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ヴァルキリー家の娘事情  作者: たまご
第四章ワルキューレ
20/26

正体

誤字・脱字がありましたら指摘をお願いします。

五時間前まで老騎士会(ナイトマスターズ)が行われていた会場。

 辰巳たちはここにいた。

 だが、今ここは、瓦礫の森と化していた。

 粉塵が空中を自由に飛び回っている中、一人の人影が見えた。

 しかし、その人影は一つではなくなっていく。

 そう、瓦礫を押し退けて、気力を振り絞って瓦礫の中から這い上がってきたのだ。もちろん、彼らはここに監禁されていた英国騎士団の面々だ。出た人はまだ埋まっている人を助けるべく、瓦礫をあさり始める。

 その連鎖が続き、とうとうあの巨大術式の中、死者〇人という快挙にも、奇怪にも見えるまあ喜ばしい事態になったのだ。

 そのなかには、あの光をも吸い込んでしまいそうな綺麗な黒い髪の毛を持った少年――教授も例外ではなかった。

 仲間に命を救われたはずなのに、教授の表情はパッとしていない。むしろ、疑問。それが浮かび上がいた。周りの人たちは歓喜に浸っている。

 それなのに――


 ――何で僕は生きているんだろう?


 そう、考えていたのだ。

 無理もない。あの状況で、あの規模の術式を目の当たりにしたら死を覚悟し、この後生きているなんて考えられなかったのだから。

 教授は、その事を頭に入れながらも、辺りを見回した。

(辰巳は?)

 そう、辰巳がいない。

 大勢の人数がいるということは置いておいても、辰巳がいない。まだ見つけていない、ではなく、いないのだ。

 しばらく探すもやはりいなかった。

 そしてセラフィも――

 疑問は増える一方だった。


 一時間後、キッシムの言っていた時が今やってきた。

 女性がそう告げると、キッシムはイスから静かに立ち上がり、意気込みを飛ばした。

「時はきた。ここまで協力してくれた皆のものには感謝する。これから行おうとしているのは世界の改変だ。並大抵の事では成し遂げられない。命が惜しい者は抜けていい。別に抜けたからといって、制裁を加えるなんてそんな真似はしない。それでも、抜けたとしても、私はその者に感謝をする。同じ社会の卑劣な面を知っている者だ。だからこそ、ここまで着いてきてくれただけで充分だ。それでも、着いてきてくれるという者はここに残ってくれ」

 そう告げると、キッシムは深呼吸をし、もう一度、念のため、言う。

「もう一度言う。着いてきてくれる者はここに残ってくれ、これは任意だ。決して強制ではない」

 その目には、目標への、信念があった。自分の欲のためではない。

今まさに困っている、苦しんでいる人のために、行っていた。

 それは、キッシムも一緒だったのだろう。キッシム自身も同じ体験をした。詳しくまでは知らないが、同じ体験をしたからこそ、こういう危険を冒してまでも実行するのだ。ただの同情で、ここまでは出来ないだろう、普通は。

 そして、この場を動く者はいなかった。誰一人、キッシムが話始めたその瞬間にいた場所から、動かなかった。一歩も。それは、その者たちの意思の強さをも表しているのだろう。同じ体験をしたからこそ、起こすことができる。それほどまでに、卑劣な環境で育ったのだ。

 想像も絶する、劣悪な世界。そこに今苦しんでいる人たちを、又はその光景を、まるで舞踏会を楽しむように、見つめる裕福な界層に住む者たちへの復讐。それが、この暗黒組織(ダークマター)発足の理由。

 キッシムは、この場を離れるものがいないことを確認すると、

「分かった。皆協力してくれるのだな。これからしようとしているのは、このヴァルキーの血を引く女、セラフィーナ=ヴァルキーの現段階で溜まっているエネルギーを使って、ヴァルハラとここ現界とを繋ぐ《門》を具現化させる。この魔方陣はそのために、私が独自に開発したものだ。その為、成功する確証はない」

