いざ、英国騎士団へ
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そして、待ち合わせ場所なのか、一台のハイヤーが待ち構えるように辰巳たちの先に停車する。
それに、セラフィが躊躇なく乗車するので、辰巳も習い、乗車する。
「キッシムさんから頼まれてね。窮屈ですまないね」
「いえ、送っていただけるだけ感謝です」
そうかい、と笑顔で返すと、運転に意識を集中させるドライバーさん。
しかし、それが何の会話なのか、辰巳は知るよしもなかった。
数十分後、辰巳たちを乗せたハイヤーはバッキンガム宮殿の前で止まった。
「すまない、ここからは歩いていってほしい。さすがにこの車で裏側まで行くと目立つのでね。まあイギリス一、つまらないアトラクションを楽しむといい」
イギリス一、つまらないアトラクションをどう楽しめというのだ、という疑問に思うかもしれないが、まあ言葉の綾だと思っていただければ幸いだ。
ハイヤーを降りた二人は少し会話をした。
「ちょっと外せ」
どうせ聞こえないと分かっているセラフィは、口に出しながらも動作で辰巳に促す。
「何だよ?」
動作の意味を理解し、イヤホンを外す。
「これから入るが、いまから追加の注意点を話す。一応、昨日貴様は私の彼氏という設定になっているということを言ったな」
「ああ、聞いた」
「だが、そんな馴れ馴れしくするな、私が促したときだけ彼氏っぽくしろ、いいな。合図は私が腕に飛び付く。そうした場合にはイチャイチャ度をアピールしろ、分かったな?」
「・・・・・・、多分」
まあできれば使わないようにしたいものだな、と愚痴を溢すように言ったのを聞いて、辰巳は少し肩を落とした。
少し歩き、到着したのは昨夜にも来た従業員が使っていそうなドアの前である。
時は既に午前九時を回っており、暖かくなってきた。
しかし、そんな平穏な時は今はどうでもいい。むしろ、邪魔になるだけかもしれない。
今からしようとしているのは半ば英国騎士団に対する反乱だ。身内に敵のリーダーがいるなんて発言したら笑の的にもなる。それで終わればいい。だが、最悪の場合、死にいたる可能性だとて捨てきれはしない。
そんな緊張感溢れる中、セラフィは堂々と辰巳の前を歩き、英国騎士団本部へと進行している。
「・・・・・・」
辰巳はその後ろをただ黙々と着いていく。耳にはイヤホン、音が聞こえないように、耳に入ってこないようにするための言わば兵器だ。
ウォーキングマンは辰巳のズボンのポケットに入っていて、どこから見てもそこらにいる若いあんちゃんだ。
辰巳たちはエレベーターの前に到着する。
セラフィは動作で『イヤホンをはずせ』と促す。
「何だ?」
「いや、まあちょっとしたことだ。これからしようとしているのは半ば英国騎士団に対する反乱だ。うまくいけば成功だが、まあ失敗したら――」
言うまでもないだろう、と付け足す。
それに、辰巳も静かに首肯する。
エレベーターに乗り、慣性の力が働き、体に気持ちが悪いような浮遊感を感じながら、本部に入る。
昨日と同じ場所まで行くだけだった。
だが、それが異様に長いような気もする。ただ、辰巳はセラフィに言われた通り、立っているだけでいい、しかも耳には念を入れてのイヤホンだ。多少は気を使ってくれているのだろう。それでも、人は考える。考えようとするのを辞めない。寝ているときでさえ、きっと人は考えているだろう。
もし、会話が始まっても、辰巳の『知りたい』という好奇心がなくならない限り、その会話を聞きたい、と考えるのもやむを得ない。そうしたら顔に出てしまう。それ命取りとなってしまう。
こう考えてしまったら、終わりだ。
そして今辰巳はそうなりかけている。
そのまま二人は昨日も来た、木製の高さ二メートル超えの扉の前にたった。
セラフィの顔つきは悪くなり、一度深呼吸をする。深呼吸の効果ありか、顔つきが多少、柔らかくなる。
その心境は計り知れないだろう。
セラフィは静かにその扉を開ける。
ギイ、と耳にさわる音がその先に存在する部屋に響き渡る。
「? 来たのかい。随分と早いお出ましだね、僕の予想では昼くらいに来るかと思っていたんだけど」
キッシムは机に座り、読書をしていた。その本をすぐに閉じる。
「それまでに重要な用件だということです」
「そうか、そうだったな。あの冷静沈着な君が、一人で何でもこなしていた君が僕に助けを求めるということは、それなりの資料なんだね?」
はい、ときっぱりと答える。
それと同時に、セラフィは懐から封筒を取り出した。
「それが――」
