英国騎士団
誤字・脱字がありましたら指摘をお願いします。
向かった先にあったのは黒光りするリムジンだった。
「う・・・・・・!!」
嗚咽感を感じる辰巳。
無理もない今さっきというほど前に、ハイジャック犯に襲われたのだ。リムジンで反応したのは犯人が持っていた銃を連想してしまったからに違いない。
リムジンの近くには一人の、タキシードに身を包んだ男性が立っていた。年は四〇代前半くらいに見える。
するとセラフィはリムジンに身を入れた。
「早く乗らないと置いて行くぞたっちゃん」
本当に、嫌味ったらしく言うときだけ『たっちゃん』と使うやつだ、と思いながらも、辰巳はリムジンに乗り込む。
もう後戻りはできなかった。怪しいとはいえ、ここはイギリスだ。帰りたいなんて今さら言えないし、言ったところで戻ることも出来ないだろう。多少怪しいくらいでもいかなくてはならない。その先にある闇に。
それにセラフィがいる。今はセラフィを信用するしか他なかった。
リムジンの中は薄暗かった。何もない、というわけではない。車内の壁にはコースターが取り付けられており、運転席の後ろの所には、常備ジュースが置かれているらしく、キンキンに冷えていた。それを一杯辰巳は飲み干す。缶には『ゴカ・コーラ』らしき字が書いてあったが今はどうでもいい、おいしければ何でもいいのだ。
「ぷはー、うめえなこれ!! 何だこれ? ゴカ・コーラ、ここにもあったのかゴカ・コーラ!」
今さらか、とセラフィが呟いたのもいず知らず、辰巳はもう一本手を伸ばす。
それも飲み終えたところでセラフィは話題を繰り出した。
「それで、貴様は今からどこかへ行くかは知っているな?」
「英国騎士団だろ?」
そうだ、と答えると、表情が険しくなる。
「正直言って、あまりそんな態度で言ってほしくないのだが、まあいいだろう。それで、まず貴様には私の恩師であるキッシム=エライダム先生に会ってもらう手はずだ。まあ髪は他の人より残念な方なのだが、魔法に関しては一流だ」
そう言われても困るのであった。確かに、辰巳自身、ここに来た理由くらいは分かっている。しかし、セラフィの恩師であるキッシム=エライダムという人物についての説明はどうでもよかったのである。とにかく、早く帰りたいという気持ちでいっぱいいっぱいだ。雰囲気に飲まれて来てしまったが、辰巳は後になって冷静に考えたところ――『あー俺バカだわー』と頭を抱えて穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなってしまった。
そして、セラフィは続けて言う。
「それで、貴様にも知っていてもらいたい情報がある。まあ覚えていないかもしれないが、私が朝言った、妙な組織についてだ。名前とリーダー名くらいは知っていてもらわないとこちらとしてもいざというときに面倒だからな。時間がある今のうちに話しておく」
本格的にヤバくなってきたな、と辰巳は思う。
「組織名は『暗黒組織』、そして、リーダー名は魔王(仮)だ。組織名は正確ではないが、由来はまったく検討もつかないような組織、ということだ。ダークマターとは銀河間に存在すると言う物質のことで、実際には存在しているということさえ定かではない。まあ、『暗黒組織』もそんな感じで見つからない為、議会も疑惑気味というわけだ。しかし、私は日本で七人の魔女たち(セブンシスターズ)の一員であるジョージ・ライリー・スコットに重大資料を受け取った。それを本部に通達し、ついでにたっちゃんのことも聞いてみたところ、ついだから連れて来い、とのことだ」
俺はついでに、ここまで連れてこられたのか、と肩を落しながら俯いている辰巳。しかし、セラフィはそんな小さいことでは同情すらしない。
「まあ私としては貴様についてのことは《ついで》では終わらしたくないのだが」
腕を組み、誇らしげに胸を張る。だが、表情はぱっとしない。むしろ不機嫌さを感じる。
それを感じたのだろうか、辰巳がセラフィに話しかけた。
「? そんなに気になるのか、俺に攻撃が当たらなかったこと」
うっ、と意表を付かれたようにビクッ、とする。
