地下都市 終
「ち・・ちょっと! やめて下さい!!」
知らない男の人にいきなり抱きつかれた彩奈。 その腕の中から抜けでようとするが、力が強くて一向に抜け出せない。
「よかった・・無事だったのだな。」
彩奈を抱きしめた男の人は安堵したかのように呟き、彩奈の肩に頭をのせ俯いていた。
腕の中で抜け出そうとしていた彩奈も、その身体が軽く震えているのに気づき、動きをとめるとそのままじっとしていた。
(・・・泣いている? ううん、涙は流れていないけど、でも・・・)
実際男の人が泣いているわけではなかったが、何故か彩奈にはそう感じていた。 それは悲しみではなく彩奈がそこにいて嬉しいと感じて泣いている感覚だった。
「ルドガー! 早くしないとオルテンが戻ってきてしまう!!」
彩奈を抱きしめていた男の人と一緒にその場に現れた男の人の言葉を聞いて、彩奈を抱きしめていた腕がほどかれた。
「悪い、ジーク。彩奈の記憶を頼む。」
そう言うと彩奈の両肩に手を置き、私の目をじっと見つめた。
「今の君には私達の言葉が不可解に思えるかも知れない。 だが、この世界を救えるのは君だけなんだ。 今から君の失われた記憶を取り戻す。 そしてこの地下都市から地上へと帰ろう。」
地上へ帰る。
それは今の私にとって疑問でしかない。
だけど、その言葉はすとんと私の心の中に落ちてきた。
そうだ。 私がいたのはこの地下都市じゃない。 地上なんだ。
何故か素直にそう思っていた。
「貴方達が誰なのか・・今の私にはわかりません。 だけど、知っている気がするんです。 金色の髪にその紫の瞳。 ルドガーさん? 私は貴方を懐かしく思うんです。」
私の言葉にルドガーさんは一瞬目を見開き頷くと、後ろの男の人(この人が多分ジークって人なのだろう)と入れ替わった。
「今から君の記憶を取り戻す。 力を抜いてこちらを見て欲しい。」
私の目の前に立つジークと呼ばれた人の緑色をした瞳を見つめる。
その緑色の瞳が明るく光り、だんだんと周りの輪郭がボヤけてくる。 そして緑色の光が一瞬強く光ったのを最後に私の意識が遠ざかるのを感じた。
その後の事を私は知らない。
真っ白な世界の真ん中に立っていた私は世界が巻き戻されていく感覚の中にいた。
その中では私が一番最初に降りたった場所がヴィラハルドだと言うこと。
そして、ルドガーが白虎として私の前に最初にいた事などが映像として写し出されていた。
そして、神域の中で過ごしていた事や、メイランさんと私の作った食事を食べたこと。 披露目の儀式など地下都市に来るまでの事が私の頭の中に記憶として蘇ってきた。
(地下都市が最初じゃなかったんだ。 私がこちらにきて神域へ行かなかったからこの世界では疫病でたくさんの人が亡くなっている!)
流行病の原因は神域へ彩奈が行かなかったせい。 オルテンはそれを知っていながら神域を封鎖していた。 その事に気づいた彩奈はオルテンに対して怒りが沸き起こっているのを感じた。
(私が地下都市へ攫われなかったらこの病気は無かった! こんなにたくさんの人が亡くなる事も無かった!)