「ええ。そうです。これが『暗黒組織』と我々が読んでいる組織に関する資料です」
「何だと!?」
聞いた瞬間、驚愕の表情を浮かべるキッシム。それからは、本当にこの人がリーダーなのか、と疑問を持たせるほどのものだ。
だが確信は持っていなかった。これはあくまで敵側である七人の魔女たち(セブンシスターズ)からの情報だった。だから、百パーセント信用できる代物ではない。だが、キッシムをリーダーとして仮説をたててみると、奇妙なほどに行動時間やらなにやらが当てはまってしまう。だからこそ、疑ってしまう。たとえそれが自分の恩師であろうとだ。
人間の心理なんてものは単純だ。喜怒哀楽が皆平等に存在する。だが、現段階ではセラフィの心情に『楽』と『喜』という感情はなかった。あるのはそれ以外。負の感情のみ、それがセラフィの心を支配していた。
『怒』――自分へ対する怒り。何でこんなことを知ってしまったんだという意味での、だ。
『哀』――キッシムへの哀れみ。なさかこんな形で出会ってしまうとは、と久方ぶりの再開に、哀れむ。
その当の本人であるキッシムは、セラフィが渡した封筒の中身を見て、驚きを隠せない表情をしていた。
「それで、この情報の元は?」
顎に手をあて、疑問をセラフィに投げる。
「信じられないかもしれないんですが、情報元は七人の魔女たち(セブンシスターズ)です」
その一言に、キッシムはまた驚く。
「そうか、でも、確信は持てないわけだな。なんせ相手は英国騎士団と対立している組織だ。その一員から手渡された、というのが引っ掛かるな」
顔を険しくし、考え始める。
セラフィはようやくここで第一段階とも言える通過点をクリアした。この写真が偽物ではないと、信じこませることができたからだ。
そして、さらにセラフィは続ける。
「だから、先生にご鑑定していただこうと考えたのですが、どうでしょう?」
「ああ、判断は正しいな。これを一人で解決しようとするには無理がある。しかしどうしたものか」キッシムは困った顔つきになり、頭を軽く掻く。「悪いがこれでは私にもどうすることができん。そうだな・・・・・・では、こうするのはどうだ」
良い策でも見つまったのだろうか、ハキハキとした声色になる。
「今から数時間後に、ここ英国騎士団本部で『老騎士会』がある。そこで、この資料の信憑性についての議論をしてもらおう。どうだ?」
「そうですね。このレベルの情報なら、臨時パスもとれるかもしれませんし」
決定だな、とキッシムは付け足した。
この会話を聞いていると、セラフィが立てた仮説が瓦解しておくように思われる。やはり、この情報は偽のものだったのではないか、と。七人の魔女たち(セブンシスターズ)は端から偽の情報を流し、英国騎士団が騒ぎ立てるのを高みの見物で悠々と見遊ぶつもりではなかったのだろうか。
しかし、セラフィはその考えを今持っている精神力を用い、否定する。だが、完全にまではいかない。半信半疑、そのくらいで止めておく。あくまで仮説。その域を脱しない限り、仮説はいつまでたっても仮説のままだ。
キッシムとセラフィの議論はすぐに終わった。
会話も終わった事だし、とセラフィはジェスチャーで辰巳にイヤホンを外すように促す。
「そういえば、何でたっちゃんさんはイヤホンをつけていたんだい?」
たっちゃんさんて。がっかりする辰巳を無視し、セラフィは言う。
「ただの音楽バカですよ」
「なっ! ただの音楽バカとは何だ! お前――ムム!!」
突如、辰巳の言葉が濁る。いや、正確にはセラフィに口を塞がれた、だ。
形相が険しい。背中にキッシムを預けて、セラフィは口を押さえたのだ。
「どうしたんだい、いきなり」
いえいえ何でもないんです、ね? 表面上はモデルのような可憐な微笑みをしているのだが、絶対裏では滅茶苦茶怒ってるよ、と内心ヒヤヒヤな辰巳であった。
その後、キッシムから驚きの提案が生まれた。
「どうだい? まだまだ議会までは時間がある。そこらで食事でもいかがな? もちろん、たっちゃんさんもご一緒に」
笑みを浮かべながら招待してくれているキッシムに、悪いと思いながら訂正をした。
もうたっちゃんさんじゃなくて辰巳って呼んでください、と。
顔から火が出るような思いであった。
その受け答えに、キッシムは笑いながら、
「なんだい、君の名前は辰巳と言うのか? はじめて知ったな」
そして、特にこのやり取りとは関係のないセラフィまでも、
「貴様っ! 辰巳という名前があったのか!?」
これはものすごく傷つく答えだ。
まあとも知れず、二人の誤解を解いた辰巳たちご一行は、食事をとるべく英国騎士団を後にした。