「まあそうなのであるが、やはり偶然ではない、と私は思っている。私は英国騎士団の一員だ。それが候補生という枠組みにいたのだとしてもだ。確かに、候補生は、『騎士』の称号を持つ者に比べれば、劣りはするが、ただで候補生になれたわけではない。それまでの過程には訓練がある。並大抵のものではない。下手したら米軍の訓練よりも厳しく、危険なものかもしれない。それに受かってようやく候補生になれるのだ。その訓練の中に、魔法射撃訓練というものがある。それはまあ単純に言ってしまえば射撃訓練なのだが、確実に当たるまで終わらない。それは動かない的に向かってなのだが、体内の魔力を上手くコントロールし、放つものだ。簡単にできるようなものではない。そこで、初級過程として、命中精度に特化した魔導詠唱の第二六章を覚えさせられる。もちろん、失格した者の記憶からは消されるがな、万が一外に漏れたら大騒ぎになる。まあそれを完全習得したわけだ、
私は」
は、はあとしか返答のしようがない辰巳であったが、とりあえず、自分なりの意見を無理矢理作り出してみた。
「でもよセラフィ、確かに精度を完璧にしたとはいえ、その時の状況下において、そんなもんは変化するんじゃねえか? 人間万能なわけないんだし。例えば体調の崩れとかで変わるし、風とかで向きが変わったんじゃないか? 完全無風なんて早々ないわけだしさあ、確証は得られないぜ、そんなんじゃ」
ごもっともな意見だった。
人間そのときの環境によって体調は崩れたり調子のいいときだってあるはずだ。それに気候や湿度によって、その攻撃に影響が出るかもしれない。これが辰巳の意見の本意であった。
しかし、そんなのはとっくに確認済みだ、と言わんばかりの態度をセラフィは取る。それを見た辰巳は顔をしかめる。
「ふん、貴様にしてはなかなかの意見だな。だが、魔法にそんな物理法則が通じると思っているのか? その考えはあくまで科学の領域でしか証明できないのだよ。したがって、気候や湿度による魔法攻撃への支障はなしだ。もうこれは英国騎士団内にて確証済みだ。それに、体調の方についてだが、それもないだろう」
「何で」
「それはだな、私は毎日健康チェックシートに毎日の気分などを記入しているからだよッ!」
その言葉に目を点にする辰巳。先程までの論理的、説得力のある説明はどこへいったのか分からなくなっていた。
呆然とする辰巳は、手に握っていた『ゴカ・コーラ』の缶を思わず落としてしまった。幸いなことに、中はもう飲み干されていた。
「まあいいや。結局、俺はここに連れてこられ、帰れないことには変わりないんだしな」
「そうか、分かってくれたならそれはそれでいい」
その解答にセラフィは必要以上に追求はしなかった。
車はそのまま夜のイギリスをアメンボのようにスイスイと進んでいく。通りには多少の人影は見える。
そして数十分後、ようやく辰巳たちを乗せたリムジンは到着した。
それを確認したセラフィは車から身を出す。それに続き辰巳も同じく身を出した。
バッキンガム宮殿。
敷地面積約一万坪を誇り、敷地内には舞踏会場、音楽堂、美術館、接見室や図書館などの施設が設置されている。部屋数はスイート一九、来客用寝室五二、スタッフ用寝室一八八・・・・・・。多種多様である。さらに宮殿に勤務している人数は四百五十人、年間の招待客は四万人にも上るという。
宮殿正面広場にはヴィクトリア記念碑が建立されており、その向こうにはセント・ジェームズ・パークとトラファルガー広場にはつながるザ・マルが生い茂っており、プラタナス並木に沿って位置している。
これらがざっとしたバッキンガム宮殿の敷地内説明なのだが、今、辰巳たちがいるのはバッキンガム宮殿であって、バッキンガム宮殿ではなかった。
この言い方は間違っているのかもしれないが、勘違いしないでほしい。辰巳がいるには列記としたバッキンガム宮殿だ。しかし、場所が場所だということだ。バッキンガム宮殿と言われると、まず思い浮かべるのは、ずんと建っているあの大きな宮殿のことだろう。しかし、辰巳たちがいるのはその裏手といってもいい場所、そこにいた。だからバッキンガム宮殿であって、バッキンガム宮殿ではないのだ。
そこで辰巳は呆然と立ち尽くす。
いや、ただ単にどこここ? という意味ではない。しっかりとここがどこだかくらいはセラフィに聞いていた。だからこその呆然、失意。きっと辰巳はあの正面からバッキンガム宮殿を拝みかったのだろう。
「行くぞ。そんな長くはキッシム先生を待たせるわけにはいかない。分かったなら早くしろ」
一方的な意見に、渋々と後を着いていくように、金魚の糞のように、セラフィの背中を辰巳は追っていく。運転手さんとはここでお別れらしい。そこで辰巳は心のなかでゴカ・コーラありがとうと念じ、その場を後にした。
セラフィが向かったのは従業員しか入れなそうなドアの前だった。
辺りはお化けでも出るんじゃないかと思うほど暗く、明かりという明かりは数百メートルさっきにある電灯くらいだ。おまけに夜の冷気をのせているんじゃないかというほど冷たい風が辰巳を襲う。
