脱走
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辰巳、セラフィ、教授の三人は、とある部屋の隠し部屋に身を潜ましていた。だが、その部屋の造りは安易なものではなかった。
壁中にはたくさんの機材が設置されており、本来の壁をお目にかかることはできない。冷房は聞いているが、それはあくまで機材から出る熱を押さえるためのものだ。さらに、ぱっと見は普通の部屋の壁をくり貫いて造ったかのように見えるが、実際、そうではなかった。その普通の壁と、この隠し部屋との間には超鋼合金が五十センチに渡って組み込まれている。
そんな中、辰巳は恐怖を感じながら、隠し部屋の隅っこで震えながら正座をしていた。
「セラフィ、無理にここを出なくてもいいんじゃねえか? かえって危険が高まるだけだと思うんだけど」
その怯えた質問に、セラフィは丁寧に答えた。
「確かに その考えもあるな。しかし、こことてずっと発見されない訳でもない。いずれは見つかる。やつらはきっと英国騎士団全員を捕まえる気だ」
その表情は険しい。
「だから、こんなところで呑気に匿っていても無駄だ。だったら、早々にここ、英国騎士団を出てしまえばいい。あとは私の家のコネを使って各支部に連絡し、応援を呼ぶしかない」
それに、教授からも賛成の意見が出た。
「セラフィの言うとおりだね。僕も賛成だよ? 辰巳さんはどうするの? ここに残るかここから逃げるか。多分、ここにいたら死んじゃうかもしれないけどね」
ゾク、と辰巳の背中を嫌な寒気が襲う。
今までそんなものとは無縁だった辰巳が、今まさに『死』について感じた瞬間であった。
「どうする。残るのか? なら構わんが」
辰巳は考える。
これからどうすればいいのか。先程もセラフィが言ったとおり、ここにいれば安心という保証はない。いずれは見つかる。だからといって、ここを出るのもリスクを伴う。確かに、セラフィの言ったことを実行に移せればこの反乱を押さえることが出来るだろう。だが、出るまでが危険だ。教授がハッキングしたカメラにも暗黒組織の面々はいた。したがって、脱出ルートでそいつらと出くわしてしまう可能性もあるのだ。
そう考えると、『危険』という二文字が辰巳の意思を決定させない抑止力となってしまっている。
「・・・・・・」
何も分からない。
辰巳は混乱する。
自分の決定一つで明日の日の光が見られるか否かが決まってしまう。
「どうするんだ。早くしないと置いていくぞ」
分かっている。だが決められない。だったらどうする。ここにいても仕方がない。
辰巳は無理矢理士気を奮い上がらせる。
「・・・・・・ない」
「?」
「俺も行く。だから連れていけ。いいんだろ、行っても」
その答えに、セラフィはただ首を静かに縦に動かした。
こうして、辰巳は脱出する選択肢を選んだ。
「だったらこうもしていられない。教授、すべての防犯カメラへの映像をパソコンに映し出せ。あと、私たちがいる近くの防犯カメラを優先的に最前列のウインドウに置いていけ。それを頼りにここから脱出していく」
てきぱきと順序よく作業を進めていくセラフィ。
「教授の準備が出来次第、ここを発つ」
『無色の掛布』は魔力感知が出来る相手には通用しないとライリーは言っていた。なぜなら『無色の掛布』は魔力を全身に覆い、発動させる魔法だからだ。原理は体の周りに魔力を充満させ、その魔力の振動させることで、光の屈折率を変更させ、認識をずらす、ということだ。つまり、魔力感知できる相手には体の周りに充満している魔力を感知させられ、気付かれてしまう、ということらしい。
しかしセラフィはその事を知らなかった。確かに、魔力を全身に覆い、発動させる魔法だということは知っていたが、ライリーに指摘されるまで 無色の掛布の欠点には気付かなかった。
そのため、今回の脱出ルートを快走するためには生身の状態で駆けなければいけない。まあ裏を返せばそれはそれで良かった。知らずに使用していたら敵に見つかっていたからだ。
今、辰巳がいるのは隠し部屋から出た部屋だ。シンプルな作りのため、人が一人でもいると目立つ。
教授は近くの防犯カメラに何も映っていないことをセラフィに伝えると、ついに動き出す。
まず、セラフィは部屋のドアまで摺り足で行くと、念のため、首だけを出し、辺りを確認すると、こちらに腕を使って合図を出す。それ確認すると、辰巳たちも出来るだけ摺り足で出口を目指す。
セラフィは先頭に、次に辰巳、最後尾には教授という列で今は行動している。
『そのまままっすぐのところに曲がり角が見えるよね。その曲がったところに敵が一人いる。多分「騎士」クラスの人だと思う。見つかったら終わりだよ』
声は教授。しかし、セラフィの耳からだ。これは、教授の隠し部屋にあった通信用のイヤホンを、付けているからだ。三人とも、これを装着している。
『分かった。今そいつはどこを向いている?』
『北側ってところかな。逆方向だよ』
よし、とセラフィは小声で言うと、曲がり角まで一気に近づく。
『どうだ?』
『大丈夫、行くなら今』
すると、スサッ、とセラフィは物陰から飛び出し、無事に向こう側に辿り着く。
次は――
『用意はいいかたっちゃん。出来るだけ摺り足でだ』
頷くと、辰巳は深呼吸をし、物陰から飛び出す。
暗黒組織の要員であるフィード=チャールズは暇そうに英国騎士団本部のとある廊下を見張っていた。
チャールズは面倒そうな溜め息を一つ着くと、
(暇だー。どうせ誰もいねーのに、何でキッシムさんは監視しろなんて指令だしたんだろ? もう全員確保したんじゃねえのか?)
そう思いながらタバコでも吹かそうと、ポケットに手を忍ばしたとき、ふと、背後に気配を感じた。
思わず振り返るが、何もない。
(気のせい、か?)
辰巳は向こう側の壁にもたれ掛かっていた。
(やべー!! 死ぬかと思った!!)
出来れば叫んでいたところだが、今はできない。
隣からセラフィが笑いかける。
ひとまず安心する辰巳。
残るは教授のみ。
まあ難なくクリアし、次へと進んでいく。
『やっと中間地点といったところだろうな。事前には伝えてあると思うが、私たちが向かっているのはあの出口ではない。排水溝だ。地下といえど排水溝くらいはある。そこを目指す』
セラフィは前を向きながら、無線を入れた。
『教授、一応言っておくが、ここら一帯のカメラはウインドウに映しているんだろうな』
その質問に、もちろん、と答えた。
それからは、先程の行動をひたすら繰り返した。ときたま天井に張り付きながらの移動もあったが、まあ何とかクリアする。
そして、しばらく進んだ時の配列は教授、辰巳、セラフィという順番だ。何だかんだで入れ替わってしまった。
『ここ?』
教授は進めていた足を静かに止めた。
目の前には小さな横穴らしき円状の蓋があった。
『そうだ』この距離ではもうイヤホンの効果はなしていない。『この穴はイギリスの地下にある下水道と繋がっている。ここを潜り抜ければ――』
辿り着けるのだ、地上に。
「セラフィ――」
辰巳は振り向く。
しかし。
そこにはセラフィの姿が跡形もなかった。
「え・・・・・・?」
頭が真っ白に染まる。
何でいないんだよ。
その時だった。
「うわ、ああああっ!」
教授の悲鳴が後ろから聞こえた。
辰巳は瞬時に教授の方を向いた。
いない。
(なんなんだよこれは!!)
そう思ったとき、ドス、と首筋に衝撃が加わった。
辰巳の意識はそのまま闇へと落ちていった。




