とある日の幸せな一日。
「才色兼備な姉と普通な俺」サイドです。
「へぇ、犬塚くんは生徒会長してるんだ」
「はい。四條学園っていう」
「あぁ、あそこね。賢いんだね」
俺達は光一郎の待つ、犬塚くんの家へと向かう。
その間、俺は犬塚くんと、チィ姉は会長と呼ばれる藤堂さんと話していた。
四條学園って言えば、この地域では進学学校としてかなり有名な学園。
そして、そこの生徒会長と言えば、地元でない俺でも知っているほど有名だ。
今まで四條学園の生徒会長で長く続けた人間は社会的に成功するという噂があったから。
犬塚くんは生徒会長になってから少しらしい。
だけど、今まで接してきた人間の中でもかなり優秀な感じを受けるから任期までやり通すような気がする。
あそこの生徒会長に任期ってのがあるのかは知らないけど。
「一応、聞いときたいんだけど犬塚くんと藤堂さんって付き合ってるんだよね?」
「あ、はい」
「どのぐらいになるの?」
「えっと…、半年にはなってないと思いますけど?どうしてですか?」
「いや、あの子をキープしてるのって大変だろうなぁって思ったから。そっか、半年前か…」
あれだけの美貌の持ち主だ。
それにさっき話した時は、まだ高校生という初々しい感じではあったけど、考え方が大人に近い。
つまり、出来る女の子って感じ。
一方、口には出さないけど犬塚くんは無理に大人を演じているような気もする。
だから、この2人の関係を見ていると藤堂さんが多少遠慮している感じがあるような気もする。
「やっぱり僕にはあの人と似合いませんか?」
俺が少し沈黙したせいで犬塚くんが心配そうな顔でこちらを窺う。
その顔が少し可愛く感じてしまい、笑顔になってしまった。
俺もこういう時があったっけ…。
「いや、お似合いだと思う。でも、もう少し堂々としても良いじゃないかなぁ」
「堂々と?」
「そう、堂々と。あのぐらいの美貌を持ってる子なら周りに敵はたくさんいるだろうけど、堂々としてないと…」
「していないと…取られますよね…」
「いや、取られないと思うよ?」
「え?」
「無理でしょ、あの子を制御するの。普通の子じゃ」
目の前でチィ姉と楽しそうに話している藤堂さんを見ながら言う。
数か月前まで大ファンだった千夏を前に、たったの数分でまるで友達のように話せているあの子は普通じゃない。
もちろん、チィ姉がそういう風にさせる雰囲気を持っているのは身に沁みて知っているけど、それでも彼女は普通じゃないのは確かだ。
それにチラチラとチィ姉と話しながらも犬塚くんに視線を送っている彼女は、犬塚くんに軽く依存してる。
もし、今の状態で彼が彼女から距離を取れば大変になることは分かる。
チィ姉が有名人になって俺が距離を取ったように。
「ふーちゃーーん、さっきからワンコくんと話ばっかりしてる。私もワンコくんと話したいー」
「ワンちゃん、私も九十九さんと話した~い」
同時に前からチィ姉と藤堂さんが話かける。
似た者同士って感じか…。
俺の横ではチィ姉に「ワンコくん」という謎のあだ名で呼ばれた事と千夏に名指しされたことに対して恥ずかしそうにしている犬塚くん。
まぁ犬塚くんの反応が普通だな。
俺は犬塚くんに「頑張ってね」とエールを送ってから藤堂さんの横へと歩み寄る。
もちろん、チィ姉にコッソリと「イジメちゃだめだよ」と注意もしておく。
「うわぁ、まさか私の横にあの紅葉さんがいるなんて」
「あはは、別に俺のは普通の小説でしょ。チィ姉と小雪が出てくれてたから売れただけだよ」
「私、ドラマは録画して、本も全部読みましたよ」
「ありがとう」
ニコニコと太陽のように笑う藤堂さんを見ているとこちらも自然と笑顔になる。
「あの、高校生の頃の千夏さんってどんな人だったんですか?」
