決着
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ようやく、目に染み付いた光の残像が消え始めた時の出来事だった。一瞬でもあった。だが、あの二人にとってはその一瞬が命に関わる瞬間だ。
ズゴンッ!! という地をも揺るがす轟音と衝撃。その衝撃音で、防御魔法で守られているはずのセラフィも思わず顔を庇ってしまう。
圧倒的。
しばらくし、カマエルがいたところが見えてきた。
そこにはズシンと《門》があった。あの爆発の中で、傷一つ付かずに存在していた。それは、その《門》の恐ろしさをも示唆しているように見えた。
だが、肝心のカマエルの姿は跡形もなく消し去られていた。いや、それどころか、カマエルがいた場所を中心に、半径数十メートル単位の大きさで、クレーターが完成していた。
これでは――
「どうだ! これで貴様ももうこの世にはいないだろう。やっと邪魔者がいなくなった」
両腕を掲げて、満面の笑みを取った。
「さあ殺ってやるあのクズ野郎どもをな!!」
ようやく目的に手が届きそうなくらいに近づいたキッシムは、ホールの隅で唖然としているセラフィなど目に入らなかった。
キッシムは言うと、《門》の前に立った。
キッシムの目標。それは、世界に蔓延る道楽者の掃除。それさえ達成してしまえばどうなってもいい、とキッシムは考えている。
自分も同じ体験をしたからこそ、行動できる――いや、それプラス勇気も必要だ。
「開け、ヴァルハラへ繋がる門よ。美しく、華麗なヴァルキリーはここにいる。エインヘリャルを導き、ラグナレクへの戦いに励む勇姿ある者たちを導け、この現界に!! そして、戦え。世に蔓延る人喰い共を。そのために、汝ら法を犯し、戦うのだ!! ヴァルハラにてもてなされた恩をここで返せ!! そして、結束しろ!」
詠唱も言い終わり、とうとう《門》が開かれる。
生々しいまでの冷気がこの大ホールに吹き込んできた。
遠くにいるセラフィも、思わず息を飲む。キッシムから五十メートル以上離れているのにここまで冷気――否、悪寒が全身を強ばらせている。
悪寒=その《門》の中にいるものたちの力量も示しているのかもしれない。セラフィはあの《門》が天井の宮殿ヴァルハラに繋がっている事を知っている。小さい頃から耳に蛸が出来るほど聞かされていた。だからこそ、その《門》の危険性も聞かされていた。それでも、何千回も聞かされていても――
まさかこれ程までに恐ろしい物だとは思わなかった、想像も出来なかった。
そうセラフィが思っても、警告したとしても、キッシムは止まらない。天使の追撃を打ち負かしてまでも、果たしたかった目的。もう既に説得したところで止まらない。
そしてついに《門》が開いた。軋む音が空間内を木霊した。
そして――
キッシムは腹部に痛感を覚えた。
そのまま数メートル飛ばされる。二、三回地面をバウンドし、ようやく体勢を整えた。
「――ッ、まだ生きていたのか」
キリッ、とキッシムは一点を睨み付ける。
「まあな、結構危なかったんだぜ、これでも。俺の魔力を半分も削りやがって、ヘトヘトだ」
化物め、とキッシムは呟いた。
「そりゃどうも。どうせ俺はお前さんたちから見たら化物ですからね」
「いや、そんな事はどうでもいい。貴様が化物だろうが何だろうが、まず私が知りたいのはどうやってあの攻撃から身を守った
ということだ。あの攻撃は防御魔法でどうこうなる代物ではない。いったいどうやって助かった」
「そうだな、確かに、あの攻撃は防御魔法でどうこうなる威力じゃねー。でも、魔法ってのはいったい何でできていると思う? それは俺らが作る魔力からだ。魔力ってのはこっちの世界で例えると汚い川の水と一緒だ。汚い水は、飲むと体を壊す。まず飲めるようにするためには浄化しなけりゃなんねー。浄化していけば、汚い水だって飲めるようになるんだ。ほら、魔力と一緒だ。俺らから作り出される魔力は汚い。それを浄化するのが魔方陣だ。ついでにそこで、魔力の変換も行われる。つまり、だ」
カマエルは自信満々の表情を取った。
