到着
旅は順調に進んでいた。別に何のトラブルも起こることなく淡々と。
辰巳は何となく、本当に何となくため息をついた。いや、何も考えずに溜め息をついたというのはないだろう。人間絶対考えずに、という事はできない。考えない、考えないと考えてしまえばそう考えているし、寝ているときだって多少なりと考えはしているだろう。それが出きるのはきっと、死んだときだけだ。
死んだときだけ、死んだら何もできない。
多分、この時辰巳は少なからず恐怖を感じていたのかもしれない。見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれ、さらにはイギリスに行くだ。恐怖にも似た不安。それを今、辰巳を支配しているのかもしれない。
セラフィは相変わらず静かに座っている。まるで静寂の森の中に佇む一本の大木のような感じだ。
暇になり、仕方なくセラフィに話しかけた時、
「テメェら! そこを動くな! 動いたらこの銃がお前ら誰かの体に風穴を開けてやるぜ」
へへ、と言う一人の男性。男性の言う通り、その手中には一丁の銃。黒光りしていて、一層に不気味さを強調させていた。服装はいかにも地味な茶色のジャケットにジーパンだった。
辰巳は突然の出来事に数秒思考が停止した。
ある人は言った。
飛行機事故にあうのは宝くじで一等をとるより難しい、と。ハイジャックも飛行機事故の内に入るの出したら――
(何だよこれ、ハイジャック!? ふざけんなよ。何たって俺がこんなもんに巻き込まれなきゃいけねえんだ)
辰巳は憤怒する。
そして、隣の席に座る金髪の男性は未だに寝ている。悠々と。セラフィもセラフィといい、辰巳が視線を向けると微かに顔には苦笑が浮かんでいた。
何が何だか分からなくなってきた。
ハイジャックを起こした男は顔に覆面などを着けていない。素顔が丸だし。
その男はまず、辺りを見回すと、手を使って仲間らしき複数の人を呼んだ。その人たちも素顔が丸出しだ。
男の指示で、辺りに散ったハイジャック犯。
起こした行動は乗客の荷物チェックだ。軽く――多分銃等の武器を所持していないか確認しているのだろう。
それもついには辰巳たちの場所までやってきた。しかし、辰巳はチェックさせるような荷物は持ってきていない。それに、ハイジャック犯は少し困惑する。
「持ってねえ!? チッ、仕方ねえ、探してもねえみみたいだし。でも、ケータイくらいは持ってるんだろ。出せ」
緊張しながらもハイジャック犯にケータイを差し出す。
「よし、これでチェックは終わったようだな。おい、ちょっとここでコイツら見張ってろ」
確認も終わり、作戦の第一段階が終了したのだろうか、言うとそのリーダーらしき男は近くにいた下っ端要員を側に呼び、小さな声で指示を出していた。
説明も終わり、リーダーだろう男は機内の奥へと向かっていってしまった。
「(おい、これってハイジャックってやつだよな?)」
下っ端要員の隙を見つけて辰巳はセラフィに話しかける。
「(ふむ、そういう事だな、直におさまるだろう)」
ハイジャックは天災ですか!? と思いっきりツッコミそうなところを必死の思い(人間は生命が関わると、とんでもない力を出すものだ)で思いとどまる。
しばらくし、奥に向かっていたリーダーであろう男がこちらに帰ってきて 、早々に近くにいた女性を一人無理矢理席から引きずり下ろした。
「いいか、よく聞け。今から俺らに逆らったら乗客を一人ずつ殺っていく。先程、英国政府にも連絡し、身代金を時間内に用意できなかった場合も、一秒でも遅れたら三〇分ごとにお前らを殺っていくとも言った。長く生きたければ逆らわず、英国政府の時間内の身代金給付を祈ることだな」
男は苦笑を浮かべると、引きずり下ろしていた女性を解き放し、また、どこかに行ってしまった。
(はあ!? ふざけんなよ! 何で俺まで巻き込まれなきゃ行けねえんだ!!)
