなるものだそうだが
大方彼もその部類だろう
金持ちの娘を捕まえなけれな貴族といえども肩身が狭いそうだが
役所のお陰で体裁は守られてるというわけだ
そんな事を考えながら簡単な一人分の夕食準備をしていると
住居用戸口の扉が叩かれた。
「何度もすまない、ヒューゴだ」
「ヒューゴさま、どうしました?」
扉を開けた先には先ほどのにこやかな顔の
青年の影もなくしかめっ面で怒っているようだった
「パット夫人から頼まれたお届け物だ」
両手には籠いっぱいの野菜と、果実酒に
焼きたてのアップルパイが入ってた
「あらやだ!お客様なのに使いっ走りさせて申し訳ないです」
パット夫人も人使いが荒いんだから
でもアップルパイ大好物なの、嬉しい」
「私が持っていくと申し出たんだ
話を聞いて驚愕したよ、この前の薬代だそうだね
君は薬代は貰ってないのか?」
「いただいてますよ、ただ村で現金収入は少ないので
そういう場合は自分の所で作ってるお野菜や
狩りの獲物のおっそ分けとか頂くんですよ
牛を飼ってるお家では
ミルクやチーズとかも頂けるんで豪華ですよ」と自慢げに言ってる
「そういう問題ではない、薬を仕入れるときは現金だろう?」
「そうですが父から教わった薬草の知識もかなりありますし
薬草園を所有してますのである程度は調合できます
ガーゼやコットン、海綿を仕入れる時は少し苦労しますが
その場合は貯金を少し切り崩してですね・・・」
「帳簿は?」
「は?」
「帳簿を見せろと言ってる」
急に強い口調になったので驚いてすぐさま帳簿をさがし
渋々と差し出したが
彼がページをめくるたび眉に眉間がどんどん寄ってきてた
メアリは小さくなって肩をすくめていた。
これではまるでできの悪い子供が父親に学校の成績表を見せるようだ
一通り目を通して彼はパタンと帳簿を閉じた
「おかしいとは思ったんだ、地方を回ってどの薬店や医療施設も
大変だとは言うものの登録料金は支払いは済ませてる
100ギルくらい何故大騒ぎするのが不思議で仕方なかったが
やっと理解できた」
「すみません」
「この土地の諸侯はウィンズロー男爵だろ
村の存亡の危機に彼らは不関与なのか?」
「男爵はカントリーハウスを他にいくつも持っていて
ここにはたまに訪れるそうで
財政的にも今は厳しいと援助を断られました
一応あのお屋敷がマナーハウスなんですけどね。」
「悪いことは言わない店を閉めろ」
「えっ・・・」
「君には店を運営できる才がないようだ」
「・・・」
「レディメアリ、聞いているのか?」
「はははは~またそうやって」
「冗談ではない、万が一百合が見つかって罰金を
帳消しにできたところで、この先店を続けるには無理だろう
潔くて店を畳んで嫁にでもいくことだ
職業婦人も王都では未だ偏見のある難しい立場だ
何も好き好んで山奥でギリギリの生活で切り盛りするより
若くて元気な君ならいい条件の相手がすぐ見つかるはずだ」
「嫌ですそんな事、好きなんです、ここが
大丈夫!そう大丈夫なはずです
もうすぐここに鉄道が通るんです!
そうすれば都の人も来てくれて現金収入も増えるはずなんです
ここは綺麗な所ですし鉄道が通ればきっと!
沢山人も来てくれて村の現金収入が増えます!」
メアリの必死な抗議にヒューゴは目を細めた
「鉄道?どういう事だ、聞いた事がないぞ」
「ウィンズロー男爵のお友達にハーティガン様という
実業家がいらして、ここにいらした際にえらく気にって頂いて
鉄道を通す約束をして下さいました
何でも鉄道会社をお持ちとか」恐々と話すメアリに
ヒューゴは益々冷たい視線を送る
「ふーん確かに綺麗な場所ではあるが
失礼だが土地柄特質するべきは
場所ではないと思う
そんなんでよくそんな計画が持ち上がったな
鉄道を通すのに大金がかかるのだよ
その鉄道オーナーがこの村を気に入っているのか?」
「いや、気に入ったのはこの土地ではなく
・・・私だそうで、恋人になる条件で契約をしたいと」
「・・・はっ?何だそれ」
「妻子ある身で結婚はできないそうですが悪いようにしないと
約束をしてくれました」
「口約束ではなく村長も男爵夫妻も知ってます。」
ヒューゴは絶句した
更に頭を抱え座り込み黙ってしまった
メアリも彼の落胆にかける言葉が見つからない
「それはまるで愛人になれと言ってるようなものだ
君はそれでいいのか?」
「良いか悪いかではなく助けて貰えるので有り難いです
私にとっては救世主、いや神様です」
「レディメアリはやはりそのハーティガンという人好きなの?」
「いえ全く、親子以上の年の方ですし
嫌いでは無いのですが、今は何とも」
「メアリ、申し訳ないけど君はレディでは無い
それじゃ売女だ、最低だ!目を覚ませ!
