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   プロローグ


 その店に近づくにつれ、心の弾みが大きくなっていくのがわかる。行きつけのカフェだ。サンマリオという名のチェーン店のカフェだ。聖なるマリオさんといった意味か。向かっているのは、今歩いている銀天街というアーケードの商店街のなかにある店舗だ。

 人波をかき分け、リズムよく歩く。やがてカフェの看板が見えると、自然とリズムも速くなっていた。もうすぐそこだ。

 目当ての店の前に立つと、ガラス越しに店内をみる。真っ先に確認したのは。レジカウンターにいる女性店員さん。いた。ニクさんだ。接客をしている。笑顔で。しかも可愛い。他の店員さんと比べても明らかに可愛い。遠目にもわかる美貌。

 次に俺は、ニクさんから視線を外し、自分の肩掛けバッグを見る。そこから財布を取りだし、中身を確認する。中にはこの店のポイントカードが入っていた。会計の度にハンコを押してもらい、もうカード一杯になっていた。ハンコが全部たまると、ブラックかブレンドのコーヒーが一杯タダになる。

 よし。俺はポイントカードを手にしたまま、自動ドアをくぐり店内に入った。そこにはジャズのミュージックが流れ、会話などの適度なざわめきがあった。

 立ちこめる匂いもいい。焼きたてのパンの匂いが漂っているのだ。この店ではコーヒー、紅茶をはじめとしたドリンクに加え、名物のチョコ入りのクロワッサンドーナツ、通称チョコクロをはじめとして様々な種類のパンが置かれている。店内で焼くらしく、その匂いがパン好きの俺にはポイントが高い。

 俺がどのくらいパン好きかというと、大学生の頃から、新たにパン屋を発見するたびに必ず入り、そこの味を楽しむくらいだ。

 そんな俺が真っ先に目指したのは、レジカウンター横にあるパンコーナー。トレイとトングを取り、パンを選ぶ。いつもはチョコクロだけだが、ポイントカードを使う日は違う。さらに二つ、合計で三つのパンを買う。タダでコーヒーを飲みに来たのではない、ちゃんとお金を使っている、得意客だと思われたいのだ。ニクさんに。

 チョコクロ、クリームパン、リンゴデニッシュを載せたトレーを手に、レジのニクさんの前に立った。あらかじめ持っていたポイントカードを差し出す。


「これでブレンドをください」


 彼女はポイントカードを受け取ると、ポイントが満杯になっているのを確認し、嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


「いつもありがとうございます」

「ポイントだけじゃ、あれなんで、今日は別のパンも食べることにしました。ここのはとても美味しいので」

「あ、いつもはチョコクロだけですものね。お客様に美味しいといってもらえて、嬉しいです。ありがとうございます」


 頭を軽く下げるニクさんを見ながら、俺は微笑む。心から。俺のことを、いつもの客だと覚えてくれている。それだけで嬉しさがこみ上げてきたのだ。

 会計を済ませると、コーヒーなどがが載ったトレーを両手に持って、席を探した。今日はラッキーだ。ニクさんを正面から見られる、レジカウンターからまっすぐ奥の席が空いている。迷わず座った。

 カップを手に取ると、まずコーヒーの匂いをかぐ。恍惚に近い感情を抱く。コーヒーって、アロマだよな、とつくづく思う。

 それから一口飲む。口の中いっぱいに独特の深い香りと苦みが広がる。このカフェで出される一杯二〇〇円のブレンドは、インスタントのそれよりも濃く、一杯も飲めば、数時間は胃の中に残っているのがわかる。印象深い出来事をすぐに忘れないように、このコーヒーも一杯飲めば、もうその日は飲まなくてもいいくらい胃粘膜の記憶に残る感じだ。

 俺、草野耕太郎クサノコウタロウは、いつもここに来ると、下から二番目に安いけど香りの良いブレンドコーヒーと(一番安いのは一九〇円のブラック)、お気に入りのチョコクロワッサンドーナツを一つ選び、好きな小説を開く。仕事が休みの日、頻繁にここを訪れては、一、二時間ほど読書に没頭する。良い香りのコーヒーとパン、心地良いミュージックと人の声に囲まれて、ひとり、小説の物語の世界に引き込まれているこの瞬間が、とても贅沢な時間に感じられるのだ。フリーターの俺は、わずかなお金で味わえる、その贅沢な時間を過ごしたくて、ここに来る。

 そしてここに来る理由はもう一つある。この店でなければならない大きな理由だ。

 接客のとき、いつもにこにこしている彼女の名前は、この店の制服の左胸に付けられた名札によると、《ニク》さんというらしい。

 ニク、どんな漢字なのだろう。まさか、肉? 気になる。

 その気になるニクさんの笑顔が見たくて、ここに通っているのだ。 

 彼女は、おそらく二四歳の俺と同い歳くらい。ショートカットのボーイッシュな感じだ。身長は低いが、可愛らしく、動きが機敏で接客態度の良いのが高ポイント。常に笑顔で丁寧だ。レジが込んでいるときなども、眉根を寄せて、本当に申し訳なさそうに、「申し訳ありません、お客様。少々お待ちください」というが、口元の笑みは絶やさない。その一見すると苦悶の表情に見えなくもない顔にも萌えた。滅多に見られない表情だけど。