「高校のチィ姉?ん~、特に今と変わらないと思うけど」
「昔からあんな綺麗で?」
「まぁその点に関しても変わらないね。でも、藤堂さんもかなり綺麗だと思うけど?」
「そんな、私は普通ですよ」
「あはは、そう言うのは受け取っておくモノだよ。女の子の反感買っちゃうから」
「そうなんですか?千夏さんもそういう」
「あの人は規格外だから。高校時代はチィ姉の隣に高峯沙羅っていうチィ姉並みの人が居たからね」
「高峯沙羅ってもしかして事務所の社長さんじゃ」
「よく知ってるね」
「そりゃ千夏さんのファンですもん!写真で見たことありますけどすっごく綺麗でした」
「あの人はチィ姉とは違う綺麗さだからね。あの人が居たからチィ姉は女の子からの反感は少なかったと思うよ」
「へぇ、他に千夏さんってどんな人なんですか?」
「どんな人…ん~、特に今とは変わらないと思うけど?」
後ろの方で犬塚くんをたじたじにさせて楽しんでいるチィ姉を見る。
犬塚くんの顔は真っ赤っかになっており、チィ姉がそれを見て笑っている。
その姿を見ていた藤堂さんが小さく「ワンちゃん」と呟いているのが聞こえてくる。
こりゃ、意外と深く依存していそうな…。
「犬塚くんの事、大好きなんだね」
「ふぇっ!?」
ぼんっ!と音が出るほど顔を赤くした彼女を見て、思わず笑ってしまった。
こんな高反応を貰えるなんて思ってなかった。
「ど、ど、ど、どうしてそんな!?」
「いや、普通に見てれば分かるよ。それに、犬塚くんがチィ姉に取られるんじゃないかって心配してる?」
「あ、いや、その」
「大丈夫大丈夫、チィ姉を信用して…とは言わないけど、あの人はそんな野暮なことしないよ」
「でも、ワンちゃんが千夏さんの事を好きになることだって」
「それも無いかなぁ。犬塚くんが君の事、大好きだから」
「そんなの分からないじゃないですか…」
「なら、試してみる?きっと良い反応してもらえると思うよ」
普通、やってはいけないんだろうけど…なんかこの子を見ていると応援したくなる。
この子の不安を一気に解消してあげたくなる。
でも、これをすれば俺自身も大変なことになりそうな気もする…。
「あ、あの…どんなことをするんですか?」
不安そうな目をしながらこちらを見てくる藤堂さんに耳元でこそこそと話す。
これをやるかどうかはこの子に決めてもらおう。
もちろん、その後のフォローはすると言っておく。
「………」
「嫌ならしなくてもいいよ。大丈夫」
「…でも見てみたいです。ワンちゃんの反応」
徐々にニヤニヤとした企み顔に変わっていく。
こっちがこの子の素なのだろう。
藤堂さんが満面の笑みに変わるのはあっという間で、その表情でOKだという返事になる。
俺と藤堂さんはお互い目で合図をする。
3、2、1、…GO!
前から車が来るタイミングで藤堂さんを自分の体に抱きよせる。
軽くじゃない。ぎゅっと抱き寄せるのだ。
それも犬塚くんに見せつけるかのように俺と藤堂さんの顔を至近距離まで近づける。
「!?!?!?!?」
「ふ、ふ、ふーーちゃん!!!!!!」
藤堂さんの息が顔に当たるぐらい近くに近寄らせた所でチィ姉たちの方をコッソリと見る。
すると、チィ姉は目を見開き、一瞬の間の後、すぐに怒りの表情を見せた。
一方、犬塚くんの方はビックリした顔をした後、一瞬悲しそうな顔を見せ、すぐに絶望したような目をする。
「ね。あの子も君の事が好きで堪らないんだよ」
「…ワンちゃん」
「君は1つ上のお姉さんだけど、彼氏彼女にそんなの関係ないよ。攻め壊しちゃえ、彼の悩みの壁を。
君にはそれができるよ。チィ姉と同じ雰囲気を感じるから」
こそっと耳元で言ってあげて、身体を離す。
そして、すぐに俺の顔に向かって飛んでくるチィ姉の右手を掴み、さっき藤堂さんにした以上に抱きよせ、抱き締める。
