空港 零番ゲート
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訳も分からずその場の雰囲気でこの国際空港零番ゲートに来てしまった辰巳。
「どこだよ、ここ・・・・・・」
恐怖でいっぱいいっぱいだった。
何度かこの空港は辰巳も家族旅行などで利用した事はある。グアムだとかそんなところに行くために。大体、こういう空港にはゲートがあり、荷物検査や身体検査などの検問らしきものがあるだろう。が、この零番ゲートにはそんなものは存在しなかった。その前に人の気配すらしなかった。
暗闇が支配する廊下をセラフィと辰巳は歩いていた。
どうやら、どこかで着替えたのだろう。セラフィの服装はジーンズ生地を基調としたジャケット。下にはピンク色のTシャツ。そこには何か英語でロゴがプリントアウトされていた。下は膝下まであるスカート、JKが着ていそうなやつだ。
そして、静寂を破るかのように、セラフィは言った。
「零番ゲート。我々英国騎士団専用のゲートだ。通常ではここの局長でも入れない極秘中の極秘。貴様は幸運だな。ここは都市伝説にもなっているんだぞ」
そんなんどうでもいいわ! と反抗する。
そんな会話はすぐに終わり、目的地に到着した。辺りはまだ暗い。しかし、目の前にはドアがあった。ごくごく普通のドア。それがさらに辰巳の恐怖心を煽った。
「行き止まり、じゃねえよな?」
「行き止まりではない」
言うと、セラフィはドアノブに手をかけ、開けた。
「う――・・・・・・」
辰巳はドアの向こうからの光で思わず顔をしかめる。
今まで薄暗闇にいた瞼はそんなすぐには開けられなかった。
徐々に慣れてきた辰巳は、ようやく瞼を持ち上げた。
「ここは――!?」
辰巳の眼下に広がっていたのは広大な空間。今、辰巳たちがいるのはその空間を見渡せるような位置にある二階部分だ。横に視線を反らすと、辺りはソファーなど、待合室と同じような間取りだった。さらに、この部屋には数人の人影があった。
「間に合ったか」
一言言うと、セラフィは近くのソファーに腰を下ろした。
「お、おい・・・・・・」
見ず知らずの場所で、戸惑い、慌ててセラフィの横に席をとる。
「なんなんだよここは」
「なんだって、ここは零番ゲートだ。ほら、その空間の下の方にあるだろう、飛行機が」
「そうじゃなくて、一体何でこんなものがあるんだって聞いてるんだよ」
「ああ、そういう事か。ここは英国騎士団専用空港、通称『裏の空港』」
なんだか実感が湧かなかった。いきなりこんなことになって、イギリス行きが決まり、その場の雰囲気で来てしまったのだ。まだちゃんとし心の整理というやつはすんでいないのだろう。さらに、そこに追い討ちをかけるかのよいにこれだ。余計に混乱する。
「・・・・・・」
黙りこみ、少し考える。
(これは本当に現実か? 夢だったりしねえだろうな。いや、そうであってほしいものだ。さっきは何かその――その場の雰囲気というやつで決めてしまったが、後々になって馬鹿馬鹿しくなってきた)
はあ、と溜め息を漏らす。
「何だ、溜め息か。寿命が三秒縮まるぞ」
どうでもいいですよ、と呆れながら言う。
その後も特にすることがなかった。
なぜ飛行機あるのに早く行かないんだ? という事に関してはどうやらさきほど飛行機が到着していたらしく、メンテナンス中だとのことだ。その証拠に整備員さんが数人、飛行機の下に集まって会議をしていた。
その光景を眼下に、辰巳は生理的現象を覚えていた。
「どうした。そんなにモジモジしおって」
「トイレ行きたいんだけど・・・・・・」
一度黙りこみ、
「場所が分かんねえんだよ」
「それならここを下に降りた階段の下にある」
頬を朱色に染めながら、セラフィは言った。
「そ、そうか。変な事聞いて悪かったな」
せっせっせ、と辰巳はすぐそばにある螺旋階段を降りた。
降りた先には上からも見えた広大な空間がある。すぐそばには飛行機が点検整備のためにいろんなコードがはめ込まれている。なんだか人間の点滴にも見えそうだ。
「トイレトイレ」
首をキョロキョロ動かしながらトイレを探す辰巳。少し我慢の限界が近づき、内股になっている。
空間内は騒音で包まれており、五月蝿い。
(ぐ・・・・・・、騒音の振動で俺の膀胱に負荷が・・・・・・)
さらに内股になる。
これではそのうち手を股間の前にかざす羽目になる。
さらに急いでトイレを探す。
その時、
「おい少年! こんなところで何してやがんだ?」
不意に後ろから声をかけられ振り向く。そのせいで、さらに刺激が膀胱に加わる。
「え・・・・・・?」
そこにいたのは二〇代前半の若い男性。髪は作業に邪魔にならないようにスポーツ刈り。生き生きとした印象を植え付けられる。服は作業服に身を包んでいる。
「え、じゃねえぜまったく。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだよ」
「何と!!」
騒音で聞こえなかったらしい。
「だから! ここは! 関係者以外! 立ち入り! 禁止だって言ってんだよ!」
「え、でもトイレは・・・・・・?」
セラフィは確かに言っていた、トイレは階段下にあると、それは間違いない、と辰巳は心中で確認をとった。
「トイレ? それなら上のホールのところだけど」
「な・・・・・・!?」
驚愕の真実にしばらく、羞恥心に耐えながらも、間違えさせられたという怒りの感情が沸き上がって来る。
