イギリス
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多田野辰巳は裏路地をさらに入った裏路地にあった古びた公園の前の物陰に身を潜めていた。
辺りは夕陽の光で覆われている。辰巳は母が怒って待っていませんように、と祈っていたかったが、今はそんな状況ではなかった。さきほどあの金髪の少女を追っている途中、いろいろと思い出した。
(いや、朝の事はある程度思い出した。未だに信じられないけど。やっぱドッキリとかじゃねえんだろうな)
辰巳はあんな非現実的なことをすんなりと受け止められはしなかった。すんなり信じたはそれで恐ろしい。
辰巳は勇気を出して物陰から顔を出し 、夕陽色に染まった公園を見る。
そこにいたのは二人の人影。だが、一人は知っている。朝、辰巳を奇怪な術で攻撃したあの少女だ。
もう一人は――
(なんだあのコスチュームは。やっぱ何かの番組の撮影だったんじゃねえか? 紫色のマントにとんがり帽子って。いや、でも、スタッフがいねえなあ、もし、これが本当に番組の撮影だったのだとしたら、普通、機材とかが必要なんじゃねえか? そうなればその機材とかを運ぶ人材が必要だ。だとすれば、番組撮影の考えは無しか。って、じゃあ二人組の嫌がらせ行動!? それって犯罪じゃね? くそー、あの野郎騙しやがったな!)
怒りで思わずビルの壁を叩く。ゴツ、という鈍い音がなった。
あちらの二方に聞こえても不思議ではない音の大きさだ。
(やべ、聞こえる――!!)
だいたい、こういう場面では気付かれないのが相場だろう。が、今回は違った。聞こえてしまった、的中してしまったのだ。
まず、最初に気が付いたのはとんがり帽子を被っている女性だ。帽子から少々茶髪混じりの背中まで届く長さの髪が風に逆らうことなく靡いている。
女性は辰巳のことを見つけると、すぐ目の前にいる少女――名はセラフィに話しかける。
(やっちたまった。なんかされんぞこれは)
こう考えた瞬間から辰巳の体中から冷や汗がブワ、と滲み出る。
ここでバレてしまったとしても、のこのこと出るわけにはいかない。危険だ。例えるなら、お母さんから『知らない人に着いていっちゃだめよ』といって、着いて行ってしまうくらい地味に危険だ。
話しかけられていた金髪の少女セラフィは、言われるや否や 、こちらに険しい表情を浮かべながら歩み寄ってきた。
(いや、ここで逃げたほうがいいのは分かってる。でも、ここで逃げたら男じゃねえ!!)
心底諦める辰巳。仕方なく物陰から出る。
無駄に男気を出す。
しかし。
(やっぱ、足の震え止まんねー)
やはり無駄だ。
「なぜ貴様がここにいる?」
こちらに近づき、距離が縮まった所で、セラフィは尋ねた。
「なぜ、って着いてきたからに決まってんだろ」
当たり前で、この質問にマッチする解答だったのだが、セラフィの顔の険しさは変わらない。
「そうではない。私は確かに『無色の掛布』を発動させていた。にもかかわらず、着いてきた? ふざけるんじゃない! しかも、なぜ朝消した記憶が戻っている」
グバッ! とセラフィは辰巳の胸倉をわし掴みする。
「知らねえよそんなこと、第一、それ以外の理由なんてあるわけねえだろ! 記憶については朝から違和感があって疑問に思ってたけどよ、お前を見てから消えたんだよその違和感が」
辰巳は冷静に答えるが、セラフィは納得できていないような表情のまま、
「そんなはず、あるわけが――」
少し迷った後、助け舟を求めたのだろう。辰巳の胸倉を掴みながら、キョロキョロ首を動かし、誰かを探す。
「ライリー。ちょっとこっちに来てくれ」
辰巳を掴んでいた手を話すと、ライリーと呼ばれた女性を見、こちらに呼んだ。
