禁忌魔法
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しかし、キッシムはいなかった。
跡形もなく、そこにいなかった。さすがのカマエルも驚きを隠せないのか、額に汗を浮かべていた。
(どこに・・・・・・?)
辺りを見回すが、どこにもいなかった。
「逃げた、か」
まあそれはそれでいーか、と言うと、その場に座った。
(確かに、逃げるという選択は正しいな。俺とやりあうなんて当分――いや、数百年速い。むしろ、あれほどまでにやりあえただけで相当なものだ。だがしかし、あの野郎がこんな簡単にはこのヴァルキリーの娘を手放すとは考えられんな。天使相手に喧嘩を売った奴だ。きっと、すぐに何らかの策を用意して俺の前に現れるだろう。それまでここにいるとするか、ヴァルキリーの娘のこともあるし。気がつくまで見張るしかねーし。つーか起きないんかな、コイツ)
思い、カマエルはセラフィに近づいていった。さらにはセラフィの頬を指でツンツンして遊んだりもしてみたところ、想像以上に柔らかく、カマエルは驚いた。きっと辰巳の意識が少なからず働いてしまっているのだろう。
しばらく突っついていると、異変が起きた。
そう、セラフィが起きかけてしまったのだ。
「うお!?」
そこで、声を出さなければいいのに、カマエル兼辰巳は、大きな声を出してしまった。
その影響で、セラフィが完全に目を冷ましてしまった。
「う・・・・・・、たっちゃん?」
当初は意識がはっきりしない。その為、カマエル兼辰巳が顔の側にあっても気が付かなかった。しかし、数秒後――
「なッ、顔が近い!!」
ドス! とカマエルnお顔面めがけてセラフィの渾身の右ストレートが銃弾のごとくつき放たれた。
「ぶほらべ――!?」
それを諸に喰らったカマエル兼辰巳。先程まではとんでもない戦いを行っていたのに、なぜか少女の右ストレートは交わせなかった。
そのまま、倒れていくカマエル兼辰巳を嘲笑うかのような表情で見てから、
「私を、舐めるなよ!!」
この緊迫した状況には似合わない台詞を吐いた。
すぐにカマエル兼辰巳は倒れた体を起こし、言った。
「痛ってーなーおい! こちとりゃ結構必死になってお前を守ってやってたのによ、何だよその言いぐさは」
ジト目で呆れたかのような顔つきになった。
「何をいっている。貴様に守られるほど私は軟弱では――」
そうセラフィが言った時、指を指された。もちろん、セラフィに対してではない、後ろをだ。
そこには無惨にも木っ端微塵になっている。テーブルやイス、それよりか、所々にクレーターのような溝だって出来ていた。
「・・・・・・・、は?」
セラフィは呆然とする。
訳がわからなかった。自分が意識を失っていた間に、一体何が起きていたのかが、想像できなかった。
「まあちーとやりすぎたけどよ、また来るぜ、キッシムっつー奴は。だからお前はそこにはここを動くな。一応お前さんも魔法を使えるみてーだが、ちんけなレベルじゃすぐに突破されちまう。俺が防御魔法を施しておくから、そこにずっといなよ」
それでもまだちっと。それより、セラフィは別のことに意識がいっていた。
「たっちゃん、何で魔法を使えるんだ?」
上半身だけ起こした状態で、考える。
前にも言ったが、今のこの姿は辰巳であって辰巳ではないのだ。そんなこと、今の今まで意識を失っていたセラフィは知らなくて当然だ。
カマエルはその事を一字一句間違えずにセラフィに教えた。
聞いた当初は信じられなかったが、無理矢理カマエルは理由をつけ、信じさせたというわけだ。
「で、だ」
話終えたカマエルは、中腰から立ち上がり、話題を切り出した。
「あそこに薄気味ワリー門があんだろ? それを閉じるのに力を貸してくれねーか」
グイ、と後ろを指差す。
それに、セラフィは尋ねた。
「何だあれは・・・・・・?」
その質問に、カマエルはあれか? と言うと、説明を始めた。
「ありゃあヴァルハラとここ下界とを結ぶ門だ。お前さんを軸に呼び出されたんだけど、まあ気を失っていたから覚えちゃあいねーだろうな」
「ヴァルキリーの力を使ってか?」
もちろん、とカマエルは答えると、セラフィの目付きが変わった。
「分かった。そもそも原因は私たちヴァルキリー家だろう。一族の失態はその一族が責任をもって解決せねばならんのだしな」
いやいや、そこまでアンタに責任はないから、と言うカマエルを置いて、セラフィは続ける。
「それで、何をすればいいのだ私は」
「まあ結果的に言うと、アンタはなにもしなくていい。ただそこで突っ立っていてくれればいい。それと、死体が一つ欲しいところだ。分かってる。嫌なのは分かるが、無いとダメなんだよ。いや、ダメか。俺はお前を守っている。それに、キッシムだってそのうち来るだろうから――」
むう、と考え込んでしまう。
待つこと数分。
「そうだな、やっぱ俺一人で行こう。どうせお前さんには防御魔法を使っているんだしな。外の状況を見ると夥しい残留魔力が散らばっていやがる。となると、さっきまで戦闘が行われていたみたいだしな。死体見るの嫌だろ?」