心のなかで辰巳はまた激怒する。
隣を見てもセラフィはハイジャックなど見向きもせずに、ただ 面白い映画を鑑賞するかのような表情を浮かべている。
隣の男性はさすがに起きたらしく、少し険しい表情になっていた。
その時。
カチャ、とまた新たに黒光りするものが頭に突きつけられた。
辰巳はその瞬間を見逃しており、音だけで判断した。が、しかし、それが向けられていたのはハイジャック犯の後頭部。しっかりと銃口と頭が密着していた。
「な――ッ!?」
訳がわからなくなり、後ろに振り返ろうとするハイジャック犯だったが、それがさらに強く押し付けられ、動作を封じ込められた。
ハイジャック犯は大人しく銃を床に置き、ゆっくりと両手を挙げた。そのまま先程リーダーらしき男が向かった方向とは逆の方へと誘導していき、姿を消した。他のハイジャック犯も同じだった。それが起きたのはほぼ同時刻、パレードでもやっているんではないか? と疑問を抱いてしまうくらいに綺麗に事が進んでいたのだ。
突然の出来事に、辰巳は唖然とする。
「何、が・・・・・・?」
呟いた言葉がセラフィにも聞こえたらしく、返答した。
「これがさっき貴様が言っていた奇妙なことの正体だ」
黒ずくめの男たちはハイジャック犯を次々にホールドアップしていき、最初のハイジャック犯と同じ所に連れていく。何とも不気味な光景だ。
全員の連行が完了し、男たちはぞろぞろの何くわぬ顔で席へとついた。多分、リーダーらしき男の確保の準備でも行っているのだろう。
しばらくし、ようやく件の男がやって来た。男は驚き、周りの乗客に激しく問いただすが、何も答えない。完璧にポーカーフェイスをかましている。
「
畜生! どこ行きやがったんだあいつら!! 戻ってきたらブチ殺してやる!」
くそ! と床を蹴り、辺りを見渡そうとした瞬間、男の後頭部に銃口が突き付けられた。
困惑する。
やはり、男も銃を床に置き、手を挙げ、冷や汗を額に浮かべる。
しかし、男の表情には『負け』というような表情は見られない。
その時、
「我が命は主君のためにあり!!」
そう叫んだ。
合図だったのだろうか、新たな仲間を呼んで捨て身の攻撃をしようとしたのかもしれないし、最後の言葉を口にして、自分から舌を噛み自殺するきだったのかもしれない。
しかし、後者の考えは違った。合っていたのは前者。どうやら、一斉攻撃に出るきだったらしい。証拠に、自殺などしなかった。が、肝心の攻撃は来なかった。
すると、辰巳の隣にいた金髪の男性が静かに立ち上がり、口を開いた。
「ほほう。どうやらその言葉は自殺行為に値する攻撃の開始合図だったらしいね。でも、残念だ。もう既に仲間は全員奥の倉庫へと連行させた。今も数人の仲間が監視している。無論、所持品もすべて返させてもらった」
「は、バカが。ハイジャックするのにあんな少人数でやるわけがねえだろ! おい、お前ら、早くコイツらを殺れ!!」
叫んだ。
しかし 、何も起こらない。
金髪の男性が口を静かに動かした。
「おっと、何だか君は勘違いをしていないかい? 私は確かに言ったよねえ、全員連行さ(、、、、、)せ(、)た(、)、と。私服で待機していた者共も連行したよ。あの程度で紛れ込んでいたなんて思われたら恥ずかしいよ」
口調は優しげに喋っているのだが、その本心は恐ろしい程までに威圧感を感じる。
「く――ッ!!」
最後の手段だったのものが封じられた。それは失敗ということになる。
犯人の顔色が少し苦くなり、しゃがみこもうとした瞬間だった。
後ろにいた女性を不意に掴み、自分の前へとつきだした。そう、盾にするかのように。
「へ、甘いんだよお前らは。さっさと俺を捕まえておけばよかったものを。お前らだってコイツの命は惜しいだろ? だったら! 早く仲間を解放しろ! 今すぐだ」
銃口をさらに強く女性の頭へ押し付ける。
「この程度で終わらせるわけにはいかねえんだ!! 俺たちだって覚悟決めてやってんだ! この程度の計画のズレごときで諦める訳にはいかねえんだよ」
言った。犯人はこの程度のズレごときで諦める訳にはいかねえんだよ、と。これ程までに劣勢な状況に陥ってもまだズレごときで諦める訳にはいかねえんだ、と。もうハイジャック犯に冷静な思考は存在しない。今あるのはただの焦り。もうここから巻き返すほどの方法は思いつくことなどできない、これは断定だ。