自分のせいで・・
オルテンが悪いのだとしても神域へ行かなかった彩奈は自分を責めていた。
〔君のせいではないよ。 自分を責めてはダメだ。〕
真っ白な世界にポツンといた彩奈へとふいに話しかけてくる声が聞こえてきた。
「? だれ?」
辺りを見回すがこの真っ白な世界には彩奈しかいない。
〔君の目には見えなくても私はいつも君と共にあった。 神域へ来て貰えれば私の声が届いただろうに、私では君を人々の悪意から守る事ができないのだ。〕
その声は彩奈のすぐ近くから聞こえるみたいだった。 彩奈はその声を一度聞いた事があった。
「地下都市で最初に夢の中で話しかけてきたのは貴方?」
〔そう。 君の記憶が失われた時、記憶の欠片を君の中に封印した。 そうしなければ君の記憶が戻る事が無かったんだ。 君の記憶を封じたあの魔法は禁術。 使ってはいけない魔法。 私はこの世界で人々の心を弄ぶ魔法を禁じている。〕
その話し方、言葉に今彩奈に話しかけてきているのが誰か気づいた。
「貴方なのね、本来死ぬはずだった私をこの世界へ連れてきてくれたのは。」
〔私はかの世界から解き放たれた魂をこちらへと誘っただけ。 今までこちらへと来たかの世界の者は本来死ぬ運命には無かった者たち。 私はその魂を見過ごせなかった。 私の力ではこの世界の者たちを助ける事が出来ぬ。 かの世界の者たちが神域で過ごす事により、この世界に力が齎され世界が安定するのだ。 私は神ではあるが、この世界を救っているのはかの世界から来た者たちの力。 私はそれを借りて世界を安定しているだけに過ぎない。 だから、悪意ある者たちから君を守る事が出来なかったのだ。 私には何の力も無い。〕
この世界の安定は神の愛し子と呼ばれた人達の力。
神様は神様としての力を持たず、私達の力を借りて世界を安定させている。
まさかの言葉に声が出ない。
神域で過ごすのはその力を神様に与える為だった。
自分には何の力も無いと思っていた。 だけど本当は逆だったのだ。
「そうなんだ。 私にもできる事があったんだ。」
〔流行病は君から貰える力が少なくなったせいで起こった。 全ては私のせいなのだ。 私にはもはや力が無い。 君から力を貰えなければこの世界を安定させる事も出来ない。 だから君が自分を責める事は無い。 全ては私の力の無さが原因なのだから。〕
悲しそうに話すその言葉に彩奈は首を振った。
「ううん。 私だけではこの世界を救う事は出来ないもの。 これからはきちんと神域で過ごすから。 私の力を使ってこの世界を安定させてあげて。 それが出来るのは神様だけなんだから。」
〔ありがとう。〕
どのくらいの時間をここで過ごしたかわからないが、そろそろ戻らなくてはならない。
「じゃあ私、帰るね。 ヴィラハルドへ戻ったらすぐに神域へ行くから!」
〔わかった。 地下都市はそう遠くない頃に滅ぶだろう。 あの場所は悪意で満ちているゆえ清浄化しなくてはならない。 それを人々に伝えるかどうかはお主の判断に任せよう。〕
神様のその言葉を最後に眩しく光った真っ白な世界と別れた。
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ふと目を覚ますと懐かしいヴィラハルドでの自分の部屋のベッドの上だった。
あれから何があったのかはわからないが、ここにいると言うことはルドガーやジークさん、コンラッドさん達のおかげで帰ってこれたのだろう。
(やっと帰ってきたんだ。)
懐かしい部屋を見回す。
その時扉がノックされ、小さな声が聞こえてきた。
「彩奈様、起きていらっしゃいますか?」
それは寝ている彩奈を起こさないように気遣ったのかとても小さな声だった。
彩奈はその声が誰なのかに気づき、扉へ向かって声をあげる。
「メイランさん? 起きてますよ。」
彩奈の声が聞こえたのか、慌てて扉を開けて入ってくるメイランさん。
「彩奈様、私がわかりますか!!」
彩奈が起きているベッドまで急いでくると、メイランさんは期待したような目でそう聞いてきた。
「クスクス・・、わかりますよ。 メイランさんでしょ? 心配かけてごめんね。」
彩奈のその言葉にメイランさんは急いで部屋を出て行った。
そしてすぐにルドガー、ジークさん、コンラッドさんそしてドラバルトを連れて戻ってきた。
「本当か、 本当にメイランがわかるのか??」
彩奈の側まできたルドガーはそう言って彩奈へと問いかけた。
「わかります。 ルドガーに、ジークさん、コンラッドさん。 そして、大丈夫だったんだね、ドラバルト。」
彩奈のその答えに皆は安堵したかのように息をはいた。
「正直ダメかと思ったんだよね。 ドルーガの使った術は禁術。 もしかしたら記憶が戻らない可能性もあったんだ。 でも、記憶が戻ったんなら良かった。」
ジークさんの言葉に真っ白な部屋で会話したのを思い出す。
やはり、神様が欠片を封じていたおかげでこの記憶は戻ったのだ。と改めて思った。
「神様が記憶の欠片を封印してくれてたみたいです。 それが無かったらもしかしたら・・・。」
私の言葉に皆が唖然とする。
「神様?」
「すごいな神様と会ったのか?」
「やはり愛し子とは特別なのだな。」
「彩奈様すごい!」
「やはり彩奈様ですね。神様と話せるなんて!!」
ルドガー、ジークさん、コンラッドさん、ドラバルト、メイランさんの順番に驚いたように話しかけてきた。
今までの愛し子は神様と話した事は無かったそうだ。 その事を聞かされ彩奈の方が戸惑った。
(じゃあ、力の事は言わない方がいいのかな?)
