玉子焼き
※8話まで日常です。10話から豹変します。
ピロン。
スマホに着信が来た。
『桜満開だ!明日みんなで花見しようぜ!女性陣、弁当作って来てくれたら俺が喜ぶぞ!』
一方的なメッセージが来た。
たしかに桜は満開だ。みんなで花見をするのは楽しいに違いない。でもこの文面を見る限り、弁当の準備をするのは私たち女性陣だけってこと?
「朔と透は?お弁当準備しないの?」
「みんな生きて帰りたいだろ?」と朔。
どういうこと?
「(^o^)」蓮はメッセージでも笑っている。
それにしても私と灯と蓮とで五人分か。
「どうしようか」と私。
「おかずを作っていってみんなで取っていったらいいんじゃない?」と灯。
「これ、自分のだけ残ったらショックなやつよね笑」と蓮。
たしかに。
「おかずだけ準備してご飯は要るならそれぞれで準備してもらおう。その方が男子の胃袋分のご飯持たなくていいし」
お弁当作りか。台所に立つのが何年ぶりだろう。
朔の「生きて帰りたいだろ?」が脳裏をよぎった。自分で言うのもなんだけど、私が作った方が危険な香りがする。でも女子作がご所望らしいし。
そうだ。灯に頑張ってもらおう。
「灯ってご飯作れる?」
メッセージを送ると、送信エラーかと思うくらい早く返信が来た。灯からだった。
「澪ってご飯作れる?」
嫌な予感がする。
これは最悪の場合、お花見会場が事件現場になってしまうんじゃないか。ひとまず女子で集合しよう。
私と灯と蓮で集まった。
蓮の横には犬のムギがいる。
私と灯は硬い笑顔だった。
「そうね」
蓮が笑った。
「ムギがね、『なんか緊張してるね』って」
動物には見透かされるのか。
もう時間ももったいないし、早速本題に入ってしまおう。
「ご飯作れる人!」
蓮だけ手を挙げた。よかった、最悪の結末にはならずにすみそうだ。私がほっとため息をついた時、灯は蓮に抱きついていた。
「よかったー、お花見会場が食中毒の事件現場になるところだったよー」
「そんな大袈裟な。簡単なものなら今からでも作れるようになるよ。一緒に作ろ、ね?」
笑顔で蓮が言う。なんてありがたい言葉。私と灯は首を縦に振った。
「(よかったね。ちなみに横に振ってたらどうしてたの?)」
「『あれ』、してたね」
不適な笑顔でムギの方を見ながら蓮は言う。
『あれ』が何なのかは分からないがムギの尻尾の動きが止まって硬直しているように見えた。
「『あれ』って?」
灯が無垢に聞く。
「何でもないよ」
蓮ははぐらかして
「とりあえず現状で何をどのくらいまで作れるの?」
と訊いてきた。
「何年もキッチンに立ってないから、まず何もできないと思う」
私は現状をそのまま伝えた。
蓮が灯の方を見る。
「私も同じかな?ははは……」
「なるほど、そしたらあまり工程が多くないものの方がいいかな。ちなみに玉子焼きとかは作れる?」
「うーん、自信はないけど頑張ってみる」
「なるほど、澪、灯、それぞれちょっと作ってもらっていい?」
抜き打ちの調理実習が始まった。
「見られたら緊張するから向こうの部屋で待っててもらっていい?」
「道具の場所とか扱いとか大丈夫?」
「玉子焼きだけでしょ?大丈夫と思うよ」
「まあ玉子焼きだけだし、分かった。何かあったら隣いるから呼んでね。ムギ、何かあったら教えてね」
と言ってムギの頭を撫でる。
ムギも吠えて、『まかせろ』って言ってるみたいだった。
さて、キッチンに立つなんて何年ぶりだろう。何がどこにあるのかわからないから引き出しを開けて閉めてを繰り返す。
ガチャガチャ、ガチャ、ガチャン。
