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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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残香(のこりが)

 メガロータスのフードコートは見事に満席である。それでも飲食店には人の列が並び、二人の前に並んでいた親子連れは、持ち帰りのセットを注文していた。


 アンダーの手にはまとめ買いをした生活用品と、普段なら見向きもしないスナック菓子を入れた買い物袋が提げられている。パピーは唇を尖らせてこそいるが、アンダーの手を強く握りしめていた。


 そんな二人が注文をする様子を、ベインとアオスジは座席から観察する。

 目立たない衣装を身に纏った二人であったが、装いがシンプルなだけあって容姿の違いが目立つ。アオスジは、がたいも良く胸板も大きく張っており、前傾姿勢で煙草を燻らせても、勇ましさが目立つ。一方ベインは、背筋を伸ばしてパピーを眺めており、流し見るようにして目を細めた姿は息をのむほど美しい。対照的なほど体は細く、どちらかと言えば日焼けをしたアオスジに比べて、ほとんど日の光に当たっていないように見える白い肌をしている。明るいフードコートの下ではほとんど輝くばかりの白さである。


「・・・それで、学生の方はどうなんだよ」


 アオスジは煙を吐き出すとそう尋ねる。注文を待つ二人に視線を向けたまま、ベインは落ち着いた様子で答えた。


「えぇ。大したことはないかと存じます。全くの一般人であり、私を追っているのも、心当たりなどはございませんが、私怨か何かかと存じます。アオスジ様が手を汚す必要もございませんし、後回しでもよろしいかと」


「『大したことない』だぁ?お前の尻拭いなんだからなぁ?・・・まぁ、脅せばいいっつう事だな。ついでに迷惑料も貰っとくか・・・」


 アオスジはベインに向けて痰を吐きつける。ベインは即座に身を縮こませ、髪の上にかかった痰を白いハンカチで拭き取った。


「いずれも後ろ盾のない人物のようですが、日焼けの男の方は身寄りがない分話が通じない可能性が高いかと存じます。いずれも顔を知られてしまっておりますので、私では対処しようもございませんが・・・」


 アオスジは「使えねぇ・・・」とぼやき、乱暴に机の上に金を放る。二人分のコーヒー代と軽食代で、ベインはこれを縋り付くようにして受け取った。きょろきょろと見回して周りを警戒しつつ、安い財布にお代を仕舞う。


 アンダーとパピーがトレーを持ち、席を探してうろうろしている。アオスジは立ち上がり、肩を怒らせて歩く。アンダーとすれ違う瞬間、パピーは怯えたように瞳孔を見開いて、アオスジの顔を覗き込む。冷や汗をかき、硬直するパピーに気が付くと、アンダーは彼に優しく声を掛けた。


「どうした。大丈夫か?」


 パピーは深呼吸をして、力無く頷く。アンダーは彼に寄り添って、今しがた空いたらしい席に座った。


 席に着き、においをかいだ瞬間に、アンダーは顔を顰める。


「うぇ、ここ禁煙のはずだぞ・・・」


 アンダーがトレーを置き、席につく。買い物袋を置き、ようやく軽くなった手を解していると、パピーが一向に席に着こうとしないことに気が付く。アンダーは不思議そうに顔を覗き込む。パピーは先程と同じように動揺した様子で表情を強張らせており、しきりににおいを嗅いでは落ち着きなく辺りを見回している。


「おい・・・」


 声を掛けた瞬間、ニコチンの嫌な臭いに隠された馨しい紅梅の香りが微かに鼻に届く。アンダーは思わず席を立ち、慌ててパピーを抱き寄せた。


「・・・どこだっ。どこだっ・・・!」


 アンダーは「ベイン」を探す。パピーの反応から、誘拐犯の肖像を確信した。しかし、香りを辿ろうにも、煙草の臭い、油の臭い、強い香水の匂いなどが混ざり合い、梅の香を探し当てることができない。背の高いニット帽も、雑踏に紛れて確かめることすらできそうになかった。


「くそっ・・・パピー、ここで・・・」


 彼は言いかけて思い留まる。今パピーを一人にするのは危険が伴う。誘拐犯がどこにいるとも分からない。彼はもどかしさに地団太を踏み、乱暴にその場に座り込んだ。


「パピー、大丈夫か・・・?ごめんな」


 パピーは怯えながらも、なんとか頷く。ゆっくりと席に着くと、あたりを気にしながら包装を捲った。


「場所変えるか?」

「・・・いつ食えるか分からないから」


 そう言うと、少年はもぞもぞとハンバーガーを口に運ぶ。動揺を隠せない瞳の揺らぎに反して、所作の一つ一つは落ち着き払っている。アンダーは席に着き、彼に続いて包装を剥いだ。


 子供の泣き声が遠くから聞こえる。親や大人たちが諫める声、笑う声、などが混ざり合って大きな雑音に変わっていく。アンダーの味覚は正しくハンバーガーを感じ取れないまま、僅かな残り香の行方を捜していた。


「なぁ」


 心を落ち着かせたパピーが声を掛ける。そっとポテトに手を伸ばし、ジュースでそれを流し込む。


「どうした?」

「お前の、その、変な感じ。落ち着きがない?集中力が途切れる?感じ、なに?」

「ぁ・・・」


 パピーの瞳を覗き込むと、自分の焦ったような表情が映った。彼は思わず口を噤み、レンズに映る人を刺しそうな表情の男と睨み合った。


「ごめ・・・」

「いや、大丈夫、分かってる」


 パピーの謝罪を断り、自分のポテトに伸びてきた手を優しく叩いた。そして、レンズから目を逸らし、視線を彷徨わせた。やがて照明がぶら下がった高い天井に視線を固定すると、鉛のように重い唇を恐る恐る開いた。


「・・・俺は・・・」


 次に続く言葉について、何かを答えるのは憚られるが、それを受け止めた少年は、ただ短く、「そうなんだ」とだけ答えた。

 アンダーには、ジュースを啜る音だけが際立って耳に届く。誰に打ち明けるでもない秘密について、赤の他人からは隠したい秘密について、ついこぼしてしまったことが酷く情けなく感じられた。なにより、次に続く言葉が誹謗中傷であっても、気遣いの言葉であっても、自分の心をひどく傷つけるものであることに変わりがないのだ。彼は味のしないゴムのようなパンを喉に押し込み、纏わりつくヤニ臭さに顔を顰めて咀嚼した。


 今度は、彼が手ずからポテトをパピーのトレーに移す。パピーはアンダーの顔を覗き込んだが、彼は小さく頷くだけで応答もしなかった。


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