 最初にニクさんに気づいて可愛いと思って以来、彼女の視線が自分から外れているときは、しっかりと顔を見るようにしているし、接客態度も見るようになった。

 そして、あることが起こり、ますます好きになった(その話は後日、話そう。今はこのカフェの雰囲気をエンジョイしたい)。

 レジでニクさんと、店員と客という関係以上のものでない、会話ともいえないやりとりをし、コーヒーの乗せられたトレーを受け取ったら、彼女が見える位置の席に座る。そして小説を読みつつ、彼女の様子を伺う。レジでお釣りをもらうとき、彼女の指先が俺の掌に触れた瞬間は幸福度がでかい。もちろん綺麗な指先のチェックも忘れない。

 そうやって幸せな時間を過ごす。

 だけど、ここまでだ。店員と客。これ以上の関係にはなりえない。

 だって俺はただのしがないフリーター。こんな俺に、あんないい女が振り向いてくれるはずはないだろう? ただこの距離で彼女と同じ空間と時を過ごす。それしかできないのだ。


   一


 俺の友人間でのあだ名は、クサタロウ。本名の草野耕太郎を縮めた形だが、あだ名のとおり、草食系男子を地でいく。彼女いない歴がそのまま実年齢である。今は県内にあるパチンコ店専門の派遣業でホールの仕事をしている。パチンコはやらないが、時給が良かったので働いているのだ。とはいえ、しょせん派遣の給料。稼ぎが少ないので実家住まいだ。両親がいて、二つ上の姉貴がいる。両親は二人とも高校の教師だったが、今は年金暮らし。実家の近くには、最近できた『はなみずき通り』という大きな新道がある。以前は一帯が田んぼだったが、今は人気の通りになっていて、徐々に新しく店がオープンしている。今も一軒、何か建築中だ。たぶん、それも何かの店だろう。姉貴は、その通りにある、できたばかりの携帯ショップで働いていて、結婚している。

 でも、俺には結婚は無理かもしれない。単純に稼ぎが少ないからだ。もう学生じゃないし、稼ぎの少ない男は女性に敬遠されると思っている。女性は付き合うことの延長線上に結婚を意識している人が多いというし、そうなるとますます稼ぎが必要になるし、俺もどちらかというと付き合うことの延長線上に結婚を意識するタイプだ。だから今の状態では、とてもじゃないが、女性にアタックすることはできない。玉砕覚悟というより、玉砕するためにアタックを仕掛ける奴はいないだろう。

 じゃあ、稼げばいいじゃんという話だが、そう簡単にはいかない。仕事の時間数を増やせばいいってものじゃない。女性が求めるものは安定だ。要するに正社員だ。そして俺には正社員は無理だと思っている。

 大学生のとき、就職活動はしたが、百戦全敗。一社くらいなんとかなるだろうと思っていたのに、本当になんともならなかった。ショックすぎて引きこもろうかと思った。卒業後も就職を試みたが、やはり駄目で、嫌になった。否定されつづけるのは苦しい。

 それでもなんとか引きこもりにならずに済んだのは、夢があるからだ。俺は小説家になりたい。この五年間、来る日も来る日も小説を書いてきた。文章を書くのも物語を考えるのも好きだ。だから本当に小説家になりたい。

 でもその小説も、未だ箸にも棒にもかからず。奇跡的に、去年、二次予選に通ったのが一度きり。あとは全部一次落ち。完全なドリーマーの派遣社員。女性に好かれる要素がない。

 受賞するということがどれだけ大変なことかは、わかっているつもりだ。受賞とは全国で一位になること。中高通じて部活動で野球をやっていた俺には、全国で一位をとることなど、想像すらできなかった。遙か高みだ。

 だけど、そんな俺にも誇りがあった。高校当時、ピッチャーをやっていたが、マックス一三〇キロを出したことがあるのだ。今や高校球児でも一四〇だ一五〇だといわれているが、一三〇を出すということがどれだけすごいか、野球をやっている人ならわかってくれるはずだ。たいていの高校でエースになれるかもしれない。ただし強豪校に存在するような怪物や天才がいなければだが。一三〇キロのまっすぐ。それが俺の誇りだった。そして決め球は、そのストレートを見せ球にしたチェンジアップ。普通のまっすぐと見せかけてタイミングをずらすブレイキングボール(変化球)だ。