ボウルと菜箸、油とフライパン、塩胡椒を準備する。予定だったのだが手際が悪すぎて蓮が準備してくれた。
「今度こそ、隣にいるからね」
「大丈夫よ、ははははは、ありがとう」
さて、いよいよ調理開始。まずはフライパンに油を入れて火をつける。どのくらい入れたらいいんだろう。ドポドポドポドポ。このくらいかな。卵をボウルに割ると、殻が一緒に入った。
「あーあ」
菜箸で何とか取り出そうとするがなかなか上手く取れない。
「あれ、難しいな」
殻に苦戦していたらフライパンから煙が上がっているのに気付かなかった。ムギが吠える。
蓮が隣の部屋から顔を出すとフライパンから火の手が上がっていた。
「なぜ!?」
蓮はガスを切った後に、フライパンぴったりの蓋をかけた。
「澪さん、何か、言うことは?」
「殻が取れない」
私はまだ殻と戦っている。
「人ん家を丸焼きにしかけてそれは正しいのかしらね?」
左右のほっぺを右手でギュッと握りながら言う。
「いふぁ!」
「ちょっとこっちへ」
蓮が私の左右のほっぺを握りながら隣の部屋へ。こたつが置いてある。蓮は座るように促す。
座った瞬間、目が合った。
動けなかった。
タカが獲物を見るような鋭い目だった。
体の奥深くまで見透かすような、それでいて目を離すことも、体を動かすことも許されない。そんな恐怖があった。自然と正座になって、小さく震えていた。
「一つ、確認したいんだけど、玉子焼きを作るんだよね?天ぷらできそうなくらい油入ってたけど?」
顔は引き攣った笑顔で血管が浮き出ている。
「はい」
明らかにお説教だ。
私は卵の殻をとってただけなのに。
取れなかったけど。
「ムギを監督につけてなかったらお花見会場じゃなくてこの家が全焼事件になるところよ。まさか玉子焼きであんなに油使うと思ってなかったし」
「そんなに使わないの?」
「つ・か・わ・な・い!」
蓮が両頬を摘み上げる。
「いふぁいよ」
引きちぎれるかと思った。ギューッと摘み上げられていると、ムギの鳴き声がした。
蓮が両頬を解放してキッチンへ飛んでいった。
灯が呆然と立ち尽くしている。視線の先には私より大きな火の手が上がっていた。
蓮が消火した後、無言で灯の手を引いて私の隣に連れてこられた。座るように促されて自然と正座になる。
「澪さん、灯さん。私に、何か、言うことは、ありませんか?」
蓮が敬語だった。少しでも落ち着こうとゆっくり深呼吸しながら話しかけてきた。余計に怖い。
こういう時ってまずは謝罪よね、謝らないと。
「殺さないで」
怯えた灯が私に抱きついて声を震わせながら言う。
何かが切れるような音がした。
言葉で説明できない時間が続いた後、私と灯は床に、蓮はこたつテーブルに力なくもたれかかっていた。
ムギが蓮に近づいていく。
「無理かもしれない」
力なく蓮が言う。
ピンポーン。
玄関からチャイムが鳴る。
「ムギ、出てきて」
力なく蓮が言う。ムギが玄関へ向かった。まもなく鳴き声が聞こえてきた。
「へ?なんで?」
蓮は顔だけ動かす。足音が近づいてくる。
透だった。
「事件後?」
部屋を見回しながら言う。
「知ってた?」
「なんか灯が震えながら『殺さないで』って言ってた」
私と灯の亡骸を見て、
「なるほど、犯人はお前だ!蓮!」
今日一の火の手が上がった。
『3人倒れた。お弁当はやめておいた方がいい。』
蓮からのメッセージには写真が添付されていた。私、灯、透が重なるように横になっている。
『何があった!?』
『あんたの夢通り火事になりかけたよ。あと、この3人は生きて帰れなかった』
読んでいただきありがとうございます。
次話「春 日常」もよければ。