「なにぃ? 大体あっちかで聞いてたけど、どういうこと?」
近づいてきたライリーは、テンポよく箒を回している。
「いや、そんな大それたこと――ではないと思うのだが、少し引っかかってな」
「ん? 確か『何で着いてきた。記憶が戻ってる』って事よね。でも、記憶に関しては分からないわ。だって、もし、その記憶を消したって、掛けられた当の本人はその事さえ忘れちゃうんだからね。だから、その答えは単にかけわすれたんじゃない?」
「そんなことは無い。しっかりとやったはずだ」
「だから」念を押すように、「かけ忘れたんじゃない? だって、確認しなかったんでしょ?」
「それはそうだが、大勢力の一人であるあなたがそんな考えでいいのか?」
「いいのよ別に。あんな組織、強けりゃあ入れるんだから」
辰巳には意味不明の会話を繰り広げているセラフィとライリー。頭が混乱してくる。そのため、辰巳は質問をした。
「すいません。あのー、先ほどから一体何のお話をされているのでしょうか?」
思わず敬語になってしまう。
「ふーん、本当に分からないの?」尋ねたのはライリー。「あなたの事についてに決まってるでしょ」
「俺、何かしました?」
「何って、貴様についてだといっておろう。何を戯言を」
「貴様についてって、だから、俺、何かした?」
本当に何が何だか分からない。惚けてもいないし、ふざけてもいない。いたってまじめだ、と辰巳は思う。
が、しかし、セラフィは徹底的に辰巳に問いかける。
「だから、なぜ着いてこられた私はさっきまで見えなくなる魔法をやっていたんだ。着いてくるなんてことは出来ないはずだ。なのに、なぜ貴様はここにいる」
「だから、さっきも言っただろ。着いてきたって。それ以外に何かあんのかよ」
この発言を聞いて、セラフィはカッ、と頭に血が上る。
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
セラフィは感情に負け、もう一度辰巳の胸倉を掴み、今度はビルの壁まで押して行き、叩きつける。
ゴッ! という鈍い音が、辰巳の体に痛みを生ませた。
「が――ッ! 何、すんだよ・・・・・・いきなり」
その言葉も聞かず、セラフィは掴んでいない腕を振り上げ、辰巳へと振り下ろす。
辰巳はこんな痛みを忘れて目を瞑る。
「覚悟しろ!」
覚悟しろも糞も無かった。
痛みが無かったのだ。
辰巳の体には。
不思議な事に、数秒たってもなんの変化もない。前と同じまだセラフィに胸倉を掴まれたまま、時間が止まっているようだ。
辰巳は恐る恐る目を開ける。
そこにはセラフィの腕があった。目の前に。正面に。止まった腕が。
しかし、良く見てみると、それはセラフィが故意に止めたものではなかった。
少し奥にいたライリーの手がセラフィの振り下ろした腕を掴んでいたのだ。
(助かったのか・・・・・・?)
敵か味方か。ましてやそんな事も関係の無い人が助けたのだ。少しは疑問に思う辰巳であったが、まずはセラフィの脅威は去った。そのことに安堵する。
「駄目でしょう、そんな暴力を一般人に加えちゃ。英国騎士団は一体何を教えているのかしらね」
掴んだ腕を話さずに、微笑を浮かべて話すライリー。その口調に辰巳はは多少、恐怖を覚える。
「な、離せ!」
セラフィが振り払った腕の攻撃を、ライリーは後ろへ飛び退け、それを躱す。
「っとっとっと、荒いわねえ。若さが表に出ちゃってるわよ」
余裕の笑みを浮かべる。
セラフィは少し反省した趣を見せ、重たげに口を動かした。
「・・・・・・、すまない、つい頭に血が上ってしまった」
「分かればよろしい」
