表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ダンジョン防衛配信中の孤独なオメガ、最強アルファに運命の番だと言われて溺愛される件  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/15

第5話「万華鏡の迷宮と秘密の味」

 地響きのような振動が聖域を震わせ、天井から微かな塵が舞い落ちた。


 エリスは操作パネルを叩き、遺跡の外縁部を映し出した。


 そこには、最新鋭の魔導甲冑に身を包んだ騎士団が、重厚な破城槌を用いて第1外門をこじ開けようとする姿があった。


「数は約300。いずれも高位の魔導師を伴っているな」


 エリスの声は冷静だったが、その指先は微かに震えていた。


 まだ完全にヒートの余韻が抜けておらず、魔力の制御が思うようにいかない。


「エリス、無理をするな。あんな連中、俺が1人で片付けてきてもいいんだぞ」


 レオンが剣の柄に手をかけ、頼もしい笑みを浮かべる。


 だが、エリスは首を横に振った。


「ここは私の家だ。客人をどうもてなすかは、主人が決めることだろう」


 エリスは深く息を吸い、遺跡の核へ向けて魔力を送り込んだ。


「それに、お前が見せてくれた『新しい遊び方』を試してみたいんだ」


 エリスの口元に、どこか楽しげな弧が描かれた。


 彼は配信用の魔導カメラを起動し、侵入者たちの進路に合わせて、これまでとは全く異なるトラップを展開し始めた。


 第1階層を突破した騎士たちが、意気揚々と長い回廊へと足を踏み入れた。


 彼らは、鋭い刃や落とし穴、あるいは強力な電撃魔法を予想して身構えていた。


 しかし、彼らを待ち受けていたのは、一面に広がる「万華鏡」のような幻影の世界だった。


 壁や床、天井のすべてが色鮮やかなクリスタルに覆われ、侵入者たちの姿を何1000、何万という断片にして反射させる。


「な、なんだこれは……。どこが前だ!?」


「目が回る! 魔法を解除しろ!」


 混乱する騎士たちの足元から、今度は大量の「泡」が噴き出してきた。


 それはただの泡ではなく、触れた者の平衡感覚を狂わせ、さらには多幸感を誘発する特殊な魔導ガスを含んでいた。


「わははは! なんだか楽しくなってきたぞ!」


「おーい、あっちに金色の羊が走ってるぞ、追いかけろー!」


 さっきまでの殺気立った空気はどこへやら、精鋭のはずの騎士たちは、子供のように無邪気に笑いながら、支離滅裂な方向に走り去っていく。


 聖域でその様子を見ていたレオンは、思わず吹き出した。


「ははは! 傑作だ! あいつら、完全に戦意を喪失してるじゃないか」


「ふん、命まで取る必要はない。恥をかかせて追い返せば十分だ」


 エリスはそう言いながらも、少しだけ満足そうに目を細めた。


 かつての彼は、侵入者を文字通り「排除」することしか考えていなかった。


 しかし、レオンとの交流を通じて、彼は「楽しむ」という感情を知った。


 その変化が、遺跡の防衛システムを「殺戮の場」から「滑稽な迷宮」へと作り変えていたのだ。


 配信のコメント欄は、未だかつてないほどの盛り上がりを見せていた。


 『守護者様、性格変わった? めちゃくちゃ面白いんだけど!』


 『あの泡トラップ、俺も一回体験してみたいわ』


 視聴者たちは、シリアスな攻略劇を期待していた分、そのギャップに心を掴まれていた。


 エリスは流れる文字を目で追いながら、心の片隅で不思議な充足感を感じていた。


 誰かを傷つけるためではなく、誰かを驚かせ、喜ばせるために力を使うこと。


 それは、数1000年の孤独の中では決して得られなかった、新しい繋がりの形だった。


「さて、次はこれだ」


 エリスは次のトラップを起動させた。


 迷宮の奥深くまで進んできた騎士団の幹部たちの前に、突然、豪華な食卓が現れた。


 そこには、レオンがエリスに教えた「地上の美味しいもの」を再現した幻影の料理が並んでいる。


 空腹を刺激する芳醇な香り、滴る肉汁の質感、および甘い果実の輝き。


「……幻影だと分かっていても、抗えぬ」


 1人の幹部が、フラフラと椅子に腰を下ろし、幻のチキンにかぶりついた。


 その瞬間、彼の身体は強力な接着魔法で椅子に固定され、鼻の頭には真っ赤なペンキで「大食漢」という文字が書き込まれた。


