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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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報道

 朝の四時、顔にカーテンから漏れた明かりが差し込み、アンダーは目を覚ました。頭上にはパンパンのエナメルバッグがあり、眼前には柔らかなこげ茶色の毛がある。パピーの上に乗っていた自分の手を慎重に持ち上げて、カーテンをしっかりと閉め直した。


 帰宅してすぐ、就寝時にはすっかり落ち着きを取り戻していたパピーだったが、いざ布団に入ると、寝苦しそうに何度も寝返りを打っていた。そこで、彼は勉強を一旦中断し、パピーの寝床に潜り込んだのだった。最初こそ「暑苦しい」と悪口を言っていたパピーだったが、それから十分も経たないうちに重い瞼を閉ざし、その五分後には寝息を立てていた。あまりに穏やかな寝顔をしていたので、アンダーもつられて眠りについたのであった。


 とはいえ、普段よりもかなり早く就寝してしまったため、寝覚めも良く、二度寝もできそうにない。彼はオコジョを踏みつけないように大股でパピーを跨ぎ、食卓につくと、早朝のテレビを点けた。通信販売の番組やカラーバー、心安らぐBGMと爽やかな風景を流すだけの放送などを送り、ようやく早朝のニュース番組を見つけてリモコンを食卓に置く。

 ロータス・シティには縁もゆかりもない遠い地で起こった事件を流し見ながら、鞄から引っ張り出したてきとうな参考書を捲る。粛々と流れていく報道を聞くともなしに聞いていると、七三分けのニュースキャスターは「速報です」と切り出した。


「本日深夜1時ごろ、ロータス・シティで男性が拳銃で殺害された模様です。被害者はハイト・コールマンさん(32)で、心肺停止の状態で発見され、死亡が確認されました。背後から拳銃で発砲されたものと見られます。現場付近では争った跡が見られ、何らかのトラブルに巻き込まれたものと見て、警察は捜査を進めています」


「ハイ・・・ト。ハイトッ!?」


 思わず机を押し出し、身を乗り出す。一瞬だけ映された現場付近の大通りは、良く通りかかる光景で、アンダーが通ることのない路地裏の一角が、捜査用のテープで封鎖されていた。

 警察が調書らしきものを書く後ろ姿が数秒放映された後、画面はスタジオに戻り、テロップも次のニュースへと切り替わった。


 アンダーは唖然として画面に釘付けとなる。動揺のあまり震える瞳孔は不規則に揺らぎ、背筋が凍り付いた。この暑さだというのに血の気の引いた体は一気に体温を失って、額からは脂汗が滲み出る。


 音に気が付いたパピーが目を擦り起き上がると、アンダーはすぐさまリモコンを取って電源を切る。寝ぼけ眼のまま、パピーが首を傾げた。


「なに?」

「な・・・なんでも・・・」


 アンダーは動揺を隠せないまま答える。パピーは膝裏までずり落ちてきた毛布を足で払いのけながら、アンダーの机の上にあるデジタル時計を一瞥する。彼は小さくため息をつくと、マットの上に横になった。


「まだ4時じゃん・・・」

「そうそう、子供は寝てろ」


 布団の上から舌打ちが返ってくる。再び無防備な寝顔をするパピーを見届けた後、アンダーはすぐさまスマートフォンを取り出した。


「ロータス・シティ 事件」という検索をし、二、三単語ワードを追加して、ようやく目当ての事件が検索エンジンに引っかかった。


 地方紙「ロータス・シティー・レポート」が電子版で報道するには、被害者は何らかのマフィアの抗争に巻き込まれたものと見られているという。アンダーはスマートフォンを机上に放ると、肩を落としたまま中空に視線を彷徨わせた。


 彼の煩雑な脳内に、次々と詐欺事件に関するワードが押し寄せてくる。詐欺集団の裏側には、反社会的勢力が関わっていることも多い。直近でハイトが起こしたであろうトラブルを、彼は間近で見ているのである。なにか恐ろしい事件に加担してしまったような、後味の悪さが喉元に上がってくる。彼は乱雑に髪をかき乱し、言葉にならない呻き声を喉から鳴らす。


 やがて落ち着き始めると、徐に立ち上がって水道の蛇口をひねった。乱暴に顔を流水の中に浸し、タオルで顔を拭う。裏返した硝子のコップを手に取り、水道水をその中に注いで一気に飲み干した。


 廃人のように目を座らせながら、コップを流し台に置く。摺り足で自分の机へと戻り、何をするでもなくその場に座り込んだ。


 ぼんやりとした表情であったが、脳内にはありとあらゆる思考がほとんどランダムに押し寄せてくる。


「おい、どうした・・・?ほんと・・・」


 毛布を払いのけ、起き上がったパピーが声を掛ける。全く焦点の在っていない目を彼に向け、アンダーは意味もなく微笑をこぼした。


「こわ・・・」


 パピーはぼそっと呟く。そして、仰向けに寝そべるオコジョたちを抱き上げ、アンダーの膝の上に乗せた。


「怠いからお世話よろしく」


 彼はよそよそしくトイレへと向かう。夏には少々温かすぎる毛玉を軽く撫で上げると、ゆらゆらと動く尻尾が膝の上を撫で返した。脳内で暴れて止まらない思考が少し落ち着きを取り戻す。水が流れる音がして、パピーがトイレから戻ってくる。食卓に置かれたままのスマートフォンを一瞥し、粛々とニュースを報道するテレビに視線を動かす。


「なんかやってないの?」

「通販」


 パピーは不服そうに唸り、食卓の上に顎を乗せる。アンダーのスマートフォンを自分の手元に動かすと、勝手にパスワードを打ち込み始めた。


「おま、いつの間に覚えたんだよ!」

「歴戦のスリ師舐めんなー」

 パピーはいたずらっぽく笑う。アンダーはスマートフォンを取り上げ、自分の鞄に仕舞う。


「ケチ。ゲームくらいさせろよ・・・」

「ダメだ」


 アンダーはスマートフォンのホーム画面を確認した後、スリープ状態に戻して鞄の中へとしまった。


「ほら、子供は寝てろ」


 ペンを持つ手で布団を指し示す。何か言いたげな目でアンダーを睨みながら、パピーは毛布にくるまった。


 アンダーはテレビの電源を切り、これまでの不安を振り払うように、バイトまでの時間を学問に没頭した。そして、パピーの声でアルバイトの時間がやってくると、荷物を纏めて職場へと向かう。アルバイト先に常連客が来ないことで、昨夜の事件を現実だとようやく飲み込んだのだった。


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