 言うとキッシムは、魔方陣の中央で寝かされているセラフィの前まで行った。キッシムは両手をあげた。それに合わせるように、バラバラに散らばった面々も、キッシムの真似をし、両手をあげた。そして、詠唱は始まった。

「開け、異界と現界とを繋ぐ偉大なる門よ! 戒めの鎖を解いて扉を開けよ! さあ!」

 言い終えた瞬間だった。

 キッシムのいる魔方陣の中空五メートルのところに、いきなりヒビが入った。虚空に、だ。さらに、ヒビは広がり、大きさを増していく。

 終いには、ヒビが入った一帯が砕け落ちる。

 そこに現れたのは《扉》――いや、これは扉なんかじゃなかった。


《門》だ。


 キッシムが言っていたのはこれのことだったのだろう。

 その門の回りには数体の天使のような美しい女性の像が刻み込まれており、大きさは十メートルを越える。

 キッシムは、その《門》を見ると歓喜に、そして、奮起に浸る。

「これがヴァルハラと現界とを繋ぐ門!!」

 これが、キッシムが長年追い求めてきたものだった。

 そして、行程は最終段階に突入する。

「開け、ヴァルハラへ繋がる門よ。美しく、華麗なヴァルキリーはここにいる。エインヘリャルを導き、ラグナレクへの戦いに励む勇姿ある者たちを導け、この現界に!! そして、戦え。世に蔓延る人喰い共を。そのために、汝ら法を犯し、戦うのだ!! ヴァルハラにてもてなされた恩をここで返せ!! そして、結束しろ!」

 言うと、キッシムの言動に促されたのか、門が開きかける。

 扉と扉の間から、嫌な空気が流れ出す。冷たい、残酷なイメージさえ覚えさせられる。

 キッシムも、その光景を、ただただ呆然と立ち見していた。

 他の面々は距離をとっていても怯えている。英国騎士団内で、『騎士(ナイト)』という名誉ある称号を持っている猛者たちでさえこの有り様だった。ただの一般人である辰巳がこの光景を見たら、腰を抜かすでは済まない事態になるだろう。

 しかし、そんな恐怖溢れる空間で、キッシムだけは違った。さっきまではただ驚き、見上げているだけだったが、今はもうその驚きはなくなり、興奮していた。

「ついにあの忌々しい連中を、殺れる!!」

 そう叫ぶ。

 その言葉には、喜びの感情もあった。

 その後も、門はどんどん開いていき、冷気もまた、滝のように流れ出ている。

 その時だった――。

 後もう少しで、戦死者――エインヘリャルが出掛けている扉を、何トン単位とかそんな次元も超越した重さを持つ扉を、意図も簡単に閉めるやつがいた。

 影は見える。だが鮮明な姿は見ることができない。

 そいつは扉を閉める。

「ダメダメダメダメ。これ開けたら世界のバランスが崩れるぞ。分かってやってんのかお前」

 閉めると、そいつは五メートルの高さから飛び降りた。

「誰だ」

 しかし、キッシムは動揺する素振りも見せず、シルエットしか見えないやつに声を掛ける。

「俺か? 俺は――」

 言葉が濁った。言いづらそうに頬を掻くと、

「まあ何て言うのか、多田野辰巳と言えばいいのか」

 多田野辰巳? と首をかしげているキッシムに、自称辰巳はさらに続ける。

「まあ確かに俺は辰巳何だけど、あくまでそれは今の俺の仮の宿り主であって、本来俺は辰巳じゃねえんだ。そもそもこの間下界に堕ちてこなければこんな事態にはなんなかったんだけどよ。まあ堕ちちまったもんは仕様がないからな」

 しゃーないしゃーない、と気軽に答えた。

 キッシムは疑問をそいつにぶつけた。

「貴様は誰だと聞いているんだ」

 そして、そいつは答えた。

「俺は――」

 キッシムの表情が、驚愕色とも言える色で染まった。


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