徒然
8月も末に差し掛かり、旅行客の数も落ち着きだした頃、アンダーは日課とアルバイトを繰り返し、平穏な日常へと戻っていた。早朝4時に起床してリモコンを手に取った時、心の片隅で、朝のニュースの中に僅かな「希望」に期待するという非日常だけが、新たに日課に組み込まれていった。ロータス・タワー周辺も、繁華街では徐々に落ち着きを取り戻し、代わりにタワー周辺を奇妙な緊張感が満ちるようになっていく。
その日も、アンダーは朝の4時に目を覚まし、早朝のニュースを寝ぼけ眼で視聴していた。
お茶碗一杯分の米を電子レンジから取り出し、ラップのまま軽く丸めて口の中へと運ぶ。眼鏡が湯気で曇っても、構わずに視聴を続けていると、浮足立った様子の女性アナウンサーが、ロータス・タワーを背景に、嬉しそうな高い声で報道局へ中継をしている。
「・・・ここロータス・タワーにあるロータス・シネマ・セントラルには、続々とノミネート作品のポスターが貼り出されています・・・!」
「あぁ」
アンダーは気のない生返事を返した。これまで、彼にはあまり関わりのない大きなイベントが、来月末に近づいている。そう報道する中継には、黄金色に輝くトロフィーの巨大レプリカが映されている。女性キャスターはトロフィーの前に立つ映画評論家から、注目作品のノミネート・ポイントを聞いている。アンダーは映画評論家の小難しい解説を聞くともなしに聞きながら、口の中に放り込んだ残りの米を、甘みが無くなるまで咀嚼する。時折大袈裟ともいえる反応をする女性キャスターの仕草を、半笑いで眺めていると、ふと、彼の脳裏をこんな思考が過った。
―『俺達』には、関係のないイベントだな―
自分と見送ってきた人々のことが不意に脳裏をよぎったのである。彼は水出ししたばかりにやたら薄い麦茶を飲みながら、画面の向こう側にある無関係な世界を傍観する。その中には、本邦発の美麗な3Dアニメーションと共に、日本の小規模スタジオが制作した、実に『アニメーションらしい』3Dアニメーションのポスターが、アニメーション部門受賞候補作品として並べられていた。
日本アニメーションはノミネートの常連だったが、大賞に輝いた例はいまだかつてない。ましてスタジオが小規模ということであれば、いっそう受賞は難しいだろう。アンダーは一瞬だけ映った空色のポスターを見るともなしに眺めながら、『源氏』も日本だったな、などと、最近親しんだ日本に思いを馳せたのだった。
横から射し込む陽光が、気づけば白く染まる。穏やかな朝日とブルーライトを受けて、ずいぶん覚醒したアンダーは、食器を片付け、鞄に肘をかけて机の前に座る。その時、携帯電話の通知に気が付く。腰を下ろしながら電話を確認すると、そこには、丁寧な言葉運びのショートメッセージが送られていた。
『早朝に失礼いたします。アンダー様、少しお話がございます。ご都合が合う日の夕方以降に、少しお時間を頂けますでしょうか。』
ベインからの非常に簡潔な連絡に、言いようのない気味の悪さを感じる。強い警戒心を抱きながら、彼は短い返信を返した。
「どういう内容?」
暫く待っても返事が来なかったので、彼は机にスマートフォンを置き、日課を始めようとノートを開いた。
15分後、通知の音が鳴る。素早くスマートフォンを開くと、ベインからは『ビッチのお子様のことでございます』という連絡が返ってきていた。
アンダーは先程とは違った緊張感で、『分かった。今日でもいいよ』と素早く返信した。