本当にどうかしてる」
彼の言葉に傷ついたがすぐに反論した
「そっそうでしょうか、貴族の方々も好きでも無い同士
家を守るために結婚するんですよね
私は家ではなくお店の為
村の為でもあります
大切な物の為なら愛人でも我慢できます」
強気だが声が震えた
ヒューゴはまた口を押さえて黙り込んだ
どう考えても色ボケジジイの戯言
騙されてるとしか思えない
鉄道を敷くからには王都政府の許可もいる
だがそんな計画は一度も耳にしたことが無いし
村娘の1人の為に数億単位の金が動くわけがなかろう
そんな事もわからないのかバカ女と言ってやりたかった
「ヒューゴ様?」
しばらく彼は彼女を見つめた
「メアリ、君は・・・」
「・・・」
「君は店を守りたいんだな」
「はい」
「・・・なら俺が面倒みてやる」
「えっはい?」
「面倒見てくれるなら誰でもいいんだろう
ハーティガンでは無く俺と契約しろ
鉄道を通す事はできない無いが
村を良くしてやる、嘘は言わない、絶対だ」
「いや、その・・・いきなり」
「俺は独身だし君の店は立て直してみせる
ともかくそいつは止めろ
弄ばれて捨てられるだけだ」
その後の言葉模索してる間
ヒューゴがメアリに吐息がかか程
詰め寄ると
「契約というのは、その・・・恋」
最後まで言えず唇をヒューゴの唇で塞がれていた
「んっぐっ!」
メアリには初めてキスに驚いて固まってしまった
一度離すと彼は潤んだ目でメアリを覗き込み
また角度を変えて浅いキスを何度もくり返されて
溺れるような軽い酸欠状態になり我に帰った
「はあはあはあ・・・ちょっと!ダメ!」
「何がダメ?ハーティガンとやらとは行為には及んでないのか?」
「致してません!清い関係です!!」
「けど好きでも無い相手とするならどっちもで同じだろ
愛人になるならキスよりもっと凄い事もするんだ」
「!!」
「動揺しすぎ・・・こっちまで恥ずかしくなる」
メアリの顔は耳まで真っ赤になり
ヒューゴの顔がまともに見れない
覚悟はしていたがいざ事に及ぶと頭が真っ白になる
しかも突然キスされた相手は今朝会ったばかりで
よく知らないお役人さん
見た目はかなりの美形だし、都会慣れた様子に
田舎娘をまともに相手する訳ないと思いつつ
心臓が音が聞こえるほどドキドキしている
こんなな急に彼との距離が接近してしまった事で
自分は案外尻軽女なのかもしれないと
軽く自己嫌悪になった
キスの後はまともに顔が見れない
「もっもう今日は帰ってください!明日に包帯も変えますから
では明日!さようなら!!」
ヒューゴは有無も言わさず背中を押され無理矢理戸口に出された
外ではディルタ達が待っていた
「ヒューゴ様酷いですよ!何で俺たち寒空の外で待機なんですか!」
「ディルタ、無粋な事聞くな、殿下は一目惚れのメアリちゃんにご執心」
と言いかけてヒューゴの右フックがカヴァルの左頬に入る
「とりあえず、お前らは朝一で局長に状況が変わった事を連絡
その後は例の捜索を手伝え
俺は他に少し調べたい事もできた
それと迎えを寄越せと家のものに伝えろ」
「御意」
一方メアリはヒューゴが帰った後は放心状態であった
ハーディガン様とは抱擁される事はあっても
キスはまだ許さなかった、ヒューゴには許してしまったのは
自分に隙があったのか彼ならいいと心のどこかで
思ってしまったのかしれない
ヒューゴにあんな目で見つめられたら
誰しも許してしまうのではないか!
私は悪くないのだ、・・・たぶん
見初めてくれたハーディガンに後ろめたさを感じる
そんな事を考えていたら中々寝付けなかった