第3話 優の秘密と、突然のお願い
放課後の教室は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
窓から差し込む夕日が、机の上に長い影を落としている。
私はカバンを閉めて、帰る準備をしていた。
そのとき――
「……ひよりさん」
小さな声が、背中から聞こえた。
振り返ると、優ちゃんが立っていた。
制服の袖をぎゅっと握りしめて、視線は床に落ちている。
「どうしたの? 帰る?」
「……あの、少し……話したいことがあって」
その声は、いつもよりさらに小さかった。
私はすぐに察した。
(これは、ただの雑談じゃないな)
「いいよ。どこで話す?」
「……その、ここで……」
優ちゃんは周りを気にするように、そっと教室の扉を閉めた。
カチリと音がして、教室が二人だけの空間になる。
優ちゃんは深呼吸をして、ゆっくりと顔を上げた。
「……ひよりさんに、お願いがあります」
「うん。言ってみて?」
優ちゃんは唇を噛みしめ、勇気を振り絞るように言った。
「……私と、一緒に……アイドルのオーディションに来てほしいんです」
その言葉は、あまりにも突然だった。
「…………え?」
私は思わず素で聞き返してしまった。
アイドル?
オーディション?
私が?
優ちゃんは、震える声で続けた。
「わ、私……ずっとアイドルになりたくて。でも、勇気がなくて……」
「うん」
「一人で行くのが怖いんです。だから……ひよりさんに、ついてきてほしくて……」
優ちゃんの目は、必死だった。
怯えているのに、奥に強い光がある。
(ああ、この子……本気なんだ)
私はすぐに笑顔になった。
「いいよ!」
「……え?」
「行く行く! 優ちゃんが困ってるなら、そりゃ行くでしょ!」
優ちゃんはぽかんと口を開けた。
「……そんな、簡単に……?」
「簡単だよ! 友達のお願いだもん!」
その瞬間、優ちゃんの目に涙が浮かんだ。
「……ありがとう……」
その涙は、悲しさじゃなくて、安心の涙だった。
私はそっと優ちゃんの肩に手を置いた。
「大丈夫。私がついてるから」
「……ひよりさん……」
「でもさ、優ちゃん。アイドルって、すごいじゃん。なんでなりたいの?」
優ちゃんは少し迷ってから、ぽつりと答えた。
「……小さい頃から、ステージに立つ人を見るのが好きで……。
私も、あんなふうに……誰かの心を動かせる人になりたくて」
その言葉は、震えているのに、芯があった。
(この子……本当に夢を持ってるんだ)
私は胸がじんわり温かくなった。
「じゃあ、行こうよ。夢、叶えに」
「……ひよりさん……」
優ちゃんは涙を拭いながら、何度も頷いた。
その姿を見て、私は自然と笑顔になった。
(よし、優ちゃんの力になれる)
私はそう思っていた。
――このときはまだ知らなかった。
この“軽いノリ”が、
**私自身の人生を大きく変えることになるなんて。**