肝心なドアの方は、至るところに錆がはいっている。年期が感じられる。
そのドアを、セラフィは躊躇することなく、開けた。
中は通路になっていて、一本線上見たいに長く続いていた。通路の脇には今にも落ちてきそうな沢山の荷物が山積みにされている。
その中をセラフィは突き進む。
辰巳も後を追う。
しばらく突き進んでいると、脇に荷物が無くなった箇所があり、横への通路が薄気味悪く存在していた。
「ここなのか?」
辰巳の質問に、セラフィは答える。
「ああ、まあ確かにここだが、正確にはもう少し奥にある。なに、ほんの数十メートルだ」
言われた通り、奥へと入っていく。すると、暗闇の中からなにやら金属らしき物体が見えてきた。気になった辰巳は近くへと寄ってみる。
「セラフィ、これは何だ?」
手にとって見せたのは、銀でできている杯だ。しかし、持っている本人は、それが銀でできているなど、セラフィに聞くまで分からなかった。
また歩き、飽きてくる頃に、ようやく目的地に到着したらしい。
目の前には一つのエレベーターがある。しかも妙に新品らしく、回りの雰囲気と対照的だった。
「ふーん、そろそろか。おいたっちゃん、そんなつまらない物に熱中していないで、こっちに来い」
セラフィに促され、エレベーターの前まで進む。年齢では辰巳の方が上っぽいのに、精神面ではセラフィのほうが上だった。
待つこと数十秒、エレベーターは音もなくドアを開けた。それに、辰巳は一瞬驚くも、すぐに乗り込む。
閉まると同時に、エレベーターは動き出す。
静寂の中、辰巳は耐えられなくなり、セラフィに喋りかける。
「・・・・・・セラフィ、何でお前こんなところに入ったんだ? わざわざ危険をおかしてまでもここにはいる必要はなかったんじゃねえのか? 危険なこと出なくて他にあるだろ、家柄から囚われないところなんてさ」
「そう思うか」
案外攻撃性のない返答に、少し戸惑いながら、「ああ」と返事を返す。
「私とてそのくらいは考えた。しかし、その程度の事で駄目なのだ。そのていどではヴァルキリー家から圧力をかけられ、すぐに追い出される――というのはおかしいが、そうなってしまう。だから、もっと権力のあるところに入らなければいけない。少なくともヴァルキリー家と同等の権力を持つ組織にな」
「それが英国騎士団」
うん、と頷く。
「まあ何とか入ったんだが、案外ここの訓練が厳しくてな、投げ出そうとしたことは何度もあったが諦めずにやってこれたのはある意味家のおかげだろうな。帰りたくない、という気持ちが厳しい訓練を乗り越えられた秘訣だろう」
何だか複雑だと、辰巳は思った。きっと、セラフィは辰巳があそんでいるとき、学校で友達とくだらない会話をしているとき、きっと厳しい、それも地獄を見るような厳しい訓練を受けていたに違いない。そう考えると、何だか心複雑な気分になったのだ。今は笑って話していられるかもしれないが、当時は死にたいと思ったことさえあったかもしれない。
そんな過酷な過去を乗り越えて、今がある。そう考えると、辰巳はセラフィに頭が上がらなくなるような感じがした。
「ま、詮索無用ということで、この話は終わりだ」
きっと、この笑顔も貴重なものなのだ。
エレベーターのドアが開いた。
そこに広がっていたのは東京ドームを連想させるような広さを持った空間だ。空港の時とは違う。ここは地下に作られている、とセラフィは説明した。辰巳もエレベーター内で地下に行っているということぐらいは察知していたが、まさかここまで広いとは思っていなかったらしく、目を丸くし、驚いている。
ざっとこの空間の広さを説明すると、縦横奥行きは三〇〇メートルを優に越えている。辰巳たちがいるのはどうやらこの空間の二階部分らしく、見下ろすと、せっせと働いている英国騎士団の団員らしき人が見える。
「ここが本部ってやつなのか?」
辰巳は視線を正面に見据えたまま、質問をした。
「ああ、ここが本部の中でも中心部にあたるメインフロアというやつだ。まあ私たちが行くのはここではないんだがな、別のフロアだ」
言うや否や、セラフィは歩き出した。二階部分は空間を取り囲むように設置されている。例えるなら、学校の体育館によくあるちっちゃい二階部分みたいな感じだ。
そこを、セラフィは歩く。
目的地にはすぐに着いたらしい。
そばには少し大きめの――長さは二メートル程の木製のドアがある。
「来ているといいんだが」
呟くと、セラフィは掴んだドアノブを回す。
入った先は、手前のメインフロアとまではいかないが、ある程度の大きさを持った部屋、だった。