 高校最後の夏、県大会で、俺たちはベストエイトに進んだ。その年は当たり年でまさに快挙だった。こういうことをいうといやらしいが、俺の活躍はでかかったと思う。そしてベストエイトでの対戦校は、全国優勝もしたことのある松山商業高校だった。九回裏で俺たちの高校が一ー〇でリード。本当にあと一歩だった。ワンアウト満塁のピンチで、バッターは四番の花菱はなびし。渾身のストレートでファールを誘いツーストライク。そこから花菱に粘られ、ファールの連続だったが、俺は気を落ち着かせるため、キャッチャーや主審より後ろのフェンスを見た。それからキャッチャーミットを見る。目の錯覚でミットが近いと思わせるためだ。そして決め球のチェンジアップで三振を奪ってみせた。わっと湧く応援スタンド。応援に来てくれたブラスバンド部の演奏やそれに合わせた応援団の声が俺にも届いていた。あとワンアウト。

 だけどそこまで。九回裏まで投げて、四番バッターとの死闘で体力も神経もすり減らしていた俺の限界だった。つづく五番バッターの中西に初球の甘く入ったカーブをライトスタンドまで運ばれてしまったのだ。やっぱり強豪校は強豪校なのだ。勝たせてくれない。俺はマウンドの上で汗をぬぐいながら、はてしなく青い空を見た。そして少し笑って、「お疲れ、俺」と呟いた。悔し涙は出なかった。自分の分というものを理解していたからだ。

 その俺が小説の世界で全国一位をとろうとしている。普通は無理だ。日々、やるだけ無駄だろうと思う。でもそれと同じくらい、やるしかないとも思っている。脳みそがすり切れそうなほど苦悩する瞬間もある。やっぱ無理なんじゃないかと。

 正直俺は、主夫になりたい。働く能力はないが、実家でも家事手伝いはしている。料理は好きだ。世の中には、草食系男子に対して肉食系女子というのも存在しているらしい。肉食系女子の詳しい定義は知らないが、女性にも、自分は仕事をつづけたくて男性には家のことをやってもらいたい人もいるとか。そんな稀少種、どこにいるのだろう。ぜひ俺とマッチングして欲しいが、どの女性が肉食系女子かわからない。それを知るためにはアタックをかけるしかないが、就職面接でも否定されつづけた俺には、そんな勇気は湧かない。

 しかし俺とは真逆の男の存在も知っている。同僚の水口くんだ。他にも金貸しの仕事をしているらしい彼は、まごうことなき、肉食系男子。彼とは同じパチンコ店に派遣されているので、出勤の車で一緒になることが多く、とんでもない話を聞かされることがある。

 仕事の初日に彼の話を聞いたときには、そんな世界がこの世に本当にあるのかと、耳を疑った。テレビの芸人の怪しい噂なんかでしか聞いたことがないような話だ。


 その日、俺は初出勤で、緊張しながら会社の前で、その日一日、一緒に働く同僚たちを待っていた。

 現れたのは二人。ドライバー役の小野くんと、水口くんだ。二人とも髪を茶色に染めた今どきの若者といった出で立ちだった。後で年齢を聞いたら二人とも二〇歳で、俺の方が年上だった。

 俺たち三人は軽い挨拶を交わし、駐車場に停めてあった車に乗り込み、目的地のパチンコ店に向かった。

 そしてその会話はすぐに始まった。助手席に座る水口くんが小野くんに語りかける。


「いやあ、この間のヤリコンは前野さん、やばかったよ」


 ヤリコン? 何それ。聞き慣れない単語に興味を覚えつつ、後部座席右側の俺は聞き耳を立てる。


「あの人、童貞だっていうから、誘ってあげたんだけど、始まったとたん、いきなり女のあそこ舐めたんだよ」


 舐めた? そして、つづく会話からすぐにヤリコンの意味が飲み込めた。

 小野くんは苦笑している。「いきなりはすごいな」


「だろ? 俺も知らない女のはさすがに舐めれないよ。舐めてはもらうけど」


 え~って思った。何その世界、と。ヤリコンって要するにセックスするために男女が集まるってことだろ。しかも話の内容から察するに、知り合いでもなんでもない男女が集まって。そんなことが可能なのか? だって恋人でもなんでもないんだぜ。特に女性の方がそれを受け入れるなんてこと、想像できないんだけど。

 俺の戸惑いなどお構いなしに、水口くんは会話をつづけた。


「前野さん、目が飛んでたもんなあ。初めてとはいえ、がっつきすぎでしょ。女の子も戸惑ってたよ。受け入れてたけど。あ、またセッティングするから、今度は小野ちんも来るよな」