稀人の力でこの世界が安定されている。
それはこの世界に生きる者にとっては驚愕の事なのかも知れない。
稀人が神域で過ごせば神が安定させてくれる、この世界ではそう伝えられているはずなのだ。
(今度話せたら聞いてみようか。)
とりあえず力の事は次に神様と話せてからにしようと決める。
「そう言えば地下都市はどうなったんですか? オルテンは? あと、あの魔法使いは?」
彩奈のその問いかけに答えたのはコンラッドだった。
「オルテンはこの世界から消えた。 魔法使いだったか? あれは禁術のせいで世界から攻撃を受け今はこの世界からいなかった事になっている。 覚えているのは我々だけであろう。」
「ドルーガはオルライドにも禁術で攻撃を仕掛けてきてね、少し被害があった。 どうやらオルライドに復讐していたようだ。 自分の魔術が認めてくれないオルライドなんて無くなってしまえばいいとか言ってたな。 まあ、禁術を使っての魔法なんてオルライドじゃ認めてもらえないのは当たり前なんだけどね。」
「私達が地下都市に行ってすぐにドルーガが追いかけてきて、記憶が戻ることは無いとか言ってたな。 そのすぐ後に又禁術を使おうとしてその存在事消されたよ、自分の禁術によって。」
コンラッドさん、ジークさん、ルドガーの順番に私が倒れた後の事を聞かされた。
オルテンはルドガー達の目の前で塵のように消えていったらしかった。
「あのね、主宮にいた何人かも消えたみたいだよ? 多分バルサの街でも同じ事があったみたいで、大騒ぎになってた!」
ドラバルトはバルサの街の様子を教えてくれた。主宮で色々動いていた時に仲良くなった人から聞いたようだった。
「バルサは滅びの道を歩みます。 これは言おうかどうしようか迷ったんだけど、あそこにはまだ心の綺麗な人もいると思うから。」
彩奈はそう言ってみんなの顔を見回す。
「それが神の意志か。」
ルドガーの言葉に頷きで答える。
「わかった。 それはすぐに神殿を使って広めよう。 バルサが残るかどうかはあそこに残った民が決めるだろう。 すでにバルサには収める者がおらぬからどうなるかはわからないがな。 彩奈は暫く静養しておけ。」
そう言ってルドガーは部屋を出た。
ジークさんもコンラッドさんも今の私の言葉を伝える為に国へ戻るらしい。
ドラバルトもコンラッドさんと一緒に国へ帰ると言った。
「アルカーレンへ来る時は歓迎する。 ドラバルトも喜ぶから近いうちに来るといい。」
コンラッドさんはその言葉を残して部屋を出た。
「ジークさん、ありがとうございました。 記憶が戻ったのもジークさんの魔法のおかげです。」
最後に部屋を出ようとしたジークさんに改めて礼を言う。
「ほとんどは神様のおかげだから。 流石に禁術での記憶消去なんて戻せるかどうか半々だったしね。 それに、ルドガーの睡眠不足解消の為だし・・・ね。 それじゃお大事に」
そう言ってジークさんも部屋を出ていった。
ジークさんの言葉にメイランへ問いかけた。
「睡眠不足ってルドガー寝てないんですか?」
私の言葉に、メイランは頷いた。
「彩奈様がいなくなられてから、ルドガー様は寝る間も惜しんで彩奈様を探されておりました。 流行病でお仕事も大変だったでしょうに。」
彩奈がいなくなった事でルドガーは自分を責めていたらしい。
バルサが怪しいのに気づいていたのに、結局後手に回って私を攫われてしまった事。
そして救出しようと動いていた所に流行病。
ルドガーは王として流行病をどうにかしようとしていたが、その一方で私を救出しようにも出来ない事に苛立っていたらしかった。
「こうして無事に彩奈様も戻られましたし、ルドガー様も安心してお休みになられるでしょう。 彩奈様はまだ体調がよくありませんので、今日は一日ゆっくりとお過ごしになられて下さい。」
彩奈はそれをぼんやりと聞いていた。
どうやら身体が休みを欲しがっているようだった。
「ごめんなさいメイランさん、少し休みます。」
そう一言断ってベッドに横になると、彩奈はすぐに眠りについたのだった。
これで地下都市編は終わりです。
彩奈が眠った後〜目覚めるまでの話を書こうか迷ってます。
長い間更新出来なくてごめんなさい!
多くの人に読んでいただいてるのが、励みになってます!
ありがとうございます。