「あのやろうわざと間違えやがったな――ッ!!」
怒りはますますヒートアップし、これをセラフィにぶつけよう、と考えた辰巳。
しかし、そんなことよりもまず解消しなければいけない事があった。
「――それよりトイレ行かねーと!」
内股になりながらも辛うじて歩き出す。教えてくれた作業員の人に軽くお礼をし、その場を後にした。
トイレを無事に済まし、さっぱりと綺麗な気持ちになった辰巳だが、先ほどの怒りは消えてはいない。
トイレを出ると、目の前には英国騎士団の要員がいる。その中の一人、セラフィーナ=ヴァルキリーに近づくと、辰巳は軽く、悪ふざけを振り払うがごとく控えめに激怒した。
「おい。何がトイレは階段下にある、だ。もろここの階にあったじゃねえか。作業員の人に起こられちまった」
辰巳はセラフィのすぐ隣のソファーに腰を下ろした。
「いや、まさか本当に行くとは思わなかった。なかなか面白い絵だったぞ」
フフ、と勘に触るような笑みを顔に浮かべる。その表情は今怒っている辰巳でさえも多少反撃するのを躊躇ってしまうくらいの無邪気な笑顔だった。
こうして、このゆったりとした時間はあっという間に過ぎ去り、飛行機の点検が終わった。すると、辺りにいた数人の人が、動き出した。それを見たセラフィは、
「では、私たちも行こうか」
言い、ソファーから立ち上がり皆が向かっている――辰巳がさっき使用した階段へと向かった。
降りた先には先刻までと違い、飛行機についていた機材的なものは既に見当たらなかった。代わりに、五月蝿い作業音ではなく、静寂が広がっていた。静かすぎて耳がジーとするくらいだ。
飛行機の側に到着すると、どうやらもう既に機内へと扉は開いており、各自勝手に乗り込んでいた。
この光景に、辰巳はここでも不況の影響か? と自分なりに解釈したのだが、多分、ここらにいる人たちは飛行機に乗り慣れているのだろう。
順番が来て、乗り込んだ辰巳とセラフィ。
機内は驚くことに普通のファーストクラスと同じくらい――いや、それ以上に豪華絢爛な座席が広がっていた。
その風景に数秒、唖然とするが、セラフィの一言で、正気を戻し、席に座る。
どうやらここには決まった座席はないらしく、皆自由に、適当に座っていた。辰巳も同じように座る。隣には知らない金髪の男性が座っており、多少緊張はしていたのだが、通路をまたいだ隣にはセラフィが座った。それで、少しなりと安堵を取り戻す。
他にも十数人の人がこの飛行機に乗り込んだ。
しばらくし、飛行機が離陸準備を完了し、この広大な空間内を動き出す。
目の前の大きな扉。そこがいきなり開かれ、夕陽と夜の暗闇が入り交じった空の光ともいいがたいものが空間内に流れ込んだ。飛行機が入っていたのは倉庫。見た目はごくごく普通の倉庫だ。
飛行機はそこを出、滑走路にはいる。後、無事に離陸し空へと飛び立った。
飛行機の中は快適だった。
飲み物は常にこのフロアの後方にコーヒー、ジュース、お茶と種類豊富に存在し、菓子類も不十分ではないくらいには整っていた。普通の飛行機のエコノミークラスではこうはいかないだろう。さらに、座席のつくりは革のシート。リクライニング式で前後に操作も出きる。そんな中、多田野辰巳は横の男性の鼾を聞きながらイライラと我慢していた。
現在の時刻は日本時間にして午後一一時。
隣の男性は離陸するや否や、早々に床についてしまった。
「ぐ、があークゥー」
こんな感じにだ。
隣の席に座るセラフィに助け船を出したのだが、あっさりと振り払われ、今もなお、この状況が続いているのだ。
すると、奥の、辰巳たちから見て前方から一人の女性が出てきた。女性の手にはカートが握られており、そのカートには十数センチほどの箱が積まれていた。
女性はそれを、一人ひとりに手渡していく。辰巳の所にもそれが来て、女性から聞かれる。どうやら機内食らしい。
「ビーフとフィッシュ、どちらがよろしいでしょうか?」
笑顔で聞かれた辰巳は少し鼻の下を伸ばしてしまうが、はっと正気を取り戻し、答える。ビーフにした。
すると、
「では、私はフィッシュ! お願いします!」
日本語で優雅に言ったのは隣にいた金髪の男性だ。髪に短く整えられている。
辰巳は一瞬ビクッ、と肩を震わせたが、飛び上がるほどではなかった。
辰巳は先ほど解答したビーフを貰い、前の座席に取り付けられているテーブルをセットし、そこに機内食を置いた。
それから数分、早々に食事を終えた辰巳は暇になる。
そこで、ぼーと辺りを見回すと、何やら違和感らしきものを感じた。それは朝、感じたようなものではなかった。ただ、偶然と引っ掛かる違和感。しかし、皆はそれを気づいていないのか、各自勝手に娯楽をしていた。
(そういやあ・・・・・・)
分かった――ような気がする。
それは、違和感は。
フロアにいたときの人数より断然多い気がしたのだ。
不安に思った辰巳は通路を挟んだ隣の席に座るセラフィに小声で話しかけた。
「(おいセラフィ。何だか人数多くねえか? 特に黒服の奴等。本当に大丈夫なんだろうな?)」
なるべく周りには聞かれぬよう、座席から身をのりだし、セラフィの耳元で言った。
セラフィはその質問に少しの時間考え。ふむ、と結論を出したのか、それは本当は分からないのかは辰巳は知るよしはないのだが、セラフィは思案をまとめ、閉じていた口を開いた。
「だいたいの事は予想できた。何、心配するような事ではない」
周りへの気遣いなど気にせず、多少は自信がある顔で言った。
それに、辰巳は無理な追求をせずに席に戻った。