「やれやれ困ったものだな」その口調は冷静さを失わなかった。「本当に困ったものだ。なぜ――いや、どうしてこの組織に入っているか分かっているのかな? まあ分かるはずもないのだが、聞いておこう。君はハイジャックをしたくてその仲間たちを集めたんだろう? 言い方は変だろうけどね。私たちも一緒だ。ある人、家を守りたくてこの組織にはいった。ほとんどは引き継ぎ、みたいな形であろうけどね。まあそういう事だ」
いきなり何やら講義を始める金髪の男性。
「何を言って――?」
油断することなく、腕で押さえつけている女性にも意識を集中させながら、犯人は聞く。
「つまり、我々は君たち同様、死ぬ覚悟程度はできているんだよ(、、、、、、、、、、、、、、、)」
空気が変わった。
捕まれていた女性の目つきが変わり、鋭い光が灯る。
瞬間、ハイジャック犯は鳩尾に激痛を覚える。
「が――ッ!?」
不意の出来事に、犯人は何も抵抗できずに肺から空気を押し出され、地面に這いつくばる。懸命に、息を正常に戻そうとするが、そんな時間は与えられなかった。女性は追い討ちをかけるように銃を握った手を蹴り飛ばし、まず、第一の脅威、銃を跳ばす。さらに、うつ伏せの犯人の上に乗っかり腕を後ろへ回し、関節技を決めた。
「ゲホ、が、ああああああッ!!」
あまりの激痛に叫び声をあげる。
「ふん、まったくこんな人数よくも通ったものだ」
言っているのは金髪の男性だ。通ったというのは多分、あの空港の零番ゲートの事だろう。だがよく通った、という単語に辰巳は疑問を浮かべる。
金髪の男性はリーダーの男を押さえ付けておる女性に指示を投げると、奥の方へと連れていかれた。
金髪の男性は、はあ、とため息を着くと、鋭い目つきで辰巳を睨む。
「で、貴様は何だ? ハイジャック犯ではないだろう。かといって観光客がこんな所に足を踏み込むわけがない」
その言葉に、辰巳は少し考える仕草を見せるが、解答は思い付かない。横にいるセラフィに視線をそらす。すると、セラフィの表情が何だか和やかになっていることに辰巳は気がつく。
「それについては連絡が行き届いていませんでしたので、私が説明します」
言ったのはセラフィ。口調が変わっている。今はどこかのお嬢様を連想させる。
「? セラフィーナ嬢、お知り合いないなのですか?」
さらに、金髪の男性までもが急に畏まった口調になった。
「セラフィ? 知り合いなのか?」
「ええ、知り合いというより私の護衛隊の方です。ですよね、オルコットさん」
ニコ、と微笑みを見せるセラフィーナ嬢。明らかに少し前までの態度と違う。むしろ辰巳にとっては違和感さえ抱く程だ。
「では、お知り合いなのですね」
そう言うと、いきなりオルコットと呼ばれた金髪の男性は方膝を床につけ、かがんだ。
「失礼なことをして本当に申し訳ない。まさかセラフィーナ嬢のお知り合いだったとは思えなかったもので、私の名前はオルコット=アシュレイ。そちらにいらっしゃるセラフィーナ嬢の護衛隊隊長をさせてもらっている身だ」
言い、方膝つきの状態のまま、辰巳に握手を求めた。それに、しっかりと握手を交わした。
「それで、」
握手し終えたオルコットは、話の話題を切り替える。
「私がここに来た目的は他でもないのですが――」
急に顔に緊張が表れる。
「分かっています。母の事で来たのでしょう? もう何回も聞きました。耳にたこができるくらい。また早く家に戻って継ぎなさい、というところでしょう。何回も言っていますが、戻る気はありません、ですので断っておいてください」
「しかし、セラフィーナ嬢は名家ヴァルキリー家の貴重な後継者。何としても継いでいただけなければいけません」
「それなら妹のミシェルがいるでしょう。私なんかよりミシェルの方が人格、知識は上。これまでに良い条件を持った逸材はいないでしょう? なのに――」
表情が暗くなる。よほど家に帰るのが嫌らしい。家出少女といった所だろう。
困り果てたオルコットさんはまた言う。
「それなら理由は存在いたします。歴代の当主様を見ていると、全員共通されていることが一つだけあります。もちろん、あなたとあなたのお母さまもです。代々我がヴァルキリー家の当主様たちは体のどこかに必ず同じ紋章が刻み込まれていました。刺青などではありません、生まれつきです。ですから、この事に則り、体のどこかに紋章が刻み込まれているお方が次期当主と決めてきました。それはあなたにしか付いていないと聞かされました。しかし、ミシェル様にはそのようなものは刻み込まれていない、と聞いています」
真剣に話を進める。しかし、その話を止めた者がいた。
「だから何だと言うのですか!!」