よほど気分が良かったのか、一見そこらにいる美人女性的な女性――ライリーは胸を張り、鼻を高くする。
そこで、孤立感を感じた辰巳は唖然として見ていることしかできなかった。セラフィに掴まれた手は離されたものの、まだ多少壁に激突した時に生まれた痛みは生きている。何が何だか分からない状況だ。
「・・・・・・」
何も分からない。言えない。そんな状況下で辰巳はただ立ち尽くしている。
そこにセラフィが冷静さを取り戻し、また辰巳に尋ねた。
「ふうー、もう一度聞こう。本当にただ、着いてきただけなのだな?」
「そ、そうだ」
さっき壁に押し付けられた時、圧倒的な力だった。その事にビビりながらも威厳さだけは保とうとする。
本当に、無駄に努力をする。
「やっぱ掛け忘れてたんじゃない?」
そこに、セラフィが考えているときにライリーは言う。
「そしたら、この市の人たちの晒しものじゃない。恥ずかしい」
プッ、と笑う。
それに、セラフィは頬を赤らめ下を俯く。しかし、すぐにリズムを取り戻し、話し始めた。
「いや、それはない。なぜならその人たちは私を見ていなかった。つまり、見えていなかったということだ。いくらなんでもこんな奇抜なものを着こんでいる以上、気になり見てしまうはずだ。したがって、掛け忘れたという線はないだろう」
「そう? ただ、向けるのが恥ずかしかったんじゃない? 奇抜すぎて」
「む・・・・・・、これは私の趣味ではないぞ。これは団長の――」
分かってるわよ、とライリーはセラフィの言葉を遮って言う。
「ま、それで、その子の事はいいの? 何か暇そうよ」
言われてみれば、とセラフィは言い、辰巳の方を見てみる。そこには話の内容についていけなくなり、ただ呆然と突っ立っている一人の少年の姿があった。
「・・・・・・」
やはり、暇そうだ。動物園でゴロゴロしているライオンくらいに暇そうだった。
「おっと、これはすまない事をしたな」
(いや、そんな事言ってねーで、もう帰っていいですか?)
そう思う辰巳。実はもう帰りたくなっているのだ。
もう朝からの違和感もなくなり、爽快感溢れている状態なのだが、どうもこの会話などでその気分が無くなり呆然と立ち尽くすただのマネキンと化してしまっていたのだ。
「ねえ、この事は英国騎士団に任せてもいい? お姉さん、ちょっとこれから用事があるから」
言い、ライリーはあくびをする。
「ああ。では、こちらでやっておこう。少し調査をすれば分かりそうだからな」
「じゃ、そういうことで」
じゃあね、と言い残し、少し距離を取る。
「御健闘を・・・・・・」
わざとらしく一礼する。
瞬間、ライリーの姿が虚空に消えた。
何もない。そこからいきなり消えた。別にハリウッド映画みたいに車が正面を通り過ぎた訳でもない。ただ、そこから消えた。
辰巳が瞬きしたときにはもういなかった。
その驚きに、辺りの空気は静寂に包まれた。
「・・・・・・行ったか」
ふと、セラフィが言う。その顔に驚きは無かった。さっきまで黙っていたのはなぜなのだろう、と辰巳は思った。
だが、そんな場合じゃなかった。
「ちょ、おい! 何なんだよおまえら! 何がどうなって――」
頭が混乱する。
「落ち着け。私はまず英国騎士団に連絡を取る。だからすこし黙っていろ」
冷静沈着。まさにこの言葉がまさにあう。
「これが落ち着いていられるか! お前らは何なんだよ。ただの嫌がらせ行動してたんじゃねえのか!? さっきから英国騎士団とかセブン――何とかとか何の事言ってんだ?」
「何をバカなことを・・・・・・。我々はいたって真面目だ。一般人ごときがこの事を知ること自体がバカバカしいことだ」
言うと、セラフィはどこからとなくケータイを取りだした。
(? どっから出したんだ?)
