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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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発見

 夏休みの朝食の支度ほど、気だるいものはない。一日寝ていたいほどの蒸し暑さで体を包まれているし、「起きる用事」もない。とはいえ順当に腹は減るし、寝苦しくて寝てもいられない。アンダーは炊飯器の音を聞いてもぞもぞと起き上がると、炊飯器の蓋を開けて米をよそった。


 湯気がぶわりと立ち上がり、寝起きの顔にかかる。その熱気が普段に増して憎らしいが、眼鏡を拭う手間だけは省ける。アンダーは米を茶碗によそうと、パピーを起こして食卓についた。


 寝ぼけ眼のパピーが、茶碗を持ち上げる。少しぎこちない様子だが、器用に箸で米を口に運んでいる様子を、アンダーはじっと見つめていた。


「なに?」


 パピーは怪訝そうに眉を顰める。アンダーは「別に」と首を振って、茶碗一杯の米を綺麗に平らげた。

 パピーは食器を流し台に運ぶと、アンダーの寝床で伸びをするオコジョに餌を運ぶ。オコジョはくるりと寝返りを打って起き上がると、二匹で争うように鼻先を餌入れへと突っ込んだ。

 アンダーも、二人分の茶碗を洗うのもそれほど手間だとは思わなくなっていた。当然のように食器を洗い終えると、布団を畳み、それを背もたれにして机に向かう。二人はバイトの時間を確認し合うと、それからやり取りをせずに互いの作業に集中した。


 パピーは長い閑居の間に、広告を切り貼りして作った、猫じゃらしならぬこじょじゃらしで、すばしこく飛び跳ねるオコジョたちと戯れる。ニュースに見惚れていると、力作がオコジョたちに引き裂かれてしまうので、気の抜けない作業である。

 アンダーの方は当然机に向かって学問に勤しむのだが、刻限が気になると集中できないことが多い。パピーがいることは、そう言った意味でも幸運に思った。


「時間」


 昼のニュースが陽気な音を奏でると同時に、パピーはこう告げる。アンダーは着替えと薄い参考書を入れた鞄を持ち上げて立ち上がった。


「ん・・・」


 そして、アンダーが冷蔵庫の中から朝の残りの漬物を取り出して食卓に置くと、そのままアルバイトへと向かう。パピーもこじょじゃらしからオコジョを引き離して、米をよそって食卓に着いた。


 コンビニに向かい、仕事を始めるとすぐに、ハイトがやってきていつもの商品を手にレジへ向かってくる。二人は簡単な世間話をして、それぞれの作業に戻った。


 ケイナインの代わりに入った新人も、ある程度仕事を覚えて穏やかな業務が続く中、アンダーはATMの前でそわそわと落ち着きなく動く男性の姿を見つけた。受話器越しに何かを通話している初老の男性は、すっかり平静を失っている様子である。アンダーは新人に会計を任せ、老人に近づいた。


「あの・・・操作でお困りですか・・・?」

「い、やいや・・・。実は息子が事故で・・・示談金を」


 それを聞いたアンダーは、老人が手に持つ古い携帯電話の画面を覗き込んだ。消費者被害でよく使われる、貸し出しの電話番号らしきダイヤルであることを認めると、アンダーは老人を諭すように伝えた。


「ごめんなさい。少しだけ息子さんと通話をさせて頂いても・・・?」

「は、は・・・?」


 困惑している老人の手から携帯を抜き取ると、アンダーは無言で通話の声を聞いた。

 若い男が困り果てた風で泣き言を並べている。その落ち着きのない声がベインの声でないことは明らかだったことに、不思議な安堵感を覚えつつ、アンダーは男に声を掛けた。


「失礼ですが、お名前を教えて頂けますか・・・?」


 そう声を掛けると同時に、通話が途切れた。耳に当てた携帯の画面を眺めながら、アンダーは「切れた・・・」とぽつりと呟く。


「先ほどの電話は詐欺かもしれません。息子さんに一度ご連絡をしてみてください。あ、あと、警察にも」


 そう言って老人に携帯を返す。老人は通帳を持ったまま困惑しつつ、その場で息子へと連絡を入れた。必死に息子の安否を確認した老人が、その場に座り込んで安堵するのを見届けると、アンダーはジュースの補充作業のためにバックヤードへと向かった。


「ベインが救われれば、連鎖は止まるのか・・・」


 ぽつりと呟く。彼は淡々とジュースの補充をしながら、硬水を手に取る買い物客のいる店内を眺めていた。


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