そいつはいきなり席を立つ。
もちろん、そんな事が出来るのはセラフィだけだ。
周りの人たちは全員この事など気にも止めていなかった。
「そんな古い伝統にばかり従って、私はヴァルキリー家の当主何かになりたくないと言っているんですよ!! そんな古い伝統に縛り付けられて何が楽しいんですか!? 私は楽しくなんかありませんっ! むしろ滑稽です、呆れます。そんな小さい枠組みに収まりたくないんです! もっと自由に生きたい! だから英国騎士団に入ったんですよ!? そんなにまでして何でわたしの意志が伝わらないんですか!?」
激怒する。それはきっとオルコットに向かっての怒りではないだろう。ヴァルキリー家の、そんな下らないと本人は言っている小さな伝統に憤怒しているに違いない。
そんな光景を見て、辰巳は呆然とする。重ならないのだ。今まで――といっても数時間の付き合いだが、今の今まで辰巳の想像していた、確信していたセラフィの人物像と重ならない。むしろ、当てはまらない方が良いのかもしれないが、まさか、あの真面目そうで堅物キャラを連想させるような行動をとっていたあのセラフィとは思えなかった。
数時間の付き合いしか持たない辰巳がいうのは可笑しな話なのだが、それほどまで印象が狂った。
「もういいでしょう。この話は終了です。分かったのならすぐにこの話には関わらないでください。これは命令です」
しかし、と反抗しようとするオルコットに辰巳は言った。
「別に良いんじゃねえか、セラフィをそんなにまで追い詰めなくても。確かに、伝統は大切だけどよ、あくまでそれは伝統と後継者、双方が了解したときにだけでいいんじゃねえか」
その返答に、オルコットさんはそんな簡単な考えで終わるような話ではないのだ、と言って、今回はセラフィの意見を尊重したのだろうか、その場で立ち上がり、一礼してこの機内の最前線の席について俯いてしまった。
「すまない、見苦しいものを見せてしまった。席につくぞ」
いや、と、辰巳は言う。
「俺はアンタを多少なりと信頼して来ている。だから 気分は悪いだろうが少し家についての話を聞かせてもらいたい。良いか?」
辰巳にしては珍しく大人らしい口調だった。
それに、セラフィは頷く。
二人はオルコットとは反対の方向にある席へと腰を落ち着かせた。
それから、辰巳は驚くような事を聞かされた。
これから話すのはヴァルキリー家の道のりだ。そもそも、ヴァルキリーとはワルキューレの英語読みであって、差ほど代わりはないが、重要らしい。ワルキューレは元々、戦場で戦死した兵士の魂を白馬に乗りながら選び抜き、宮殿ヴァルハラに連れていくという任務を持っている。その選び抜かれた戦死者は、宮殿ヴァルハラにてワルキューレに手厚くもてなされた。
そんなワルキューレの中の一人、ブリュンヒルデは、フンディング家とヴォルズング家の戦いにて、主であるオーディンの名に逆らい、ヴォルズング家を勝利させてしまった。その為、ブリュンヒルデは神性を奪われ、恐れを知らない男、ジークフリートと結婚させられてしまう。後、ブリュンヒルデはアスラウグという子まで授かってしまう。
それが後の、詳しい経緯まで知らないがヴァルキリー家初代当主アスラウグ=ヴァルキリーになったらしい。その時既にアスラウグの体には紋章が刻み込まれていた。
セラフィが辰巳に話した会話を簡単には省略するとこうなるわけだが、未だに信じられない、半信半疑な表情をしているのは辰巳だった。
「まあ、これが私の知っている事のすべてだ。いきなりは信じられないだろうがな」
「いや、もう信じるしかねえだろ、これは。さすがに悪戯の域は飛び抜けているし」
考え、辰巳は信用することになったらしい。
「そうか、なら有難い」
「でも、何で俺が一緒にイギリスまで行かなくちゃいけねえんだ? まあその事に関連付けるつもりはねえんだけどよお、さすがにただ着いてきた、ってだけでわざわざ俺までいく必要はないんだろう?」
「そうではないのだ、その着いてきた、という時点でおかしい。前代未聞なのだ」
その解答に辰巳はそうか? と投げやりに会話を終了させ、ぼーと考える。
さすがにその場の雰囲気で来てしまったことは後悔しているのだが、それについてはもう諦めがいついている。時間は戻らない。だからといって、すべての疑問が消えるわけではない。辰巳がぼーと何となく考えたのは先程セラフィも言っていた、着いてきた事についてだ。なぜただ着いてきただけなのにこんな大それた行事(?)に行かなければならないのか。なぜ着いてきた程度で驚かられなければいけないのか。そういう事だ。前者は完全に自己責任なのだが後者に至ってはまったく検討がつかない。セラフィは『無色の掛布』などいう魔法を発動させていた、と言っていたのだが、辰巳には何の事だか分からなかった。したがって、軽く考えこの疑問点は消滅した。
