酷暑
帰宅してからも、アンダーの心から、ぼんやりと霧がかかったような感覚が消えることはなかった。ポケットの中に捻じ込んだエクレアの包装紙をごみ箱へと放ると、自分の手元にあったはずのペットボトルの感覚がない事に気づき、大きな舌打ちをつく。
脇息代わりのエナメルバッグの上に財布を放り出し、乱暴に肘に体重をかけながら机の前に座る。上弦の月はそれほど急ぐ様子もなく、徐々に高度を落としているところであった。
「真面目にってなんだよ・・・」
解きかけの問題に向き合うこともできず、乱暴に頭を掻きむしると、細い髪の毛が2本ほど落ちた。
考えがまとまらずに煎餅布団に身を預ける。ひどい発汗でシャツが体にへばりついた。寝返りを打つと頭が鞄にぶつかり、放り投げた財布がパピーの頭上に落ちた。
「いてっ」
「あ、悪い・・・」
鞄越しに声を掛けると、パピーの手が鞄の上から顔を覗かせる。財布を鞄の上に置いた手は、素早く引っ込められてアンダーの視界から消えた。
「どっかで夜食買ったな・・・?」
眠たそうな掠れた声がする。アンダーは平静を装って言い返した。
「うるさいなぁ、俺の金だぞ」
少し間があって、少年は不服そうに切り返した。
「・・・勉強しないの」
「今日は気分が乗らないから」
「・・・ふーん」
暫くして、再び鞄の上から手が現れる。何かだらんとした毛深いものを持った両手が、アンダーの枕の横へと近づいてきた。
細い尻尾がアンダーの顔にあたる。細く開いたつぶらな瞳と、アンダーの目が合った。
「今日は抱っこして寝ないのか」
「暑いからアンダーが寝てやって」
パピーはそう言うと、毛布の中に潜り込んだ。尻尾で鼻にビンタをくらわされながら、アンダーはオコジョの背中を撫でる。オコジョはふてぶてしい態度で寝返りを打ち、腹を天上に晒して目を瞑った。
腹の上を撫でる手が、柔らかい体毛にくすぐられる。尻尾がさわさわと左右に動き、温い体温が手のひらに伝わってくる。寝苦しい暑さを感じる夜だというのに、アンダーの瞼は不思議と重たくなっていった。
「パピー」
「なに」
蹴飛ばされたらしい毛布が、もぞもぞと動く。
「ありがと」
「うるさい」
アンダーは、思わず笑い声をこぼした。寝苦しそうに足を上げたパピーの毛布が、腹の上までずるずると落ちていく。尻尾が当たるたびに鼻を掠める独特の獣臭が、アンダーの霧がかかったような思考を幾らか晴らしたのだった。
傾きかけた月が、薄い茜色を引き連れて山際へ向かって沈んでいく。すっかり晴れ上がった心持ちのアンダーは、オコジョの腹を撫でるうちに、すぐに微睡の中へと沈んでいった。