「大好きだよ、千夏」
「ふ、ふーちゃん!?」
「千夏は俺の事好き?」
「う、うぅぅ…」
鼻の先っぽがくっつきそうなぐらい顔を近寄らせて、チィ姉に聞く。
すると、チィ姉の顔がすぐに真っ赤になっていき、モジモジとし出す。
未だに千夏と呼ばれることに馴れていないからな…この人。
「千夏?」
「ふ、ふぅちゃん…大好き…大好きだよ…」
「そっか、俺も。チィ姉の事大好きだよ。だから、さっきのは許してくれる?」
「…うん、でも次やったらお母様と沙羅に言いつけて、私本気で怒るよ?」
「やらないよ。チィ姉以外には」
「なら、許す!」
ニコッと笑ってくれるチィ姉にご褒美としてほっぺたにキスをする。
正直言おう。かなり恥ずかしい。
だけど、こうでもしないとチィ姉は止められないのだ。
だけど……高校生の前でするべきじゃなかったかもしれない…。
犬塚くんも藤堂さんもポカーンとした顔でこちらを見ており、お互い頬が赤くなっている。
それに気が付いたチィ姉は照れに照れて、俺の身体を盾にして2人の視線から逃れようとする。
「………こ、こういう大人にはならないようにしようね」
これが唯一、俺の口から出た言葉だった。
その後、犬塚くんが俺に質問してきたのは、抱き寄せた事では無く、激怒したチィ姉をあそこまで静まらせられるには…という変な質問だった。
もちろん、その極意は教えてあげる。
なぜなら、このスキルは今後彼に必要だと思ったから。
その後、俺達は犬塚くんの案内で、光一郎が待つ家へと向かい、「神が愛したチーズケーキ」というのを食べさせてもらった。
評判通り、いや、それ以上のチーズケーキの美味しさに俺とチィ姉は犬塚くんのお母さんの言葉に甘えておかわりをしたほどだ。
そして、皆でガヤガヤと楽しい時間を過ごし、日が傾き始めた頃になった。
「今日はありがとうございました。お休みの日にチーズケーキをごちそうしてくださって」
「いや、あの日本を代表するアイドルと小説家に会えてこっちも楽しかったよ」
「あ、あの…九十九さん」
「ん?」
慌てたように階段を降りてきた犬塚くんの手には俺の小説。
「あの、言いにくいんですけどこれにサインしてくれませんか?会長の友達でファンだって人がいて」
「俺の?チィ姉のじゃなくて?」
「はい。紅葉のファンらしいです」
「へぇ、そりゃありがたい。ここに俺のだけでいいの?」
「してくれるんですか?」
ビックリしたような顔でこちらを見てくる。
まぁ普段、サインなんてめったにしないからなぁ…。
ペンを受け取ると、自分の小説にサインをする。
もちろん、日付付きで。
「はい。本当に俺のだけでいいの?チィ姉に書かせるけど?」
「あ、それはこっちに…」
「あぁ色紙ね。りょーかい。…ほぃ、チィ姉も」
「ん?あ、うん。…はい、書けたよ。でも良いのかな?もう引退しちゃったけど」
「良いんじゃない?というか、初めてだよね?こうやって同じ色紙に俺とチィ姉のサイン書くの」
「そうだね。ふーちゃんは普段サイン書かないから。それ、オークションに出したら高くなるよ!」
いや、出さないだろ…とチィ姉以外の人たちが思っているが口には出さない。
チィ姉は???と変な雰囲気を不思議がって俺の方を見る。
「それじゃ今日はありがとうございました」
「うん、また機会があれば。あと高峯さんにも」
「はい。では失礼します」
「あ、僕たち駅まで送ります」
家を出て、行きと同じように俺とチィ姉、犬塚くんと藤堂さんと歩く。
チィ姉は俺の腕に抱きつきながら歩いているせいで、多少歩きにくいが、今日のところは何も言う気になれない。
こんなに幸せそうな顔をされちゃ…。
俺達の前では犬塚くんと藤堂さんが楽しそうに会話をしながら歩く。
俺のイタズラで多少は距離も縮まったのかな?
