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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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早蕨

 黒塗りの自動車が港に並び立つ倉庫の前に停まる。闇に染まり波打つ海の様子に、パピーは思わず身を震わせた。全身に鳥肌が立ち、呼吸が荒くなる。アオスジがその手を握って「大丈夫か?」と尋ねると、パピーは青い顔をしたまま頷いた。


 恐る恐る車内から足を出し、埠頭に立つ。潮風がしめやかに全身を撫でる。躊躇いがちな足取りで倉庫へ向けて歩を進めれば、闇医者が不揃いの歯を見せて笑っている。悪魔のような悍ましい笑顔で、身の竦む思いのパピーだったが、心臓が高鳴るのを悟られないように、強がって進み出た。

 闇医者はぎらぎらとした丸眼鏡を持ち上げて、パピーをまじまじと見つめる。


「彼が例の殊勝な・・・良い稼ぎになりますからねぇ・・・。丁寧に、優しく処置いたしますからねぇ・・・」


 パピーは耐えかねて唾を飲み込む。奥にある銀歯が闇の中から僅かに光ると、言いようのない恐怖感が彼の心を支配した。


「なぁ。今からでも、組織に入るって言えよ。震えてんだよ、ずっと」


 アオスジが優しく語り掛ける。それでも、パピーは頑なに首を振った。


「あいつを裏切るくらいなら・・・死んだほうがマシだ」


 アオスジは何も言うことは出来ずに、俯いた。闇医者がぎらぎらとした目つきでパピーの手を取り、彼を終わりの地へと導いていく。その細い背中を、アオスジは直視できないまま見送った。


 以前見たひどく荒れ果てた施術室に辿り着くと、全身が凍り付くように、体がひとりでに震えだす。歯を食いしばって抗うが、がちがちと小刻みに音を立てる歯を止めることは出来ないかった。


 闇医者は振り返り、死神のように目の端を垂らして弧を作り、不揃いの歯を見せて笑う。


「恐れることはない。どうせ意識のないまま終わりますからね・・・」


 そう言って彼が取り出したのは、麻酔である。前回も強烈な眠気に襲われて目を覚ますと施術が終わっていたことを思い出す。パピーは促されるままに、冷たい手術台の上に寝転んだ。医師はパピーの口にマスクをかけ、興奮した様子で語り掛ける。


「ふぅふぅ・・・優しくしますからね。さぁ、どうぞ・・・。深呼吸をして・・・。1・・・2・・・3・・・」


 徐々に瞼が重くなる。自分の肉体の、跡形もない終わりが訪れるのだと思い、戸惑いと悲しみに揺れ動く意識が、ゆっくりと闇の中へと蕩けていく。


 ―あぁ・・・温かいなぁ・・・―


 不思議とそう思いながら、パピーは静かに、微睡の底へと沈んでいった。




挿絵(By みてみん)

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