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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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口論

 ロータス・シティの中央警察署は、ロータス・タワー前交番から徒歩で10分ほどの駅前に位置する。大都会だけあってあちこちに交番などはあるのだが、中央警察署の規模は彼が目にするものよりははるかに大きいものだった。


 タワー前交番でも見慣れた指名手配のポスターや、駅前らしく忘れ物へ対する注意喚起のポスターなども貼られ、掲示板からして非常に規模が大きい。ガラス張りで内部の様子をうかがえるのだが、警察官が何かを聞き込みしているようだった。相手の顔は曇りガラスの位置にあって見えないが、警察官の表情は和やかである。アンダーは深呼吸をして、警察署の扉を開いた。


 曇りガラスの位置にあった生意気そうな少年の顔を目にして、思わず涙があふれる。警察官に向かって自分のことを伝えたあと、彼を見上げてくる少年を強く抱き寄せた。


「どこ行ってたんだよ・・・」

「うん」

「うん。じゃねーよぉー・・・」


 乱れた髪の中に顔を埋めるようにして、頬と頬を触れ合わせる。子供の熱いくらいの体温が伝わっていき、彼はそれを求めるようにいっそう強く抱きしめた。


「暑いんだけど」

「うるせ、馬鹿」


 パピーは目を伏せて頷く。アンダーの肩に雫が零れ落ちた。


「あの、アンダーさん、ちょっと・・・」


 調書を持って戻ってきた警察官が、アンダーに声を掛ける。声を受けて、アンダーはパピーから手を離し、警察官に招かれるまま奥へと向かった。


「すいません、無事だったんですね。あまりにショックで・・・詳細なご説明が頭に入っていなくて」


 アンダーは移動しながら警察官へと語り掛ける。少し上ずったような涙声だったが、声音は明るかった。警察官はそれを聞いて目を丸くし、そして伝えづらそうに資料を差し出した。


 資料に添付されていた写真を目にして、アンダーは言葉を失う。

 保護された瞬間のパピーは、廃工場のような仄暗い場所で、硬いベッドの上に眠っていた。医療機器がドラム缶の上に置かれて放置され、室内は汚れた壁に囲まれている。その写真一枚で、違法な医療行為が行われたと一目で分かる。

 アンダーは写真を捲る。次はパピーの腹部を撮影したものである。右横腹に1cm大の縫合があり、新しい傷が刻まれていた。


 アンダーは思わず警察官を見る。警察官も言いづらそうに告げた。


「腎臓を一つ摘出されています。措置はされているようですが、すぐに医療機関に搬送して検査をすることになります。間もなく救急車も来るでしょう」


「パピー!」


 アンダーはパピーの肩を掴んだ。パピーは苦しそうに顔を歪める。謝罪の後で、掴んだ腕の力を緩め、深い深呼吸をした。


「お前、何された?」

「腎臓を売った」

「何やってんだよ!馬鹿か!」

「一つくらい安いもんだろ」

「臓器1つが安いわけないだろ!」


 赤の回転灯が署の前に到着する。アンダーは目線を逸らすパピーの顔を両手で戻し、眉間に深い皺を寄せて詰め寄った。


「何があったか、言え」


 パピーは赤い目でじっとアンダーの目を見つめ返している。医療班が入ってもなお、二人は互いを非難し合うように睨み合っていた。


「言え」

「家に来た男が、金を払わないとお前が酷い目に遭うと言ったから。俺、金なんて持ってないから売った」

「は・・・?」


 医療班がアンダーを引き剥がす。一人がパピーに担架に乗るように指示をし、彼は介助を受けながら担架の上に横になった。


「そんなの、お前、だって・・・!お前、関係ないだろ!だって!」


 アンダーは悲鳴のように訴える。パピーには、歪んで皺の寄ったその顔が、何か別の動物のように見えた。


「だったらどうすれば良かった!?俺にもお前にも出すものが無くって、もう逃げ場もない。俺に何ができたのか教えてくれよ!」


 パピーは脇腹を抑え、苦しそうに呻く。「喋らないで」「落ち着いて」と少年を宥める外野たちは、彼の質問に答えてくれそうにない。それは、答えに窮したアンダーも同じだった。


「保護者ということで、同乗お願いできますか?」


 アンダーは、ただ呆けた顔で頷くことしかできなかった。


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