オーディンの怒り
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どことなく、ぎこちない気分だった。
辰巳は静かに目を開けた。
あの時、首に強い衝撃を受けて以来の記憶がない。どうやら気を失っていたらしい。そう、自覚すると、開けた目に、目映いほどの光が差し込んできた。
「?」
最初はまだ光に慣れず、ぼんやりとした、焦点があっていない物体が複数見えた。次第に光にも慣れ、その物体が鮮明に見えてくる。
それは、人だった。幾人もの人が、そこにはいた。
辰巳ははっきりとしない頭で考える。
(そういやあセラフィと教授は?)
そう考え、辺りを見回すと、辰巳の側にはまだ目を覚ましていない教授がいた。
辰巳はすぐに教授を起こそうと手を使い、揺すろうとするが、
(動かない?)
そう、手足が縛られていたのだ。これは教授にも共通していた。ここにいる幾人もの人たちも、だ。
それに気が付いた辰巳は、仕方なく、体を教授に寄せるような形で揺することにした。
「教授。起きろよ」
すると、教授はいきなり奇声をあげた。
その表情は恐怖に染まっていた。
「だ、大丈夫か?」
あまりの事に、周囲にいた人も、思わず視線をこちらに向けていた。
「うん、ちょっとね。さっきのことを思い出しちゃっただけ。ごめんね、心配かけちゃって」
いや構わねえけどよ、と返す辰巳。
「で 何を見たって言うんだ? 俺はすぐに気を失っちまったからよ。何が起きたかすら分からない」
その問いかけに、教授は答えた。
「さっき僕が見たのはキッシム先生だったんだ」
「キッシム先生? でも、牢に入れられてたんじゃ」
「多分抜け出したんだと思う」
少し困った顔つきになり、教授はさらに説明を続けた。
「それで、そのキッシム先生の腕のなかにセラフィがいた」
なるほど、だから後ろにはいなかったのか、と辰巳は勝手に自分の疑問に結論を付けた。
「それじゃあ、セラフィはどこに・・・・・・?」
辰巳は周りを見渡した。
だが、セラフィの姿はどこにもいない。遠くの方も見渡してみたが、あの城の天守閣を連想させる綺麗な金髪は見当たらなかった。
「教授、セラフィも連れてこられたのか?」
教授は首をかしげた。どうやら知らないようだ。
「僕は知らないよ。君と一緒に気絶していたからね」
そうか、と力なく答えると、やけに大きな声が辰巳の耳に入った。
「ご機嫌よう皆様。多忙なお仕事の中、お越しくださいまして、まことにありがとうございます」
言ったのはキッシム。お馴染みの黒のロングコートに身を包んでいる。
その発言に、多数の野次が飛んだ。しかし、キッシムは動じない。
キッシムがいるのは先程の老騎士会が行われていたとき、四人の人が席を取っていた場所だ。
そして、柔和な笑みを浮かべるキッシムは、さらに言う。
「ここに連れてきたのは他でもありません」
今度言ったのは『お越しくださいまして』ではなく『連れてきたのは』と言った。これはつまり、ここにいる全員にキッシム=エライダムが暗黒組織のリーダーであることを証明つけてしまう。なぜなら、その連行してきた事を知っていて、さらに手足を縛られていないからだ。
「今ここに、私たちの手中にある人物がいます」
上げた拳を握りしめ、達成感のある表情をとった。
辺りの英国騎士団団員は静まり返っているのは言うまでもない。
「これから私は世界を創り変える。この腐った下らない社会をな。貴様らはその礎だ。光栄に思って死ぬがいい」
言うと、キッシムは虚空に消え、代わりにこの会場の天井部分に奇怪な魔法陣が浮かび上がる。
それを見た者たちは驚愕の色に染まる。
辰巳は何がなんだか分からない。即急に教授に聞く。
「何だよあれ?」
辰巳が聞いたとき、教授は表情を変えずに言う。
「『オーディンの怒り』」
オーディンの怒り? と聞き返すと、教授は説明する。
「光の神であり、オーディンの息子であったバルドルがロキに騙されてヘズに殺されるんだ。それで、父であるオーディンは巨人の女の予言に従って、復讐者となる息子ヴァーリを女性リンドに産ませた。ヴァーリは一夜にして成人し、復讐の対象であるヘズを殺した――という北欧神話の話があるんだ。そのオーディンの怒りを復元させたのがこの『オーディンの怒り』。これでも小さい方だけど、ここにいる人間くらいは簡単に跡形もなく消滅させつだろうね」
そんなバカな、あきれてしまう。だが、これはもう紛れもない事実であった。どんなに否定しようと上にはその『オーディンの怒り』がある。例え、この中の誰かが術式を消しにかかっても不可能。それに、ここから逃げたとしても爆風などに巻き込まれて御陀仏だろう。
「そんじゃあもう・・・・・・」
諦めかける辰巳に、教授はさらに追い討ちをかけるように言う。
「もう無理だね。この縄も魔法でコーティングされていて、そう簡単には外れないだろうし、この会場のドアは鍵がかかっているだろうからね。でも、あの大きさでは一人では開けることができない。そう考えるともう手だてはない」
一難去ってまた一難。これほどまでにこの熟語があう状況は生まれないだろう。
縄もとけない、ここからも出ることができない。負の連鎖、ここから先に在るのは『死』だけだ。
「ふざけんなよ。なんで俺がこんなんに巻き込まれなきゃいけねえんだよ。何だかバカバカしくて笑えてくるよ。なあ、教授?」
目には輝きが失われている。
「もう――」
教授がそう言うと、天上に発動していた術式――『オーディンの怒り』が輝き始める。
青白く、不気味に。そして、変に思われるが、綺麗にもあった。
辰巳はもう生きる統べを失った。
そして――