「できるだけ行く方向で」


 クールに返す小野くんのその返事に「行く方向で」と笑いながら返す水口くんは、なんだか楽しそうだ。青春を謳歌しているのだろう。

 しかし、話はそれで終わらなかった。あろうことか、俺の方にも飛び火した。水口くんが俺に語りかけてきたのだ。


「えっと、草野さんでしたよね。草野さんの方はどうなんですか」

「え、どうって」異世界からいきなり声をかけられたので、動揺する俺。

「最近、Hしてます?」


 たぶん、俺の見た目から、俺も前野さんというかたと同じく童貞ではないかと睨んでいるのではないだろうか。まあ、そうなんだけど。


「いや、俺はしたことないですから」

「え、草野さんて何歳ですか。俺ら二人とも二〇歳です」


 二〇歳でその経験値。なんだ、この差は。


「二四ですけど」

「え、風俗は行かないんですか」

「いや、行かないです」


 えー、という驚きの声をあげられ、水口くんは助手席から好奇の目で俺を見てきた。向こうも異世界に住む人間の存在が信じられないのだろう。俺も信じられないもん。

 水口くんは「そっかあ」といい、俺との会話を終わらせ、また隣の小野くんと話し始めた。内心、ほっとする。もし童貞だった前野さん同様、ヤリコンに誘われたらどうしようと思ったのだ。

 別に信念を持っているつもりではないけれど、やはりセックスは好きな人としたい。そして俺は、風俗を利用するつもりもない。でも、風俗の世界を否定するつもりもない。アダルトDVDはちゃんと見てるし。

 ただ答えがでないのだ。お金で女性を買ってセックスをすることがいいことなのかどうか。男にとってセックスは必要なので、同意の元で大人が楽しんでできるシステムは問題ないような気もしているが、俺が利用していいものか答えがでない。ヤリコンにはお金は発生しないかもしれないし、同意の元でなんだろうけど、病気も怖い。それに好きな人とでないと意味がない気がしている。だったら一人で処理する。そんなこといってて、一生セックスができなかったら、お笑い草だが。

 俺と水口くんの成長過程で、どんな違いがあってこんな差が生まれたのかはわからないけれど、二人は合い入れないのかもしれないなと思った。


   二


 草を食む(はむ)者は草を食む者とつるむ。

 今、ファミレスの中で俺の目の前でほうれん草のバターソテーを食べている、痩せ気味の眼鏡男子も、草食系男子だ。四人掛けのテーブルに向かい合わせで座っている。

 黙々とほうれん草を口に運んでいる彼の名前は、二宮栄一ニノミヤエーイチ。大学の頃からの友達で、今は大手パソコンメーカーの系列会社でディスプレイモニターを作っているらしい。パソコンの画面部分のことね。エーイチは成績も悪くなかったので工学部の理系推薦を使って、特に問題なく就職できた。俺とは違い、正社員だ。

 俺は文学部だったけれど、彼とはサークルが一緒だった。

 アニメ同好会。そこで四年間、一緒に過ごした。


 一八歳の四月。大学のキャンパスは、俺と同じ新入生や、自分たちのサークルに勧誘を勧める先輩の声で活気が溢れていた。入学したばかりの俺は、キャンパス内を歩いていた。桜の木々の下、濃い灰色の下地の上にまばらな本物の桜色を散らせたアスファルトの上をだ。何人もの学生と行き交う。

 思った。これからどんなことが起きるんだろうと。自分の未来の大学生生活に期待と不安が八対二くらいの割合で心が心地よいリズムで弾んでいた。このキャンパスで視界に飛び込んでくるどれもが新鮮だった。

 歩いていた幅五メートルほどの通路の両サイドには、畳一枚分くらいの大きさの立て看板がずらりと並べられていた。そこには各サークルの紹介が書かれている。

 大学生になったら、何かサークルに入ろうと決めていた俺は、どのサークルに入ろうかと看板を物色していた。

 すると、声をかけられた。


「ほう。お目が高い。そこに目を付けるとは」


 声がした方を見ると、一見して普通の、中肉中背の、黒髪のセンター分けで、チェックのワイシャツに綿パンの、顔はハンサムではないけれど特段不細工というわけでもない、おそらくここの学生らしき若い男が立っていた。


「興味あるの? 空手」


 俺が今たまたま見ていたのが、空手部の看板だった。草食系の俺が入部する気は毛頭ない。空手部の人だろうか。


「え、いや」と応えると、その男はにんまりとしていった。


「すばらしい。新入生だよね。じゃあ、もう入るところは決めた?」

「いやあ、まだですけど」

「すばらしい。じゃあ、とりあえずうちに来ない?」


 あれ。空手部じゃないのか。「なんのサークルですか」と訊くと男は咳払いをして空を見た。しばらく見た。なんだ、この人。

 男の返答を待っていると、唐突にまたしゃべり始めた。


「この空の下、世界は繋がっている」男は、空を見上げたままつらつらとつづけた。


「日本と世界は繋がっている。日本人は日本でだけじゃ生きていけない。世界との連携が必要なんだ。実際、そうだろう。食べ物もエネルギー資源も日本にはないものばかりで、外国の助けが必要なんだ。起こって欲しくはないけれど、震災が起これば、また助けてもらわなくちゃならない。でも、助けてもらうばかりじゃだめだ。一方的にもらうのではなく、協力しなければ。ギブアンドテイク。じゃあ、日本は世界に対して何ができるのか。何を世界に提供できるのか。この不況の世の中、それでも外国人が欲しいと思える物はなんなのか」


