ホテルでの一晩
サブタイトルに惑わされないでください。
セラフィが辰巳を引きずって連れていったのはホテルの近くにあった公園だ。
今何時だ? と思う読者もいるかもしれない。ちなみに、いまはイギリス時間――本初子午線に則って言うならば午前一時過ぎだ。辺りに人影がいないのは当たり前の時間帯。
そこで、ベンチに腰を下ろしたセラフィが言う。
「ここに連れてきた理由は簡単だ。盗聴されると厄介なことになるからだ」
その口調は妙に冷静だった。
「貴様にも言ったはずだな、英国騎士団に行く途中のエレベーター内で。あれに関連する――いや、もろに当たっている内容だ。『暗黒組織』のリーダー、魔王に関する事だ」
『暗黒組織』。今現在、英国騎士団が血眼になって捜索している組織。長い間一国家にも等しい組織から逃れている。そんな組織の、しかもリーダーについての情報だ。ここに英国騎士団の団員がいたら『手柄だー!』と言って金を払ってでも手に入れたい情報に違いない。団員だけではない。英国騎士団そのものが欲している。
「何だか言うのが嫌になってきた」
珍しい言葉だ。
「しかし、言わなければ鬱にもなりかねんからな・・・・・・」
ふう と一度深呼吸をしてからもう一度話す。
「いいかたっちゃん、これから言うことはすべて他言してはいけない。それは例えキッシム先生だとしても、貴様の母上にだろうとだ。それまでに重要な情報だ。いうなれば国家機密にも等しいものだ。心して聞け」
「ちょっと待ってくれ」辰巳は両手を前へ付きだし、一旦話を止める。「そもそも何で俺になんだ? そんな大事な情報、俺なんかよりキッシム先生に言った方が百倍いいに決まってるだろ!? それを置いても俺に話すべき情報なのか?」
もっともな意見だ。
そんな情報、一般人の辰巳に言っても何の幸もなさない。むしろ危険さえ及ぼすかもしれない。例え辰巳が知って、誰にも言わないとしても、セラフィたちには読心術があるはずだ。それを使われたら辰巳が知っているその重大な情報もたちまち広がってしまう。
それを考えての発言なのだろうか。
「いや、キッシム先生に話すより、貴様に話した方が安全だろう。貴様は一応私の彼氏という設定になっている」
「え・・・・・・?」
目がゴマになる。それくらい呆気なく意表をつかれたかのようなかいとうだったのである。
「多分、キッシム先生は貴様には読心術は使わないだろう。なんせ相手は一般人、使っても何の利点もないだろうからな。まあここに来た時点で一般人ではないだろうが、魔法も使えないのは我々にとっては一般人も同じだ。それに、自分で言うのもなんだが、私はキッシム先生の愛弟子だ。あちらは完全に信用している。まさかこの重大資料が『暗黒組織』に関するものだとは思うまい」
「何だよ、それ。俺が言うのは何だが、捉え方によっては、まるでキッシム先生が魔王みたいな言い方じゃねえか!」
「そうだその通りだ」
暗かった理由はこれなのだろう。
恩師が魔王。
セラフィは完全には七人の魔女たち(セブンシスターズ)による情報を信用したわけではない。半信半疑だ。
それでも、その考え、そうなってしまった場合の想定はしなくてはならない。
灯台もと暗し。
それなら、暗黒組織がこれまで追っ手から逃れ来た理由にもなる。
つまり。
辻褄が合ってしまうかもしれないのだ。
これはよもや偶然とはいいがたい。
それに、キッシム先生は魔法の腕も一流だ、とセラフィが言っていた。それも考慮するとやはり、この考えがありうる可能性は高くなってしまう。
「でも、そんな簡単に信じちまっていいのか!? キッシム先生はお前の恩師なんだろ? だったら、まだ断定したわけじゃ――」
「違う」セラフィの表情が暗くなる。「私が言ったのはあくまでこの仮説を頭の中にいれておけということだ。いつでも対応できるようにな」
でも、と反論材料を探そうとする辰巳だったが、見つかるわけなかった。辰巳がこの世界のことを知って、まだ一日と経っていない。むしろ、たった一日程度でここまで巻き込まれていること事態がおかしいのだ。
したがって、今の辰巳に反論材料など見つかるはずもない。
「・・・・・・」
黙りこむ。
しばらく、その公園には静寂が続く。
冷たい風も何度か吹いたが、今の辰巳にとってはどうでもよかった。
「話はこれでおしまいだ。いいか、くれぐれも他言するんじゃないぞ」
ベンチから立ち上がり、セラフィはそのままホテルへと戻って行く。
その後ろ姿は、どうにも小さく見え、どことなく、大ききも見えた。
その後、辰巳も仕方なくとホテルに戻ることにした。
戻ったあとは、特に二人とも喋ることなく、寝床についた。
事前にシャワーだけは浴びておいた。
やはり、この間の朝とは違う違和感が、辰巳には感じられた。
翌朝、辰巳はとあるホテルのスイールームの洗面所にある鏡の前で自分の顔に刻み込まれた傷を擦っていた。
「いってーなクソ。別にあそこまで徹底的に殺んなくてもよかったんじゃねえかよ」
イテテテテ、と傷を擦りながら、愚痴を漏らす。
「悪かったな。まあ貴様があそこで寝ていたことを後悔しろ」
後ろから声がかけられた。
かけたのは、もちろんセラフィだ。