言うと、カマエルは消えた。虚空にだ。
カマエルは英国騎士団本部のありとあらゆる場所を探し漁った。
結果から言おう。
一応見つかったには見つかったが、
「無惨だなこりゃあ」
見つかったのは肉片――と称しても違和感を感じさせないものだった。
体の一部であるが、それがどこであるかが分からない有り様だった。
「これさすがにあいつに見せたらヤベーな」
どーすっかなー、と思考を巡らす天使がそこにはいた。
例の大ホールに戻ったらカマエルは、肉片を隠しつつ、遠くからセラフィに言った。
「あー、いいか? お前はなにもしなくていいからな。ここにいてくれればそれでいいんだ。あくまでヴァルキリーを呼び出すまでの仮のヴァルキリーがお前、
だと思ってくれればそれでいい。それと、何時なんどき、キッシムが襲撃してくるかわからない。だから、お前はそこにいるだけでいい」
動くなよ、と念を推してから、カマエルは作業にはいった。
まず、具現化されている《門》の前に 先程回収してきた肉片を落とす。
嫌な音が聞こえたが、カマエルは気にしない。
その後、さらに肉片の回りに魔方陣を書いていった。
「それは?」
セラフィの言ったことに、カマエルは即答した。
「まあ簡単に言うと、ヴァルキリーを呼び出すための、魔法だ」
視線は魔方陣を見つめたまま、作業は止めない。
「そうではない。その肉だ。それが何なんかを聞いているのだ」
うぎ、とビクつくカマエル。なんと説明したらいいのか分からず、そわそわし始めた。
「まあこれはあれだよ――そう! 鶏肉。特売セールがやってたから――」
「なわけあるか!!」
怒鳴るセラフィに、カマエルは仕方ない、と言い、頬を掻きながら確認を取った。
「怒るなよ」
「怒らん」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあ言う。これは人の肉だ」
ゾワ、とセラフィの背筋に悪寒が通った。
「言っておくが、冗談なんて甘ったるい話じゃねえぞ。この肉を使ってヴァルキリーを呼び出す。まあ正確にはこの肉片に宿っていた魂に用があるんだけどな。じゃ、始めんぞ」
言うと、カマエルは人間には理解できない不可解な言語を放ち始めた。
その時だった。
「させるか!!」
突如、声がかかる。
カマエルは構わず作業を続けるが、その声の主はそんなことも気に止めず、一気にカマエルとの距離を積め、攻撃魔法を繰り出した。
水。
それがこの魔法の表現方法に最も適していたに違いない。
洪水。
そうとも言える。
まさに水の嵐。それが、カマエルに向かって進んでいった。
「――efs――pixx」
カマエルは止めなかった。
だが、天使と言えど、さすがに人間の身を借りている状態で、この洪水を完璧に受け流すことなど無理だった。
いや、その前にそんなことする気すらなかったのかもしれない。
そして、この場に現れたのはキッシム=エライダムだ。
洪水で押し流されたカマエルは、大ホールの壁際まで移動していた。
「チッ、面倒なタイミングで現れやがる。お陰で詠唱が止まっちまったじゃねーか」
「貴様こそ、あれで何をしようとしていた」
「何って、そりゃあ一つしかねーだろうが」
「《門》の破壊、か」
まあそんなところだな、とカマエルは言った。
セラフィは唐突の出来事に、まだ頭が反応していないらしく、唖然とした表情で、カマエルが作り上げた防御魔法の中で座っていた。
「で、その肝心な《門》の破壊は出来たのかな?」
「ほざけ、オメーさんが強制終了させちまったんだろーが」
そうか、とキッシムは満足そうな表情を取った。
「それで」カマエルは言う。「対策は出来たのかい? まさかお前さんが何の策も無しにまた突っ込んでくるとも思えんから、何らかの策は用意して来たんだろ?」
「お見通しか。まあそんな事はどうでもいい。要はその策で貴様を殺せれば私の勝ち。そうでなければ貴様の勝ちというだけの事だ」
言うと、キッシムは瞬時に次の魔法陣を組み上げた。その早さに、セラフィは驚く。
「光と闇は対の存在、決して交わることのない純粋な輝きは天使のごとく。輝け!」
ピカッ、とキッシム中心に、強烈なまでの光が放たれる。
思わずカマエルも目を庇うように腕を持ってきた。だが、完全には光をシャットアウトできはしなかった。
しばらく、白いモヤが視界全体を染め上げるが、それも収まる。
(クソ、単純な手に引かかっちまった。あいつは――ッ)
辺りを見回すと、近くにはキッシムの姿は見当たらなかった。
(また逃げた――)
いや、と、カマエルは思った。
そう、いたのだ。このホールの隅に。
そして、キッシムは言う。
「天地鳴動さする時、世界はわかる。新しき生命が生まれしとき、旧なる存在は消え失せる。旧なる存在はカマエル! 新たな生命はワルキューレ! この世界に引きずり出せ!」
瞬間。
カマエルを中心とする場所が一斉に光始めた。
「まさか――ッ!?」
「そうだ。人間が作りだし禁断の魔法。禁忌魔法の内の一つだ!! いくら天使といえども、この攻撃を喰らって生きていられるはずがない!!」




