第10話 地雷。
俺は俺の秘書官との快適な仕事環境を守るために、地雷を踏まないように、慎重に、日々を送ってきた。身長のことだの、婚約者のことだの、触れないように。
おかげで快適な日々だ。
もちろん彼女の意見を求めて、議論になることもあるが、それさえ心地い良いと思える。
あの帰還した夏以来、彼女は風呂場に近づかないし、着替えも揃えて置いておいてくれるだけだ。今更だから何も言えないが、別に彼女になら手伝ってもらってもいい。
休日は何をして過ごしているのかと思ったら…護衛に、怪しげな華国の商店に入り浸っていると聞いたので思わず乗り込んでしまった。いや、ほら、秘書官の動向は把握しないとな。他国と変につながってたりしても困るし。
彼女はその店の怪しげな商人に…華国語を習っていた。
「あら。お坊ちゃまも興味がおありで?一緒に習いますか?」
「え?ああ。」
何やってんだ、俺?
俺はこの一年で日常会話程度なら華国語が使えるようになった。彼女は…いつか東洋の国に旅に出るために習っているんだろうか?華国語を習った帰りには、一緒に昼食をとったり、お茶をしに行ったりする。
…これで一年中、ほぼほぼ毎日、彼女と一緒にいることになる。議会の時はもちろん、国王陛下やら王太子殿下に呼ばれるときも、秘書官としてつれて行くし。
舞踏会も出たくはないが出るしかない。
壁を背に控えている侍女服のエミーリアだけ、良く見える。
来たばかりのころはやや猫背気味だった彼女は、今はすっくと立っている。背が高いから目立つんだろうけど…きっちりと結い上げた金髪、すらっとみえるうなじ…いやいや…
いつの間にか何人かの紳士に囲まれている…彼女は美人だからな。化粧っ気も着飾ることもしないけど…って…
「少し疲れた。控室に行って休む。何か飲み物を頼む。」
慌てて、しかし、慌てたことがばれないように、彼女に声をかけて群がっていた紳士たちを蹴散らす。控室に向かおうとすると、婚約者と一緒に来ていた妹が、にまっと笑うのが見えた。
なんだ?
*****
「お兄様、今度の日曜日、エミーリエをお借りしますわね。」
「ん?ああ、トルデか。聞いてる。ローマン伯爵家でのお茶会だろう?」
「んふふっ…そうなんです。この前の舞踏会でエミーを見染めた紳士がおりましてね。」
「……」
わざわざエミーリエが席を外したタイミングを見計らって、兄上の執務室に滑り込む。
「身長はなんと197センチ。子爵家の嫡男です。デイーの学院時代の友人だそうで、性格も身元も申し分ない。しかも、3センチ足りないだけで身長もばっちりです。」
「197?…そんな…身長が釣り合うってだけで将来の伴侶を決めようなんて、馬鹿げているとは思わないのか?」
「まあ、お兄様は反対なんですの?」
「いや、ほら、優秀な秘書に今辞められても困るし…それに…」
「それに?…だって考えてもごらんなさいな。いくら優秀な秘書だとしてもエミーリエをお兄様の近くにずっと置くこと自体難しいことでしょう?」
「…ど…」
「ど?」
「どうしたらずっと置いておけるんだ?置いておきたいんだが…今更…俺はこれ以上は身長は伸びないぞ?」
「あらまあ…それは秘書として?侍女として?」
「……」
お兄様?その書類大丈夫ですか?インク溜まりができていますけど?