 しっかり練習してきたように思える、流暢にしゃべる男のその話に引き込まれている自分がいた。外国人の欲しい物って何? と答えを待っていると、ようやく男のサークル名が判明した。


「ようこそ、アニメ同好会へ。アニメは日本の宝だ。外国のオタクも、いな、愛好家もアニメには金を出す。日本はもっとアニメを知り、愛するべきなんだ」


 金を出すといういい方はちょっと引っ掛かったが、なるほど、アニメ同好会の勧誘だったか。確かに日本のアニメは世界でも最先端を行く文化であり、商品だ。


「どう。来ない? いや、来るべきだ。世界と渡り合える、世界に打ち勝てる日本人になろうよ」


 アニメ同好会に入っても世界に打ち勝てるとは思えないし、勝つ気もないし、確かさっきまで世界と協力という言葉を使っていたと思うけれど、男の熱を帯びた演説とその瞳には興味を惹かれた。

 入ってみようかな。この人自体、面白そうだし。そう思った。


「お、考えてくれてるんだね。すばらしい。貴重な時間をアニメ同好会のために使ってくれている。ありがとう。どう。入らない?」

「入ってみようかな」


 今度は声に出していった。すると男は、「すばらしい」とまたいう。どうやら、よく褒める人らしい。

 その後、すぐにアニメ同好会の部室に案内された。そこはキャンパスから少し離れた大学の運動場の端にあった。白い壁の大きな二階建ての建物の二階だった。

 部室の入り口のドアには、手書きと思われる、ちょっと昔のヒーローアニメのタイトルロゴを意識したような勢いのある文字で、『アニメ同好会』という表札があった。


「さ、入って」


 男に促されて、緊張しながら中に入ると、十畳ほどの部屋に、まさしくアニメ同好会だなと思わせる、アニメのポスターが壁一面に張られていた。

 部室にはすでに三人、先客がいた。女性二人に男性一人。男が俺を三人に紹介する。


「彼は新入生の、えっと、何くんだっけ」

「草野です」

「そう、草野くん。うちに入ってくれることになったから」


 俺が「どうも」といい、ぺこりと頭を下げると、女性二人から「よろしくー」と挨拶を返された。明るい声だったので安心する。しかし残りの男性は俺を見ているが、微動だにしない。地蔵? なんだか緊張しているようにも見える、この地蔵、もとい、この男性のことはすぐに紹介された。


「で、彼も新入生。二宮くんだったよね。彼もさっき誘ったばかりなんだ」


 俺がまた「どうも」というと、二宮という男は、今度は少しだけ動き、ぼそりと小さい声で「どうも」と返してきた。

 彼が、のちに俺の友達になる二宮栄一、エーイチだ。このときから変わらず、細身の眼鏡男子だった。


「俺は谷っていうんだ。この二人の女の子は……ま、いっか」


 俺をここに連れてきたキャラの濃い谷さんがそういうと、女性陣が「ひどーい」と笑いながら突っ込む。見事なコントのようなスムーズな流れだった。そして二人の女性は、自己紹介をしてくれた。二人はそれぞれ、斉藤さんと山村さん。三回生だそうだ。そして谷さんは、アニメ同好会の部長だった。部員は新入生以外に、全部で二六人いるらしい。

 それからサークルの趣旨、さっき俺を誘ったような言葉ではなく、とにかく楽しくやろうというようなことをいわれ、サークルの活動費に必要な月謝の話を聞かされた。


「とりあえず今日は、親睦を深める意味で、ゲームでもやろうよ。後で新入生歓迎会もやるから。日時が決まったら知らせるね」


 その言葉のままに、部室にあったテレビとゲーム機でシューティングゲームをやった。没頭していると、やがて他の部員も何人か部屋にやってきて、その日はそのままゲームだけをやってお開きとなった。

 その後になってわかることだが、エーイチは筋金入りのオタクだった。

 ここは地方だが、エーイチは夜行バスで片道十二時間かけて東京まで、同人誌の販売会やら声優のイベントやらに参加しに行くのだ。お気に入りのアニメと関係するものは、特に熱心に通っていた。アニメは好きだけれど、特に詳しいというレベルではない俺には、エーイチは変わった人間に見えた。

 でも同じ草食系男子。仲良くなるのにさほど時間は要らなかった。

 エーイチが住むアパートの部屋に案内されたときは、予想通りというか、部屋の中一面にポスターやらフィギュアやら、中には出されたコーヒーの入ったティーカップにまでプリントされた、彼の好きなアニメのキャラクターで埋め尽くされていた。ものすごいオタクだ。