辰巳をひょんなことで大事件に巻き込みかけさせている張本人だ。
「後悔しろ・・・・・・って、お前が入り込んできたんだろ?」
セラフィは洗面所入口付近の壁に、背中を預け、少々顔を朱色に染めていた。しかも腕は組んでいて、『動揺してなんかないぞ私は!!』という感がもろに感じられる。
しかし、セラフィは辰巳の解答に、うっ、と顔をしかめた。
「それで一方的に攻撃されるって、イジメじゃん」
「な――ッ! そもそも、貴様が私に着いて来なければこのような事態には発展しなかったであろうにようは貴様が悪いのだ!」
「つーかどんだけ話の内容昔に戻してんだよ!」
知ったことか! と叫び、その場を去ってしまった。
(どう考えたってアイツが悪ぃじゃんかよ)
ふて腐れながらも、辰巳は早朝のことを思い出した。
時は少々遡り、まだ日が昇りかけている頃のことだった。
スースーいい感じに眠っていた。
「まだまだ行くぞっ! うおおおおおおおッ!!」
どうやらファンタジー系の夢を見ているっぽい。
辰巳はフカフカのベットの上で、庶民顔負けの寝相の悪さで掛け布団を抱き枕にして寝ていた時のことだった。高級ホテルだけあって、寝巻きも用意されており、今はそれに着替えて寝ている。
「よし、ざまあ見ろ・・・・・・大魔王」
ボス戦も終わり、夢も終わったときに、
ふと、辰巳にいい香りが鼻に誘い込まれた。
それは、夢を見ていた辰巳にも不快感を与え、目を覚めさせてしまった。
「・・・・・・」
まさかの事態に思考を停止させる。
それから暫時。
「あのーセラフィさん? 何で俺のベットに寝ていらっしゃるんですか?」
バカだった、とこの事を洗面所に来て思うのであった。
「ん、んん――」
そんな辰巳の問いかけに、セラフィは小さく答え、ふと疑問に思う。
――何でたっちゃんの声がすぐ隣から聞こえるんだ? と。
そう思ったセラフィは機嫌ながらも重い瞼を持ち上げ、確認をした。
「おーいセラフィさん?」
やっぱり、と。
確信をしたセラフィは顔が熱くなるのを自覚しながら、ベットの上に置いてある拳に力を入れ、
「なななな何で私のベットに貴様がいるのだ!!」
思わず辰巳をボコボコにしてしまったのであった。
そして時は現在に戻る。
今はもう傷のことは忘れて、朝食を済ませた辰巳とセラフィ。今はホテルをチェックアウトし、英国騎士団へと向かっていた。
「ふわー。まだ寝みーわ」
あくびをしながら辰巳は目尻に涙を溜める。
「貴様が変なことをしたからだろ!」
まだ根に持っているようだ。
「もういいだろ、その事は。なっちまったことはしょうがないし、過去は変えられない。変えられるのは未来だけだ。で、どうすんだ。言いにくいけどさ。キッシム先生の事」
「どうするもなにも、まあ――」
この話題になると、やはり暗くなる。
「そういやあ、キッシム先生に資料渡すんだろ? どうすんだよ」
街中を歩く。
朝だというのに、もう車がちらほら走っているのが見える。
「そのことなら心配ない。資料の中身は写真だ、キッシム先生のな。だが、写真は事前に別途の物と取り替えてある。それがこれ」
セラフィがどこからとなく取り出した封筒の中から出てきたのは縦一五センチ、横十センチ程の写真だ。そこには若い男性の顔が写っていた。
「コピーしておいたのだ。ちなみにこれはビジュアル系ロックバンド『Galaxy dust 』。マイナーなユニットだから嘘とばれてもなんとかなるだろう。これをキッシム先生に提出する。いいか、ここで言っておくが、貴様は英国騎士団に到着しだい、一言も声を出すな。駆け引きはこちらでする」
「分かった」
反論はしなかった。
事の重大さが、少なからず辰巳にも伝わったのだろう。
「そこで、変に会話に反応されては困るので、このウォーキングマンで、音楽を大音量で聴いていてほしい。いいか?」
またどこからとなく取り出した。
手には小型の音楽プレイヤー。それを辰巳に渡す。
「もちろん、要は会話内容が、聞こえないような音量で、音楽を聴け、っつう話だろ? 素人が下手に聞いて、表情で判断されたら困るんだろ? 何、このくらいは了承するさ」
案の定、辰巳が素直にこの条件を飲んでくれたことに、安心するセラフィ。
「理解が早いな。そうならばこちらも助かる。くれぐれも気を付けてくれ」
早速、手渡されたウォーキングマンを耳に装着させる。
曲は英語で入力されていて、読めなかった。
「ちなみに、その中に入っている曲はすべて『Galaxy dust 』のものだ。何だか写真を利用させてもらうと考えたら同情してしまってな。シングル十枚、アルバム四枚を買ってその中に入れさせてもらった」
無駄な気遣いだな、と辰巳は思う。
流してみると、何を言っているのかは解らないが、結構いい歌だった。
セラフィが確認をするためか、何やら喋っている。しかし辰巳にはただ腕やら何やらを動かしているようにしか見えなかった。
「ふむ、聴こえていないようだな、オッケーだ」
どんなに声をかけても返答をしない辰巳を見て、満足そうな表情を取った。
ちなみに、さっき辰巳に言っていたのはすべて罵倒だ。
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