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ヴァルキリー家の娘事情  作者: たまご
第四章ワルキューレ
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カマエル

誤字・脱字がありましたら指摘をお願いします。


「正気か」

「正気も何も、その本人なんだから。じゃあ何か、俺はそのカマエルじゃねえのになれって言うのか? そりゃ笑えるな。さすがに俺たち天使でもそんな事はできやしねえ」

 天使。『神』の伝達係兼使い。様々な宗教で意味合いは違うが、まあいろいろとあるのだ。

 さらに、そいつが言ったカマエルというのは、決して『構える』と間違えてはいない。正真正銘カマエルだ。一字一句間違えてはいない。『神を見る者』という意味があり、十四万四千もの能天使の指揮官とも、一万二千もの破壊の天使を率いているともされている。そして、火曜日の守護天使ともされている。

 その天使が、本来は霊的存在であるはずの天使が、今ここで喋り、会話している。もちろん、この事事態、驚いてはいるのだが、キッシムが真に驚いているのはその事ではなかった。

 そうだ、天使が今現在ここにいるということだ。普通、天使は霊的存在として扱われている。ごくごく普通に生活していれば、それとは出くわさないはずだ。なのに、今それは目の前にいる。普段は人の目には見えない者とこうして喋っている。その事に驚いている。

「で、だ。さっきも言ったけど、この門を開けると天界とここ下界――いや、お前らは現界と呼んでいるんだっけ? まあそんなことは今はどうでもいい。俺が今聞いているのはそういうことじゃねえんだからな。戻そうか。開けたら、下手すると下界と天界が入り交じって大変なことになるぞ。本来、この空間と同じ座標位置に存在する天界が、その門を開けることによって天界と下界が繋がれる。するとだ」

 辰巳ならぬカマエルは、人差し指を立て、言う。

「混ざるんだよ。ここでいう違う色の絵の具と絵の具を混ぜたかのようにな。そうなっちまうと下界で天使が普通に見られるようになっちまう。ようは世界の裏表がなくなるっつー事だ。それでも、そうなってでも、この門を開かなきゃいけねー理由でもあるっているんか?」

 カマエルが尋ねると、キッシムは表情を強張らせた。

「それでも、やらねばいけない。その為に私はここまでやってきたのだ」

しかし、それを聞いたカマエルは、軽くあしらう。

「それ私情? だったらダメだな。いや、その以前の問題だ。そんなちんけな理由で世界のバランスを崩すような真似はしてもらっては困るな」

 言うと、近くに、未だに気を失っているセラフィを見て、近くに寄っていった。

「それくらい、自分たちでどうにかしろよな。お前らにはその魔法があるんだから。それで殺すなり言いなりにさせるなりどうにかしろ」

 カマエルは、そこらにいる暗黒組織(ダークマター)の面々を蟻を見るかのような呆れた視線を送ると、側にいるセラフィを担ぎ上げた。

「それと――」カマエルは言う。「自分たちの私情にこの子を巻き込むな。ヴァルキリーの末裔は思っている以上に危険だぞ。こいつらの力を使えば天界の征服も夢じゃなくなる。分かったな」

 その一言に、暗黒組織(ダークマター)の要員は息を飲んだ。

 逆らったら躊躇なく殺られる。

 そう本能が叫んでいたのだ。一種の防衛反応だろう。

 が、ここで止めるものがいた。

「行かせると思うか?」

 静かに、決してカマエルの威圧に臆することなく、キッシムは言った。

 しかし、その落ち着いた印象はすぐに消える。

「私たちが何年待ったと思っているんだ!! そんな世界がどうこうなろうと関係ない。あいつら、あの忌々しいクズどもを殺れればいいんよ!! その為なら何んだってやってきた! 一国にも等しいこの組織の存在を知り、魔法も必死こいて覚えてきたんだ!! ここで諦めろ? 無理だ、私たちは既にもう止まれない。やるしかないんだ」

 言葉は既に、絶叫の域に達していた。

「そして、我々は目的の為にこの組織を裏切った! 一国にも等しい組織を! それも、ヴァルキリーの末裔という存在を知ってからは、方法が分かってからはただただ待つだけの時間、この娘、セラフィが十四になるまでの時間。実に長かった。それを諦めろと、貴様は言っているんだぞ。出来るわけがない」

 それも、キッシムの意見もある程度は的を射ていた。復讐の為なら自己犠牲だっていとわない。覚悟は座っていた。しかし、しかしだ。それはあくまで私情だ。カマエルも言った。この門を開ければ世界のバランスが崩れると。そういう事が考えられるのであれば、その話はまた別だ。キッシムたちの目的に関係のない人たちも下手したら死んでしまう。だからカマエルは止める。正直、カマエルも面倒が臭いのだ。人間のいざこざに付き合っているなんて面倒くさい。だが、事がこの大きさだ。レベルは人間の考えている範囲を優に越していた。いや、まだ起こってはいないが、起ころうとしている。まだ未然の状態なのに天使が騒ぐほどだ。きっと門を開けてしまったら想像もつかない、想像も絶する出来事が、この世界飲み込むのだろう。

 だからこそ、カマエルは止める。

 だが――

「そこまでしてこの門を開けてーのか。分かった」

 カマエルは頷くと、殺気を込めた視線をキッシムに向けた。

「だったら俺を倒してから開けるんだな」

 その発言に、キッシムは背筋にゾクッ、とした寒気を覚える。

 しかし、キッシムは己の信念を貫くため、その場に踏みとどまる。

「皆はここから立ち去れ。巻き込まれるぞ」

 キッシムが言うと、暗黒組織(ダークマター)の面々はその場を退いた。

 ここに残ったのはキッシムとカマエルだけ。

 広大な空間に、静寂という名の時間が訪れた。

 人間対天使。

 聞いただけでも結果がわかってしまう。だが、キッシムは逃げなかった。

 キッシムは構えをとる。

「久々に本気を出そうか」

 微笑を浮かべるキッシムに、カマエルは、

「ほほう、本気とな。まあ実力を見せてもらうぜ人間さんよ」

 ほざけ、と天使に挑戦状を叩きつけた。

「ヴァージョンは人間が使う魔法に変換。これでよし」

 カマエルは、何やら作業をしたのだろうか、よくはわからないが、一言終えて、構えも取らずに戦闘大勢に入る。

 そして、音も無く、戦闘が開始された。


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