 でもエーイチは、真っ当な人間でもあった。それだけアニメにかかる費用をどこから捻出しているのだろう、家が金持ちなのかなと思っていたら、ある日、「俺、バイト二つ掛け持ちしてるんだよね」と教えてくれた。アニメにかかる金は、親の仕送りに頼らず、全て自分で稼いでいたのだ。

 エーイチ曰く、「モミジに対してだけは、誠実でいたいんだ」とのこと。

 モミジというのは星野モミジのことで、星野モミジというのは、エーイチの超お気に入りのアニメキャラクターのことだ。

 女子高生が活躍するアニメで脇役だが、エーイチはその水色のショートヘヤーで清楚な彼女を、愛しているらしい。

「女は二次元しか信用しない」というのが、もっぱらのエーイチの言葉で、彼にそこまでいわせるのは、過去にどんな女性関係があったのか、そもそも女性関係自体あったのか、よくわからないのだけれど、とにかくエーイチは、気合いの入ったオタクなのだ。


 それから何年か経った今、こうしてファミレスでエーイチと飯を食っている。エーイチとは、よく飯を一緒に食って、日々の取り留めのない話をする仲だ。そして、唯一の親友だと思っている。


 俺が今食べているのは、チーズインハンバーグ。それにライスにサラダとスープバーの洋食セットを付けている。このファミレスのハンバーグは美味い。今日は、とろけるチーズ入りを頼んでみた。

 対してエーイチが今食べているのは、ほうれん草のバターソテー。お印程度にベーコンも入ってはいるが、ほとんど緑。草だ。むう。まさに草食系だな。一応、ライスはつけている。小ライスだけど。

 エーイチは小食だ。その上、肉はあまり食べないらしい。何かの実用書でバイタリティーを上げたければ、肉を食え、と書いてあったけれど、本当だったりして。エーイチは、ぼそぼそとしゃべるし、元気! という感じではない。

 今度、肉食系男子の水口くんに、肉をよく食べるか訊いてみよう。そう考えていると、エーイチがぼそりとしゃべった。


「モミジの扱いが最近良くない気がする。もっとストーリーに絡んでもいいはずだ」


 アニメの話のようだ。このアニメは俺たちが学生の頃からずっとつづいている人気作だ。この手の話はエーイチからよく聞かされるが、俺にはない発想、感情からくる話なので、興味深く聞かせてもらっている。


「最近、出演してないの?」


 出演という言葉を使ったのは、エーイチへの配慮だ。彼はアニメのキャラクターにすぎないはずのモミジを本物の女優のように扱う。一度、笑いを呼ぶつもりで突っ込んだこともあるが、切れ方がハンパなかったことと、エーイチの想いをリスペクトするようになったので、今はそうしている。友人間でこそ、こういう気遣い、思いやりって必要だったりするよな。


「いや、出てる。でも、今のストーリーでは端役はしやくだ。一個前のやつだとストーリーの主軸だったのに」


 沈痛な面持ちで語るエーイチに、「へえ」とだけ応えた。エーイチの想いは知っているし、彼の話自体に興味はあるのだけれど、実際、なんていったらいいのか、よくわからなかったからだ。


「まあ、次の話ではまた主軸になればいいよな」


 捻りだした俺の言葉に、「ああ、そう期待するしかない」とエーイチはいった。

 ざわざわとする食事どきのファミレスの中、彼との間に沈黙が流れる。

 エーイチは、「モミジ、ラブ」、らしい。らしいというのは、アニメのキャラクターを愛するということが、俺にはよくわからないからだ。

 俺も彼女はいないが、モミジは現実に存在しない、アニメのキャラクターだ。コミュニケーションもとれない。声をかけても何も応えてはくれない。はたしてそんなキャラクターを本当に愛することなどできるのだろうか。

 だが、そんなことは、エーイチに訊けない。もしかしたら、彼だってそのことに気付いているかもしれないし、それでもそうするしかないと、思い詰めているのかもしれないからだ。

 俺だって、現実の女性に告白するなんてことはできてはいない。人を愛するということを、できてはいないのだ。エーイチと同じだ。だから彼は、それを二次元のキャラクターに執心することで、埋めている。それを無理矢理指摘して、現実に引き戻すことに、意味はあるのだろうか。少なくとも、俺の言葉では説得力はないだろう。

 今俺には、好きな人がいる。あのカフェ店員のニクさんだ。

 今までも気になる女性はいたが、エーイチに誰かが好きだなんて話をしたことはない。もし、彼にそのことを話したら、どんな反応を示すのだろう。

 肉をあまり食わないエーイチは、ほうれん草を口に運んでいる。

 本当にそれだけで満たされるのだろうか。この先も、それだけで足りるのだろうか。

 俺も――。


   三


 次の日の深夜〇時頃、市外のパチンコ店での仕事を終えた俺たちは、車で会社に帰っているところだった。

 車中は、助手席に水口くん、運転手は小野くん。後部座席右に佐々木くん、俺は後部座席左に座っていた。

 車中はいつものように、水口くんと小野くんの例のヤリコンの話で盛り上がっていた。俺は二人の会話をいつものように、窓の外の景色を見ながら黙って聞いていた。佐々木くんは、すでに眠っている。