「その魔力の浄化元――つまり、魔方陣自体を破壊しちまえば、魔法は発動しない。それは別に、魔方陣全体を壊せ、っつー事でもねーんだ。一部、どこでもいいから一部だけ破壊させることができれば、魔法は発動されねー。まあ結果的に、あれはとんでもねー魔法だったから一部だけ破壊しても完全には停止させることが出来なかったけどな。まああのレベルまで下がれば、何とか防御魔法でカバーできる。それが俺の生還の理由だ」
さらに、カマエルは付け加えた。
「それで、魔方陣の線とかの部分は魔力によって地面に焼き付けたり中に浮かびあげたりするかが、今回は地面に焼き付けタイプだったみてーだな。まあそれのお陰で魔方陣を一部破壊させること自体には苦労しなかったけどな」
「クソ! 地面に書かれていた魔方陣を抉って一部を破壊したというのか」
そうだな、とカマエルは答えた。
「そうか、それは残念だったな。あれは私のほぼ全ての魔力を使い果たして完成させた物だったんだが、それを破られるとはな。私の負けのようだ。しかし、それでも、本来の目的で言うのなれば、私の勝ちだ。見るがいいこの美しき光景を。ヴァルハラのエインヘリャルたちが我が先という状態で現界に出ようとしている。出てしまえばこちらのもの――」
「どうかな?」
言った瞬間だった。
突如、カマエルから悶絶するほどの魔力が放たれた。
「――ッッ!?」
キッシムは息が出来なかった。それほどまでに圧倒的な魔力量。
セラフィはカマエル自身が作り上げた防御魔法中にいたが、それでも、その圧倒的な魔力感じ取った。恐怖に包まれ体を動かすことが出来なかった。
そして、その魔力に圧倒されたのは、キッシム、セラフィたちだけではなかった。
そう、ヴァルハラに繋がりし《門》から出てきた、過去の猛者たち。彼かもまた、カマエルから放たれた圧倒的な魔力に身を強ばらせた。ヴァルハラという特別な環境で数百年という長い年月鍛練を積んできた彼らでさえも、その魔力の量に驚く。
そして、カマエルは腹に力を込め、言った。
「いいか、こっから先に一歩でも出てみろ。お前らを塵にする、それでも出てきてーやつがいたらその時はその時だ。相手になってやる」
猛者たちは、その言葉に従った。静かに、ゆっくりと、カマエルを見据えながら《門》の中へと立ち去っていった。
それをキッシムは静かに見ていた。しかし、我を取り戻すと、言った。
「! 何をッ――ブフ!?」
口を塞がれた。もちろん、カマエルに。
「ったく、なんつー危ねー事してくれやがった! あいつらが後一歩、つまりここ下界に踏み込んだらどうなるかってことは先に言ったよな!? 確かに、俺を倒したら開けてもいいつったけど、俺はまだ倒されてねー。約束破りやがって、お仕置きだこの野郎!」
口を塞いでいた手をどけ、今度は両手で頭をグリグリと押した。
キッシムが痛がっていたのは言うまでもない。
もう体力の限界が訪れていて抵抗できない。それを、キッシムは体全体で振り払った。
「もうこんなことすんじゃねーぞ。ガチでやべーんだから。どうしてもその憎い奴等に見返してやりたかったんなら、武力じゃなくてもいいじゃねーか。例えば、こいつの頭の中にある経済とかっつーやつでよ」
自分の頭を指差しながら説得を試みるカマエル。
「いや、確かにそうだ。方法ならいろいろとある。経済なんて小さい頃に捨てた方法の内の一つにすぎん。できないから捨てたんだ」
その台詞にカマエルはくちばさんだ。
「でもよお、この――言い方は悪ぃけど、武力っつー選択肢はここまで出来たんだろ? だったら、今のお前なら、その方法でいけんじゃねーか? もう小さい時のお前さんじゃねーんだ。それに、まだ若い。三十代後半って辺りだろ?」
頭はハゲてるけど、とキッシムのコンプレックスを心の中で呟いた。
「そうか、だが、どうやって経済から奴等を蝕んでいく? 方法が分からないから捨てた」
キッシムの表情が暗くなる。
しかし、それとは対照的にカマエルは自身満ち溢れていた。
「あんた、経済についての情報は持ってるんだろ? だったら、こうゆーのはどうだ」




