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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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葬送

 彼らは葬儀には参列できなかった。彼女の実家がある、ロータス・シティ郊外の霊園の前で、二人は黒い喪服を着こんでいる。ベインの手には、アンダーが見たことも無い装飾品がついている。幾つもの真珠のようなガラス玉が連なったそのブレスレットを、彼は両手でこすり合わせるようにして祈った。


 まず東に向かって礼を尽くし、そうかと思えば西に向かってブレスレットを両手で挟んで祈りをささげた。


 一段高い場所にある霊園に吹く風は、そよそよと優しく肌を撫で、汗にぬれた髪を心地よく攫う。

 ここでは紅梅の薫りも供えられた花々や植えられた木々の澄み切った香りで薄まっている。遠くにいる遺族たちも、その香りに気づき振り返るものはない。アンダーは髪を軽く整え、澄んだ風の薫る空気を、大きく吸い込んだ。


 教会の鐘が高く鳴り、彼女の親族が悲しみとも安堵とも取れる不思議な表情で埋められていく棺を見送っている。その様子を、遠方から見守りながら、二人は静かに語り合った。


「アンダー様、まことに有難うございました」


 ベインは手を前に揃え、深い礼をして、最大級の謝意を相手に伝える。アンダーはそれを素直に受け取ることができず、僅かに視線を逸らして頷いた。


「最期に会えてよかった…よな?」


 変わり果てた彼女の姿を思い起こしながら、アンダーはベインに尋ねる。ベインは穏やかな表情で、間髪入れずに「えぇ」と答えた。


「彼女は・・・家を出て、親族とも団欒をすることがないまま、一人でロータス・シティで生きて参られました。それは確かに悲しい事であるとは存じます。ですが、こうして彼女を思う人に囲まれて、最期を迎えられたそのことだけは、幸せであったろう。ただ切に願うこと、それでしか私達も報われませんでしょう」


 花々に飾られた棺が現世から来世へと埋まっていく。遠くを眩しそうに眺めるベインに、アンダーはそっと微笑みかけて同意した。

 白い朝の日差しがだんだんと澄んだ空を上っていく。欠けるを知らぬ太陽は意気揚々と、残された人々を爽やかに照らすのであった。


「『枯れはつる 野辺をうしとや 亡き人の 秋に心を とどめざりけむ※1 』」

「それは源氏?」


 アンダーは何気なく尋ねる。ベインは靴先から伸びる影を追いかけるようにして、伏し目がちになる。


「えぇ。物思いに沈むことを、彼女はお嫌いになったのでしょうか」


 霊園に植えられた煌めく若木が、風に靡く。さざ波に似た穏やかな音色が辺りに響き、若葉の微かなにおいが名香のようにしめやかに香る。アンダーもまた靴先を見つめ、手持ち無沙汰に地面の上を蹴った。


「・・・どうだろうな。ただ、考えることが簡単すぎて、分からなかったのかも、って思う」

「簡単で・・・?」


 不思議そうに聞き返すベインに、「あいつにはな」と取り繕って続ける。


「金を稼ぐこと、それが価値で、それが愛情と等価だったんだろうよ。だから体も、心も、抵抗なく売れたんだろ」

「・・・それでは、とりつく島もございませんね」


 ベインは自嘲気味に呟く。アンダーも静かに相槌を打った。


「これからどうするんだ?」

「許されるなら、彼女の忘れ形見のことを見守って生きようと思います」


 あまりにも出来過ぎた話だと、ベインは一層身を縮こませる。悲しいほどに穏やかな風が通り過ぎる。背の高い入道雲が青空を通り過ぎていく。

 誰に聞かれるでもなく、ベインはぽつりと呟いた。


『いつかまた 春のみやこの花を見む 時うしなへる 山がつにして※2 』


 棺が土の中に埋められ、祈りの口上が結ばれる。どこまでも穏やかな青空の中で、白い陽が流れる雲に隠れる。遺族が片親も分からぬ赤子を抱えて、霊園から退いていく。その様子はちょうど、落としたアイスに向かって列をなす蟻のようだ。


 アンダーは空へ向けて大きく背伸びをする。


「・・・じゃ、行くか」

「・・・はい」


 アンダーが先に歩を出すと、ベインがそれに続いて忍び足で歩き出す。後ろに付き従うベインの肩を無理矢理引き寄せて、アンダーは彼と隣り合って歩き出した。


※1 紫式部『源氏物語』「第40帖 御法」、秋好中宮7

※2 紫式部『源氏物語』「第12帖 須磨」、源氏88

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