 このまま会社まで、前に座っている二人の会話がつづくのだろうと、思っていた矢先のことだった。

 水口くんが、「草野さん」、と声をかけてきたのだ。

 いつも彼とは、特段、会話はしないので、最初自分の名前を呼ばれたとき、「クサノ」という音が自分を指し示していることに気付かなかった。


「草野さん」


 二度目の呼びかけでようやく気付いた俺は、「え、あ、はい」と驚きながら応えた。


「前から不思議に思ってたんですけど、草野さんて、何が楽しくて生きてるんですか」

「え」


 突然の問いかけに戸惑う。何が楽しくてといわれても。


「あ、いや、草野さんをバカにしてるとかそういうわけじゃないんですよ。草野さんて、Hしないんでしょ。てことは、つまり、女の子と付き合ったことがない。付き合う気がないってことですよね」

「いや、気がないってわけじゃないけど」

「じゃあ、女の子にアタックはしてるわけですか?」


 間髪入れずに訊いてくる水口くんに、俺はますますたじろぐ。恥ずかしいなあ、と思いつつ、自分の恥部を小さな声で公開した。


「いや、それもしたことないけど」


「ええ?」という水口くんの驚いた声が車中に響き、すぐに彼は体を後ろにひねり、俺に問いかける。困惑した表情でだ。


「ますますわからないなあ。女の子と付き合いたいのにアタックしないわけですか?」


 水口くんが混乱するのも当然かもしれない。でも誰だって水口くんのように、積極的になれるわけじゃない。俺みたいな人間は特に、告白してもどうせ俺なんか振られる、というネガティブな考えの方が優先されるのだ。

 そんな俺に、ますますわからないといった表情をした。


「つまらなくないですか、人生。だって、この世にはせっかく女の子がいるんですよ。うまくいけば楽しく合体できる対象です。なのにHはしない、付き合いたいけどアタックもしない。変ですよ、そんなの。もしかしてゲイですか?」


 確かに変だ。でも面と向かって変といわれると少しむっときた。


「ゲイじゃないよ。じゃあ、水口くんは人生楽しいの?」

「楽しいっすね。Hは最高のコミュニケーションじゃないですか」


 元気な声でそういう水口くんの顔を見ると、本当にそう信じているらしいとわかった。


「俺たち男は性器があるかぎり、女の子とHできる権利を持っているわけです。使える権利を使わないでどうするんですか。そんなの損です」


 権利、損。何か大げさな表現な気もしたが、確かにそうだと思わせるものもあった。


「男と女は、同じ地球の運命共同体なんだから、仲良くしないとですよー。人生一度きりなんだし」


 一度きりの人生。そうなのだ。人生は一度きり。俺だって本当は、せめて一人くらい、女性に仲良くしてもらいたい。

 そんな俺に、水口くんから提案がなされた。


「どうですか、草薙さん。今度、やるんで草薙さんもついてきませんか」

「え、ヤリコン?」


 思わず大きな声を出してしまった俺に、水口くんは苦笑した。


「違いますよ、ナンパです。ナンパ。やる気があるなら一緒にどうです? 参考になるかわかりませんけど、俺のやりかた見せてあげますよ」


 俺はちょっと赤面しながら訊いた。


「え、いいの?」

「いいっすよお。仲間は多い方が楽しいですから」

「あいかわらず、世話焼きな。グッサンは」運転手の小野くんが前を見ながらいった。


 水口くん、ただの肉食系かと思っていたけど、いい奴じゃないか。

 渡りに船? 助け船? とにかく俺は、水口くんについていくことにした。あ、そうそう。


「ところで水口くんて、肉、よく食べる?」

「大好物っすねー。お礼に焼き肉奢ってくれるんですか? いいっすよ、気を遣わなくても」


 やっぱり、肉、好きなんだ。


   四


 その週の仕事が休みの週末、一九時頃、俺は水口くんとの待ち合わせ場所にいた。この街では一番大きなアーケード商店街で、特に週末の仕事終わりには人が多い。その入り口に、彼は一人で待っていてくれた。そして俺に気付くと、両手を挙げて振ってきた。人懐っこい笑顔でだ。俺も気持ち抑え目に振り返す。