さっきまで頭が過熱していた辰巳が疑問に思うほど訳のわからない所から取り出したのだ。
セラフィはケータイの電源を入れると、操作し、どこかに電話をかけ始めた。
プルルルルル、プルルルルルというコール音の後に、ガチャという効果音と共に誰かが出た。
どうやらスピーカーにしているのだろう。辰巳の所まで聞こえていた。
『はい、こちら英国騎士団事務局ですが――』
「私です。セラフィーナ=ヴァルキリーです。はい、担任ですか? 担任はキッシム=エライダム先生ですが・・・・・・、そうですあのハゲです」
(おいおい、先生の事ハゲなんて言っていいのかよ)
「は、そうですか。分かりました。そうします。では、お願いします」
どうやら会話が終わったらしく、電話を切った。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
待つ事数秒。
「という事だ」
「・・・・・・? どういうことだよ」
キョトンとする。
当り前だ。こんなこと言われて理解できる訳がない。先ほど、通話設定をスピーカーにしていたらしいのだが、音量が小さく、良く聞こえなかったのだ。
そのため、辰巳には聞こえなかった。
「何だ。貴様は読心術も使えないのか」
呆れたようにセラフィは言った。
「何だよ。読心術って」
質問すると、セラフィはさらに呆れる。
「何だ。そんな事も分からないのか。呆れたやつだ」
いやいや、分からんのが普通なんです、と心の中で辰巳も呆れる。
セラフィは心中で呆れている辰巳の為に、読心術についての説明を始めた。
「読心術というのは単に相手の心を読む、という簡単なものだぞ。なぜ分からん」
けしからんな、と吐き捨てるように言った。
「それで、行くぞ早速」
「行くって・・・・・・どこに?」
唐突の話題路線変更に、戸惑う辰巳。しかし、そんなのも気に留めず、セラフィは口を動かした。
「決まっているだろう――」
当たり前のように、セラフィは続ける。
「イギリス」
「は!? 何冗談言ってんだよ。今何時だと――」
「知るかそんなもん。貴様の個人的事情なんて知った事ではない。私は貴様をイギリスにある英国騎士団に連れていく義務がある」
そんな事を言っているのだが、時計の針はもう既に五時三十分を回っていた。
「そっちのほうが個人的事情じゃねえか! そんな理由で俺は変な所に連れてかれかけてたのか!?」
冗談じゃない、と辰巳は付けたした。
「くだらん事ではない! 重要事項だ」
「どこが重要事項だ! ただの誘拐犯じゃねえか!!」
「ええい。くだらん事にいちいち告げ口しよって。いい加減にしろ!」
「何だとコラア! こちとりゃ急いでんだよ! 夕飯なの! 晩飯なの! 生きていくために必要な事なの! 俺が帰らなきゃ母さん死んじまうだろ!? 何だ? それに見合う理由でもあんのか?」
ぬ、と引き下がる。
「ねえなら帰らせて貰うぞ」
辰巳はズサリ、と後ろを向き、そのまま歩き出す。
考える。このまま帰らせないための案を考える。
(ここで帰らせていいのか? 私は確かに連れていく、と言った。だったらこんな簡単に帰らせてしまってもいいのか? いいや、良いわけがない。考えろ! セラフィーナ=ヴァルキリー。良い案があるはずだ。だから、考えろ!)
必死に考えるものの、やはり、そんな簡単には出てこない。
辰巳はもうこの古びた公園の出口に差し掛かっている。
(このままでは――ッ!!)
その時、ふとセラフィの脳裏にある場面が写し出された。
ここ日本に来る飛行機の中、座席についていた小型テレビで放送されていた恋愛ドラマの一部始終を――
(これだ!)
もう時間はない。戸惑っている、躊躇う時間もない。言うしかない。
そして――
「そんなの決まっている。貴様が好きだからだ!!」
言った。
すると、辰巳は、出口まで差し掛かっていた辰巳は、動かしていた足を止めた。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ。何だ!? この急な展開は! 俺はギャルゲーの主人公ですか!? んなわけあるか!)
自分ですら驚いて、正常な思考を欠いている。危ない気がする。
辰巳は止めた足をまた再び動かそうと足に力をいれる。が、しかし、動かそうとしたとき、先ほどの言葉が脳裏を駆け抜ける。
『貴様が好きだからだ!!』
こだまする、脳内を。
しかたなく、言葉に免じて辰巳は後ろを振り返る。
そこには一人の金髪碧眼の少女――セラフィがいた。
瞳は微かに潤んでおり、男の子の気を誘う。
当の本人は告白される、という未知の質問に、戸惑う。
――一体どうしたものか、と
悩む。悩んだ末に選んだ結論は。
「本当に・・・・・・?」
もう一度聞く。耳を疑っているのだろう。
その質問に、セラフィハはゆっくり頷いた。
「そうか――」
もう忘れていた。辰巳はもう、夕飯の事、母の事。すべて、今一番大切だと言っていた自分の持論をすべて忘れていた。
「じゃあ・・・・・・行くよ」
内心パラダイス状態だった。
「そうか! 来てくれるのか!」
喜ぶ。とびっきりの笑顔だ。
思わず辰巳は鼻の下を指で擦る。
かくして、辰巳のイギリス行きが決定した。