「会長、機嫌良いですね」
「そうかな?勘違いでしょ」
「そうですか?まぁ良いですけど」
「ワンちゃん、私の事大好きだよね」
「は??」
「うふふ、九十九さんに教えてもらったんだぁ。ワンちゃんみたいな子の気持ちをわかる方法。ですよね!」
「そうだね、犬塚くんの攻略法は伝授してあげた」
「つ、九十九さん!?」
「だから、犬塚君にも教えてあげたでしょ?」
「あぁ…だから、あれを」
「そっ、効き目抜群だから」
優しい笑顔で前を歩く2人を見る。
犬塚くんが自分のことを大好きだとわかった藤堂さんは輝いていて、本当に幸せそうな顔をする。
犬塚くんもその藤堂さんを見て幸せそうな顔をする。
そして、犬塚くんは俺が教えてあげた"対天才彼女対策"を行使する。
「あ、会長」
「ん?なに?」
「肩に毛糸が付いてます。取りますね」
自然な風に犬塚くんが藤堂さんとの距離を詰める。
そして、肩に手を置いた瞬間、藤堂さんを抱き寄せ、彼女が呆気に取られている間に軽くキスをする。
すると、藤堂さんの顔が爆発したかのように赤くなり、頭から湯気が出てしまうほどパニックになる。
「わわわわわわわわ、わんちゃん!?!?」
ワタワタとパニック寸前の藤堂さんは両手をブンブンと上下に振る。
その姿を見て俺は噴き出す。
すると、チィ姉が少し怒ったように俺の頬を抓った。
「ふーちゃん、わんこ君に嘘を教えたでしょ」
「え?」
「ごめんごめん。でも彼女には効果てきめんでしょ」
「高校生をイジメちゃだめでしょ。もぅ」
「ごめんね、犬塚くん。あとは抱きしめてれば大丈夫だから。それが無理なら手を繋いでてあげて」
犬塚くんは少し疑ったような顔をしながら俺の言う通りに、藤堂さんの手と掴む。
抱きしめてはくれなかったか…。
しかし、手を繋いだ瞬間、藤堂さんが現実に帰ってくる。顔は真っ赤のままだけど。
そして、ずいぶんしおらしくなった藤堂さんと恥ずかしそうにする犬塚くんの後を付いていき、駅へと付いた。
「今日はありがとう。本当に楽しかったよ」
「うんうん。綾乃ちゃんもワンコくんもありがとうね」
「いえ、僕たちも楽しかったです」
「わ、私も…」
「綾乃ちゃん、これ私の携帯のアドレスと番号だよ。いつでも連絡してね」
「え!良いんですか!?」
「うん。わんこくんは綾乃ちゃんから聞いてね。ふーちゃんのもあとで教えてあげる」
「ちょ、チィ姉」
「いいでしょ?」
「まぁ良いけど。今度は俺達が君たちをご招待してあげる。それじゃもうこれ以上遅くなると危ないから。今日はありがとう、犬塚くんと藤堂さん」
「ありがとうね、わんこ君と綾乃ちゃん」
「僕たちの方もありがとうございました。サインとか一杯していただいて」
「また、また会いましょうね!千夏さん、九十九さん!」
犬塚くんと藤堂さんは手を振り、見送ってくれる。
あの子たちは今後どんな風になるんだろう?
きっと幸せになるのかな?
幸せになってほしい。あの2人には。
お似合いのカップルなのだから。
そんな事を思いながら改札を抜け、電車に乗る。
時間帯が帰宅ラッシュ前なため、まだ電車内は空いている。
「楽しかったね、ふーちゃん」
「だね」
「でも、あれは頂けないよ」
「あれ?」
「綾乃ちゃんを抱きしめた事」
「あぁ、許してくれたでしょ?」
「許したけど、あれは強行策すぎる。本当にワンコくんは驚いてたんだから」
「チィ姉は気付いてたの?犬塚くんを試すためって」
「そりゃ気付くよ。ふーちゃんはあんなことしないもん」
「そっか。そうだね、でも結果オーライでしょ?」
「ん、まぁね。それに私も特しちゃったしね」
「あぁ、あれもわざとか」
「うふふ、利用させてもらっちゃった」
「まぁ良いけどね」
「あれ?怒らないの?」
「怒らないよ。だって、チィ姉の事好きなのは変わらないもん」
こそっとチィ姉の耳元で呟く。
すると、大きな帽子に隠されているチィ姉の顔が赤く染まる。
チィ姉も変わらない。
ずっとこのままだ。
「ふーちゃん、大好きだよ」
「そっか」
「ふーちゃんは?」
「俺?言わなくても分かるでしょ?」
「分からない。言ってくれないと」
チィ姉は反撃とばかりに少し頬を膨らませながらこちらを上目づかいで見てくる。
この人は本当に…。
俺はチィ姉にしか聞こえないように、チィ姉にはハッキリと聞こえるように言った。
「大好きだよ、チィ姉」
俺のその言葉の返事は、チィ姉の表情として返ってきた。
俺の大好きな、生きる上で無くてはならないほど大切なチィ姉の優しい笑顔として。
読んでいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。