「小野ちんも来る予定だったんですけど、彼女と喧嘩したらしくて、その埋め合わせで今日は、買い物デートらしいっす」


 彼女と、喧嘩して、埋め合わせの買い物デート。目が眩みそうな言葉の羅列。今の俺には、実行できないことばかりだ。

 さっそく、目を白黒させていると、水口くんは気にせずにいった。


「じゃ、始めますか」

「え、いきなり?」


 俺の態度が挙動不審になるのも構わず、水口くんは、そこらを道行く女性を物色し始めた。


「あ、俺のことは、グッサンでいいっすよ。草野さんは、ダチになんて呼ばれてるんですか」

「クサタロウ」

「クサタロウ? なんか特徴捉えてますね。じゃあ、これからは俺はグッサンで、草野さんはクサタロウってことで。いや年上だから、クサタロウさんか。クサタロウさんはとりあえず、俺のやること見といてくださいよ」

「は、はい」

「俺にはタメ口でいいっすよ。年下なんで」


 俺が「う、うん」という間にも、グッサンはターゲットを決めていたらしく、躊躇なくある女性に声をかけた。なんという髪型かは知らないけれど、ふわっとしたショートカットの二〇歳前後に見える女性だった。


「こんばんは。今、時間大丈夫? 大丈夫じゃなくても、君の声が聞きたいな。君があんまり可愛いから、つい声をかけたくなっちゃったんだ。芸能人のコッシーに似てるっていわれない? でも、コッシーよりも可愛いよね」


 グッサンは女性を捕まえると、息つく間もなく、褒めまくった。彼女がにこっと笑うと、さらに畳みかけた。


「良かったら、名前、教えてくれない? これからお茶しようよ。君のことがよく知りたいんだ。もっと好きになれると思うし。俺のことも知って欲しい。好きになってくれると思うな」


 もしかしたら、これでなんとかなるのか? と思っていたら、女性は「ごめんなさい」といって、早足でそそくさとその場を去っていった。後にはグッサンと、それを呆然と見つめている俺が残された。


「とまあ、こんな感じっすね。今のは失敗しちゃいましたけど」

「よくわからないけど、今のでいいの?」

「そっすね。とりあえず、女の子のいいとこ見つけて、褒めまくるんです。褒められるんだから気を悪くする子は、基本、いないです。そうすれば乗ってくれる女の子も絶対います」

 ほほうと納得したが、「基本」という言葉が引っかかったので、一応、その意味を訊いてみた。

「まあ、人にもいろいろいますから、不審に思われて警戒されたり、褒められたところが気に食わない人もいますね。さっきみたいに芸能人に似てるって褒めたら、その芸能人が嫌いだったってことがあったりとか。まあ、そういうときは、どんまいっす」

「へ、へえ」

「でもこのやり方は、経験に裏打ちされた技術ですから。実際、この一ヶ月で俺は、三人釣り上げてますよ」

「つ、釣り? なん人くらい声をかけたの?」

「数えてないっす」


 そういう間にもグッサンは、再びターゲットを見つけ出したらしく、声をかけ始めた。

 結局、その日グッサンは、二四人に声をかけた。しかし努力は実らず、全滅。

 でも、彼はめげる様子もなく、「また来週だなあ」と、次を見据えていた。ナンパという、今まで見たことのない行為を見せられて、圧倒された。だって、グッサンは必死だったから。

 最後の二四人目に声をかけたときなどは、「お願い、このとおり、君しかいないんだ」と公衆の面前で土下座しそうになったので、俺が慌てて止めたくらいだ。

 グッサンは本気だったらしく、切れ気味に、「なんで止めるんすかー。あーあ」と嘆いていた。

 本気というのは、女性にかけるその言葉自体が本気の告白というよりは、その先にあること、つまり、女性とSEXしたいということに対してだ。

 しかしそれでも、その必死さは、ある意味尊敬に値するもので、学ぶべきものだった。俺には持ち合わせていないものだったからだ。おおいに刺激を受けた。


「どうっすか。次、クサタロウさん行きますか」


 それにはさすがに、「無理無理無理」と断った。冗談ではない。刺激は受けたが、不特定多数の女性に無差別に声をかける勇気など、持ち合わせてはいないのだ。

 でもその刺激は、俺の中に、あるものを芽生えさせるのに十分だった。グッサンのナンパが終わる頃には、ある決意を固めていたのだ。


「えー、じゃあ、来週はできそうですか? みんなでやらないと楽しくないっすよ」

「いや、ごめん」

「楽しいのになあ。びびるのは最初だけっすよ。後はずっと、楽しいんすから」

「ほんと、ごめん。誘ってくれて感謝してる」


「そっすか」としょげるグッサンに、「でも」と付け加えた。


「俺は一点集中で行こうと思ってる。グッサンのおかげで、その気にさせてもらった」


 グッサンはすぐには意味が飲み込めず、ぽかんとした表情をしたが、やがて理解してくれた。また人懐っこい笑顔に戻った。


「マジっすかー。マジ恋の相手がいるでんすね。応援しますよー」


 マジ恋というのは、本気の恋ということだろう。俺は「ありがとう、がんばるよ」と応え、二人で人賑わいがする夜の街を歩きだした。

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