第12話 運命のステージが始まる
ステージの奥から、静かなざわめきが広がっていく。
さっきまで優ちゃんの審査で拍手が起きていたのに、今はまるで別の空気が流れていた。
張りつめたような、でもどこか期待を含んだ空気。
(……なんだろ、この感じ)
私は胸の奥がざわざわするのを抑えられなかった。
控室の扉が開き、黒髪ロングの女の子――あの子が、ゆっくりとステージへ向かっていく。
歩くたびに、周囲の空気が変わる。
誰も話さない。
誰も動かない。
ただ、彼女の背中を見つめていた。
(……すごい)
まだ歌ってもいないのに、圧倒される。
こんな子、見たことがない。
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「次の審査、始めます!」
スタッフの声が響く。
会場の照明が少し落ち、ステージだけが明るくなる。
黒髪の少女が、マイクの前に立った。
その姿は、まるで舞台の中心に立つために生まれてきたようだった。
(……綺麗)
息が止まりそうになる。
優ちゃんが隣で小さく呟いた。
「ひよりさん……あの子、すごい雰囲気……」
「うん……なんか……ただ者じゃない感じする」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
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審査員の一人がマイクを取る。
「黒瀬瑠歌さんですね。準備はいいですか?」
(……黒瀬瑠歌)
名前を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
(瑠歌……)
その名前は、どこか透明で、冷たくて、でも美しい響きだった。
瑠歌は小さく頷いた。
その動作ひとつで、空気がまた変わる。
審査員が合図を送る。
「では、お願いします」
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音楽が流れ始めた。
静かなピアノのイントロ。
会場の空気が、さらに静まり返る。
そして――
**瑠歌が歌い始めた。**
その瞬間、
私は息をするのを忘れた。
(……え……)
声が、綺麗すぎた。
透明で、まっすぐで、刺さる。
高音は澄んでいて、低音は柔らかい。
まるで、心の奥に直接触れてくるような歌声。
優ちゃんが震える声で呟いた。
「……すご……」
「……うん……」
私は言葉が出なかった。
ただ、胸が熱くなって、
心臓がドクドクと早くなる。
(なにこれ……)
初めて聞く声なのに、
ずっと前から知っていたような感覚。
初めて見る子なのに、
目が離せない。
歌声が、心に刺さる。
痛いくらいに。
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瑠歌は一度も笑わなかった。
表情はずっと無表情のまま。
でも、その無表情が逆に美しかった。
歌にすべてを込めているようで、
その姿が、ただただ尊かった。
(……やばい)
胸がぎゅっと締めつけられる。
涙が出そうになる。
(なにこれ……私……どうしたの……)
自分でもわからない。
でも、確かに心が動いていた。
大きく、大きく。
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曲が終わると、会場は一瞬の静寂に包まれた。
そして――
大きな拍手が起きた。
審査員たちも驚いたように顔を見合わせている。
瑠歌は軽く頭を下げ、静かにステージを降りていった。
その背中を見送りながら、私は胸に手を当てた。
(……すごい……)
言葉にならない。
ただ、胸の奥が熱くて、苦しくて、でも幸せだった。
(……私……)
気づいてしまった。
この感情の名前を。
(……この子を……“推したい”)
人生で初めての感覚だった。
この瞬間、
私は黒瀬瑠歌に一目惚れした。
――これが、私の“推し活”の始まりだった。