――空港出発から約九時間。さすがの辰巳も眠気に襲われ目がウトウトしていた。
「何だたっちゃん、眠いのか? 寝たければ寝れば良いだろうに。ちゃんと座席はリクライニング式でさらに幸いなことに、乗客の人数も少ないから思う存分にリクライニングの効力を発揮できるぞ?」
嫌みからの、からかうような感覚で言ったのだろう。証拠にセラフィの顔がニタついていた。
「別にそんな嫌味混じりで言わなくてもいいじゃねえかよ。眠いもんは眠いんだ」
言うなり、辰巳は後ろに誰も座っていないことを確認すると、座席をリクライニングさせ、目を閉じた。
「・・・・・・」
しかし、辰巳は眠れなかった。
理由は簡単、セラフィが辰巳を見ていたからだ。
「・・・・・・。お前、そんなに俺の寝顔を見て楽しいか?」
やや危ない思考の持ち主だ、と辰巳は思う。
「いやなあ、確かにその通りなんだが、やはり、もうひとつ理由があるぞ。まあ、これは最初の理由になってしまうのかもしれないが、可愛いのだよ、たっちゃんの寝顔は」
「・・・・・・」
お前は俺より年下だろ! 絶対に。なのに何だよこの大人ぶった感想は!! と言いたくても言えない(なぜなら怒らせて大変なことになりそうだから)ことを頭のなかで叫んでいた。
まあ寝られないのは恥ずかしいからだろう。辰巳は年頃の男の子だ。女の子に寝顔を見られるのはやはり恥ずかしい。
そういうことで、辰巳は渋々(しぶしぶ)座席を移動することに。
移動したのはセラフィのいる座席より少し前の所にある。回りには多少セラフィ護衛隊の面々が辰巳に向かって少し冷徹な視線を向けてきた。辰巳はその視線を気づかないフリをしてやり過ごし、眠りに着いた。
「おい起きろ! 着いたぞ。ぼさっとしているんじゃない! 早く降りないと未開の地に一人置き去りにして行くぞ!」
物騒な単語に、辰巳は命の危険を感じとり、本能的に起き上がった。
まだ眠く、完全に目は開いていない。
そんな目を擦りながら、
「・・・・・・あと五分・・・・・・」
「ふざけるな! 着いたんだぞイギリスに! 深夜のイギリスに。もう貴様は二時間も寝ただろ! さ、早くしろっ」
ペシ、と頬を軽く叩く。
「ぬぐ! 痛ッ、何すんだ!?」
どうやらハッキリと起きたらしく、自分の頬を軽く叩いたセラフィに怒りの矛先を向けた。
「どうでもいいから早くしろ。置いていくぞ」
そんな事では動揺しないセラフィさんであった。
飛行機から降りた辰巳は、日本より寒い気候に驚いた。多少日本より緯度の高いイギリスなのだが、そのせいで寒いのだ。
冷たい風が辰巳たちを襲う。くしゅん、と辰巳は風邪を引いたときのようなくしゃみを一発かました。
そんな辰巳を、セラフィはそこら辺にいる蟻を見るような目で言った。
「そんな薄着で来るからだろう。事前に考えておけばこんなことにはならなかっただろうに」
訂正しよう。もっと酷い目だった。
そんなの予想できません!! と激怒を飛ばし、後ろにいるセラフィに前を向きながら言ったのだが、ふと、辰巳は思い出す。
――セラフィも同じ少し薄手の服装じゃなかったけ? と。
思うと光速の如く後ろを振り向き 、反撃をしようとしたのだが、
「は? 何でお前はジャケット着ている!?」
そう、セラフィはもう準備していたのだ。
セラフィは哀れな辰巳を見ると、ふん、と鼻先で笑い、
「貴様はバカか? 私には護衛隊がいるんだぞ? もう分かるだろう」
まさか・・・・・・ッ!? と体を反らすと、
「事前に持ってきて貰ったのだよ!」
勝敗は見るまでもなかった。いや、これを勝負と言うのはどうかと我ながら思うのだが、まあそのあたりは気にせずにやっていこう。
その後の辰巳は同情するほど、酷い有り様だった。
セラフィは防寒具に身を包んでいるのに対して、辰巳は日本の、しかもこれから夏になるぞー、的シーズンに入りかかっている服装だ。しかも、イギリスは日本より湿度が低い。その為、鼻も痛くて仕方がなかったのだ。
これでもか! というほどに、イギリスの気候に痛みつけられた辰巳はイギリス某所に存在する空港のゲート付近まで暗いオーラを纏ったまま歩いていったのだ。




