第14話 初めての“推し活”衝動
黒瀬瑠歌が控室の奥へ消えていったあとも、私はしばらくその場から動けなかった。
胸の奥が熱くて、苦しくて、でも幸せで。
こんな感情、人生で初めてだった。
(……どうしよう……)
自分でも驚くほど、心臓がドクドクしている。
優ちゃんがそっと私の袖を引いた。
「ひよりさん……?」
「……ん……?」
「……さっきからずっと……ぼーっとしてる……」
「えっ……あ、うん……」
私は慌てて姿勢を正した。
(……やばい……完全に心奪われてる……)
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そのとき、胸の奥からふつふつと湧き上がる感情があった。
(……もっと知りたい)
瑠歌の歌声。
瑠歌の表情。
瑠歌の歩き方。
瑠歌の名前の響き。
全部、もっと知りたい。
(……もっと見たい)
ステージの姿だけじゃ足りない。
控室での姿も、普段の姿も、笑った顔も、泣いた顔も。
全部、全部見たい。
(……これ……なに……)
胸がぎゅっと締めつけられる。
でも、苦しいのに、幸せだった。
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「ひよりさん……」
優ちゃんが小さな声で言った。
「……ひよりさん、今……すごく楽しそうな顔してる……」
「えっ!? そ、そうかな……!」
「うん……。なんか……“推し活”してる人の顔……」
「っ……!」
図星すぎて、言葉が詰まった。
(……推し活……)
その言葉が胸に落ちた瞬間、
全身が熱くなった。
(……私……今……推し活したいんだ)
人生で初めての衝動だった。
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私はスマホを取り出した。
「ひよりさん……?」
「ちょっと……調べたいことがあって……!」
自分でも驚くほどの勢いで、検索バーに文字を打ち込む。
**『黒瀬瑠歌』**
指が震えていた。
(……出てこい……出てこい……!)
でも――
「……あれ……?」
検索結果には、何も出てこなかった。
SNSにも、ニュースにも、過去の活動にも。
どこにも“黒瀬瑠歌”の情報がない。
「ひよりさん……?」
「……いない……」
「え……?」
「ネットに……瑠歌ちゃんの情報が……全然ない……!」
私はスマホを握りしめた。
(……そんな……)
こんなに綺麗で、こんなに歌が上手くて、こんなに存在感があるのに。
どうして誰も知らないの。
(……もっと知りたいのに……!)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
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そのとき、優ちゃんがそっと言った。
「……ひよりさん……」
「なに……?」
「……ひよりさん、今……すごく“推し活”してる……」
「っ……!」
否定できなかった。
胸の奥が、はっきりと答えを出していた。
(……そうだよ)
(……私……黒瀬瑠歌を……推したい)
ステージが終わっても、
控室に戻っても、
ネットに情報がなくても。
私はまだ、瑠歌のことが気になって仕方なかった。
(……もっと知りたい……)
(……もっと見たい……)
(……もっと近づきたい……)
これが―― 人生初の“推し活”衝動だった。