「お前、いい性格してるな」


 レオンが呆れたように、だが愉快そうにエリスの頭を撫でた。


「お前の真似をしただけだ。……嫌だったか?」


 エリスが不安げに上目遣いで尋ねると、レオンは力強く彼を抱き寄せた。


「まさか! 最高にクールだよ、エリス」


 二人の笑い声が、静かな聖域に響き渡る。


 それは、外の騒乱が嘘のような、穏やかで温かな時間だった。


***


 しかし、エリスは気づいていた。


 おふざけで追い返せるのは、所詮、小細工に引っかかるような三流の連中だけだということを。


 騎士団の最後列には、1人の男が馬に跨り、冷静に戦況を見つめていた。


 その男、貴族連合の総帥であるバルカスは、配下たちが醜態をさらす様子を、冷酷な瞳で見つめていた。


「ふん、オメガのフェロモンに当てられて、システムが狂っているようだな。だが、それも長くは続くまい」


 バルカスは懐から、禍々しい紫色の光を放つ魔石を取り出した。


 それは「沈黙の楔」と呼ばれる、あらゆる魔法構築を強制的に崩壊させる古代の呪物だった。


「お遊びは終わりだ。守護者の首を跳ね、あの遺跡の心臓を我が手に」


 バルカスが魔石を地面に突き立てると、遺跡全体を激しい震動が襲った。


 今までのものとは比較にならない、禍々しく暴力的な衝撃。


 エリスの操作パネルがノイズにまみれて消え、壁の魔導回路が苦しげな悲鳴を上げた。


「うっ……あ、が……!」


 エリスは突然、胸をかきむしるような激痛に襲われ、床に膝をついた。


 遺跡と魂を共有している彼にとって、システムの根幹への攻撃は、そのまま自身の存在を削られるに等しい。


「エリス! しっかりしろ!」


 レオンが彼を支えるが、エリスの体温は急速に奪われ、顔色は死人のように青ざめていく。


「魔力が……逆流して……。このままじゃ、遺跡が自爆する……」


 エリスは薄れゆく意識の中で、必死に警告を発した。


 バルカスの放った呪いは、遺跡の防衛本能を「自死」へと誘導していた。


 自分たちを拒むのではなく、自分たちごとすべてを消し去ろうとする、最悪の防衛プログラム。


「そんなことはさせない! エリス、俺を信じろ!」


 レオンはエリスを横抱きにすると、聖域のさらに奥、遺跡の最深部にある「心臓の部屋」へと走り出した。


 そこには、遺跡のすべてのエネルギーを司る巨大な魔導クリスタルが鎮座している。


 そこへ辿り着き、呪いを浄化する以外に、生き残る道はなかった。


***


 心臓の部屋へと続く通路は、既に崩壊が始まっていた。


 天井から巨大な岩が降り注ぎ、床からは高密度の魔力が噴水のように噴き出している。


 レオンは超人的な身体能力を駆使し、エリスを傷つけないよう細心の注意を払いながら、その地獄絵図を突き進んだ。


「はぁ、はぁ……。あと少しだ。エリス、目を開けてくれ!」


 レオンの叫びに、エリスは微かに目を開けた。


 視界は霞んでいたが、自分を守るために必死に戦うレオンの横顔だけは、はっきりと見えた。


 (なぜ、ここまでしてくれる……。私はお前に、何も与えてやれないのに)


 エリスの心の中に、切ない想いが溢れ出す。


 レオンが与えてくれた温もり、食事の味、外の世界の話。


 それらはすべて、エリスにとっての宝物だった。


 もし、ここで死ぬというのなら、せめて最後に、彼を安全な場所へ逃がしたい。


 エリスは残った魔力を振り絞り、自分からレオンを突き放そうとした。


「レオン……逃げて……。ここはもう、持たない……」


「馬鹿を言うな! お前を置いていくくらいなら、一緒にここで土に還る方がマシだ!」


 レオンの怒鳴り声に近い叫びが、エリスの胸を打った。


「俺は君を愛してるんだ! 数1000年の孤独なんて、俺が全部塗り替えてやるって決めたんだよ!」


 その言葉と共に、レオンから放たれた黄金色のフェロモンが、爆発的な勢いで周囲を包み込んだ。


 それは呪いの紫色の光を押し返し、崩れゆく回廊を一時的に繋ぎ止めた。


 アルファの「支配」ではなく、愛する者を守り抜くという強固な「意志」。


 その光に導かれるように、二人はついに、遺跡の心臓部へと辿り着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