「ふうーん」
辺りを見回しているのはセラフィだ。
部屋内は天井には豪華な装飾が描かれており、壁一面には彫刻が施されていた。それが逆に何やらどうせ意図があって施しているんだろうなー、と辰巳を思わせたのは流しておこう。
そんな部屋の中。正面には大きな黒板が備え付けられており、その前には教壇が置かれていた。その教壇近くの机に、一人の中年男性が座っていた。
「キッシム先生! 来ましたよ」
その中年男性に声をかけたセラフィは歩み寄る。
それを見た中年男性――キッシムと呼ばれていた。この人がキッシム=エライダムという人物なのだろう。セラフィの言っていた通り、髪は他の人より残念な方だった。服装は黒の長いロングコートを一枚来ていることだけしか確認できないほど長い。
「お、来たか。待ちくたびれたぞ」
日本語でセラフィが言ったからだろうか、辰巳が事前に来るのを知っていたからなのかは定かではないが、まあここで分かるのはキッシムは日本語が上手ということだけだ。日本人である辰巳が驚くくらいに。
「お久しぶりです、それで、単刀直入で申し訳ないのですが、こちらが連絡で言っていたたっちゃんです」
その紹介に、辰巳は手を頭の後ろに当てながら「どうも」と返事を返す。
「やあ君がたっちゃんさんか? 随分と変わった名前をしているんだね、驚いたよ。話には聞いていたが、まさかここまで若いとは、もしかしてセラフィと同い年いうらいか?」
その視線はまるで我が子を見つめるような暖かさを感じられる。
しかし、セラフィの顔色は明るくはなかった。
「それで――」
まるで無理をして話を進めるかのように、セラフィは話題を持ち出した。
「分かっている。焦らなくてもいいだろう? そのたっちゃんさんの事と、確か・・・・・・重大資料もあるとか言っていたな」
重大資料という単語を聞いてセラフィは、顔を苦くする。
「どうしたんだい? 少し顔色が良くない。長旅で疲れたというわけでもないし、時差ボケか? なら仕方がない、この件は明日にするとしよう。今日はゆっくりと休みなさい。たっちゃんさんも一緒に休んでいってくださいな」
その言葉に、辰巳は拒否などできやしなかった。
二人が連れてこられたのは、英国騎士団本部であるバッキンガム宮殿地下を出て、目とはなの先にあったホテルであった。
辰巳は、あの地下にでも泊められるかと思っていたのだが、どうやら違ったらしく、まあ違ったことを多祥なりと安堵している。
今正確に辰巳のいる状況を説明するというならきうだろう。
さっきホテルと言ったが並大抵のホテルではなかった。高級ホテルだ。しかも三ツ星。そこの最上階――つまり三ツ星ホテルのスイートホームだ。室内は完全防音の上、ライトはシャンデリア。ソファやベットはすべて羽毛を利用しており、焼きたてのパン見たいにふかふかだ。さらに、いつでもルームサービスが利用できるよう、電話も設置されている。まあこれは普通だろう。ソファーとソファーに挟まれたテーブルの上にはいかにも高そうなワインが二本ほど、氷が入っているケースの中に置かれていた。
そんな部屋の中、多田野辰巳は無邪気にはしゃいでいた。
「おい見ろよセラフィ、このシャンデリア! めっちゃ光ってやがんぞ!?」
指を指しながら叫ぶ。ここが完全防音ではなかったら、隣の部屋から苦情が飛んでいたに違いない。しかし、そんなことはいず知れず辰巳はそれから十数分に渡ってはしゃぎ続けた。
それにしても、セラフィの顔色はキッシムに会って以来、良くはなかった。このホテルに着いてからも、今の今までずっとソファーに座ったままだ。
さすがの辰巳もそんな様子を見て話しかけた。
「なあ、何でそんな暗いんだよ。何かあったのか?」
「・・・・・・」、
しかし、そんな辰巳の心配も掻い潜り、何も喋らない。
「言いたくないんじゃ詮索はしねえけど、言わなきゃ楽にはなんないぜ?」
言うと、辰巳は向かいのソファーに座った。
そうして、何も言わない、なんの会話もない時間が数分続いた。
そしてようやく、セラフィの口が動いた。
「たっちゃん・・・・・・」
「何だ?」
辰巳はぼーと部屋の隅を見つめていた目をセラフィへと向ける。
「いや、やはり言っておかなければいけないことがある。ちょっと一緒に外まで付き合ってはくれんか?」
「デートか!?」
「違うわ!! いいから早く来い!」
バカ解答をあっけなく墜落させ、セラフィは辰巳の襟首を掴むと、そのまま引きずって行く。
何て馬鹿力だ、と辰巳は改めてセラフィーナ=ヴァルキリーの恐ろしさを痛感した。




